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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション
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081 死闘(下)


 少女『たち』の怒りを受けたプロスペローは対照的に、邪悪な笑みを浮かべる。


 真也の体を貫いた右手の指先には、大量の血が鈍く光り、プロスペローは指先を擦り合わせてその感触を確かめた。


「……さて」


 ひとしきり笑ったプロスペローは、腕を振るって真也を捨てると、レイラの方へと向き直す。


 放り投げられた真也は地面を転がり、その異能である盾は、全て消滅した。


「前回ほどかかりませんでしたね」


 レイラは目の前で起きていることに、一瞬理解が追いつかなかった。


 真也の異能は、自動で彼を守るものだったはず。


 なぜ、真也が傷を負っている?

 なぜ、真也は地面に伏している?


 混乱するものの、レイラの思考は一つの意志に研ぎ澄まされていく。


 殺す。


 レイラは両手に杭を生み出すと、プロスペローを睨み返す。


「ああ、いい目ですね。ですが、その意志は成し遂げられない」


 プロスペローはレイラの眼光を受け止め、それでも不敵に笑う。

 圧倒的な実力差を、把握しているが故に。


 レイラはプロスペローとの距離を詰め、右手の杭を振るう。


 横に一閃。それは、怒りに身を任せた最初の攻撃とは違った、明確で純粋な『殺意』のみの冷静な一撃。


 次の一手の余力を残しつつも、渾身の一撃。


 しかし、それもプロスペローには届かない。レイラは、一瞬にして背後を取られ、後ろから声がかかる。


「ああ、遅い」

「くっ……」


 レイラは振り向きながら振り払うように左手の杭を振るう。

 プロスペローはそれを掴み、握りつぶし、レイラの杭は異能物質の塵となって霧散する。


 プロスペローにとって児戯に等しい攻撃に、彼の口から笑いがこぼれ落ちる。


「ふふ、健気ですね」


 レイラは後ろに跳びながら右手に残った杭を投擲、新たな杭を作り出す。

 プロスペローはレイラの放った杭を首を捻って躱し、そのままその場にとどまって口を開く。


「安心なさい。すぐ、そこの彼と同じところに送ってあげますよ。貴女も彼を想っているのでしょう」


 プロスペローの言葉に、レイラは眉をひそめる。決してプロスペローの動きを見逃さぬように、そしてプロスペローの隙を窺う。


「……だんまりですか。まあ、いい。私には『感情』が見えるのですよ。

 殺気や怒気がどこに向けられているのか。それが分かれば、どこへ攻撃がくるのかがわかる」


 プロスペローは饒舌に、レイラへと語りかける。


 それは、実力差からくる『自信』と『余裕』がそうさせるのだろう。

 プロスペローはわざとらしく肩をすくめると、自分の左肩をとんとん、と叩く。


「おや、左肩を狙うのは良くない」


 プロスペローの言葉に、レイラの表情が強張る。つい今し方、杭を投げようと想った場所だったからだ。


「……話の続きでしたね。そして、私には貴女が彼に抱く『執着』もまた、見えているのですよ」


 プロスペローの言葉に反応し、一瞬レイラの目が真也へと向く。


 血を流し、地面に伏した真也。その姿に、レイラの頭から血の気が引いた。


「ちなみに、貴女が彼に向ける執着よりも、彼が貴女に向ける執着の方が、何倍も濃かったですがね」


 プロスペローはそう締めくくると、ゆっくりとレイラに向けて2、3歩近づき、そして、消える。


 「ッ!」


 やはり、レイラの目にはプロスペローの動きを追いきれない。しかし、これまでの行動から、その予測を立て、自分の背後に杭を振るう。


 それは、大当たりだった。


 杭を振るったその場に、プロスペローは現れていた。


「ははは、そんな攻撃……ッ!」


 急にプロスペローの顔が歪み、防御も回避もないままにその体に杭が叩きつけられた。


「なんですか、この『音』は……ふざけているのですか?」


 プロスペローは眉をしかめるが、レイラの杭は、全くプロスペローの体を傷つけられなかった。

プロスペローはその体にレイラからの攻撃を受けたまま、言葉を続ける。


「失礼、取り乱しました。本当にあなた達は、私を不快にさせる」


 その言葉とともに、プロスペローはふたたびレイラの目から消え、同時に、レイラの杭の先端は重力に引っ張られ、地面に落ちた。


 なぜ当たったのかは、わからない。

 でも、当たったところでなんの意味もなかった。


 渾身の一撃だった。それを、何もないかのように扱われた。


 レイラはその現実に心を抉られる。


 プロスペローはもう一度レイラの背後に回り込み、手刀を振り上げる。

 愕然としていたレイラには、もう何もできなかった。


「……もういい。死んでください。向こうに着いたら、彼に伝えてください。もう二度と来るな、と」


 レイラは後ろからかかる声に振り向くが、もう、何もできるとは思えなかった。


「……知ったことではありません。ここで、殺します」


 プロスペローは独り言を呟き、手刀をレイラの頭部目掛け振り下ろす。


 レイラの命を奪うのに、過剰なほどの勢いを持って。



 そして、レイラの目の前が、真っ暗になり



 がぁん



「……?」


 レイラは、どこかで同じことがあったように感じていた。

 それは、去年の冬に、日本で経験したこと。絶体絶命のその瞬間、命を救われた経験。


「……レイ、ラに……手を、出すな……」


 あまりに弱々しいその声は、場を支配する。


 レイラが驚いて声の方を見ると、そこには立ち上がり、左手で腹を押さえ、右手にかろうじて片手剣を持った真也が居た。


 レイラに対して振り下ろされた手刀を止めたのは、真也の異能。


「まだ、生きていたか」


 プロスペローは真也に向かって飛翔する。

 そして、次にレイラが見たのは、大きな音とともに地面に転がるプロスペローだった。


「……な、に? どういう、ことだ」


 真也の方を見ると、いつのまにか盾が浮かんでいる。どうやら、プロスペローを盾で殴り飛ばしたようだった。


 真也は、一切プロスペローを見ずに、レイラの方へと歩いてくる。

 その足取りは、ふらふらとして頼りないものだった。


「くっ……なら、これなら!」


 プロスペローはそう言うと、また消える。


「グゥっ!?」


 そして、真也の反対側へと、また吹き飛ばされる。


「なぜだ!? 貴方はもう死にかけのはず。なのになぜそこまで強い!?」


 プロスペローは興奮して唾を撒き散らしながら、初めて忿怒のこもった声を出す。


「敵意も、怒りも、何もない……? そんな攻撃など……」


 プロスペローの肩が、ワナワナと震える。


「ありえないぃ!」


 プロスペローの姿が消え、真也のすぐそばで、ガン! と大きな音がし、プロスペローの拳が止まる。


 止めた盾は、2枚が重なった状態で、完全にその勢いを止め、直後プロスペローは吹き飛ぶ。


 真也は、プロスペローなど存在しないかのように、レイラの元へと歩み寄る。


「……そうか。そういうことか!」


 真也に吹き飛ばされたプロスペローは、大声をあげる。


「貴方の異能は、『自意識』によって縛られている! だからこそ、反射で戦う今、その異能が研ぎ澄まされている! 意識のない方が強力な異能……! 唯一残った感情は、『執着』! ならばこれはどうです!」


 プロスペローは、レイラに向かって飛翔する。

 レイラを人質にすることで、真也に感情を取り戻させようとしているのだろう。


 何度かの打撃を受けたプロスペローは弱っているのか、その動きは、レイラでも見えた。


「ぐふッ……」


 レイラへ向かってきたプロスペローはその道中で腹に盾を喰らい、苦悶に顔を歪める。


 そこで真也は、二度目の言葉を発する。


「レイラに、手を……出すな……」


 ぐるん、と首を回すと、真也はプロスペローに向かって歩き出す。


「く、来るなァ!!」


 プロスペローはそう叫ぶと、真也から離れるように飛翔し……ようとし、真也の盾に叩き落される。


「ぐ……ギ、ギギッ!!」


 プロスペローは殻獣らしい音を喉奥から奏でる。


「いつまで、そのように身悶えているつもりだ貴様ァ! 援護しろッ!」


 プロスペローから怒りをぶつけられる女王は、レイラの異能によって今や全く動くことが叶わない。


「くそっ……いまは、分が悪いッ! 必ず……必ず殺してやる! その臭い、決してこの世には残さんからなァ!」


 プロスペローはそう吐き捨てると翅を羽ばたかせ、土埃を舞い上げる。


「目隠し!?」


 レイラは驚いて声をあげる。


 ボッ、と音がしてプロスペローは土埃から姿を現した。少女を回収して肩に担ぎ、天高く逃げ出す。


「逃がさないッ!」


 レイラはそう言うと、プロスペローの方に腕を伸ばす。


 どう考えても、分の悪い賭けだ。きっと、こんなことをしたら、怒られるし、普段の私なら絶対にやらない。

 でも、きっと『あの声』は、そういうことだ。 同じ感情を共有した、私には、わかる。


「ハッ! 貴様のような小娘が私に!」


 それに何より、このままプロスペローの思い通りにするのは、癪に触る。


 レイラは腕を伸ばしたまま、一言、つぶやく。


「解除」


「ッカハァッ!?」


 レイラは、自身の異能の一部を解除した。


 そうして、プロスペローの背中には、二本の『節足』が生え、プロスペローは苦痛に顔を歪める。


「……おまえ、きらい。いいニオイの、きずつけた」


 プロスペローの腹を貫いたのは、少女の節足だった。

 レイラは、少女に刺した杭を消滅させ、少女の肉体に自由を与えたのだ。


「貴様ァ!」


 プロスペローは少女の体を乱暴に掴むと、地面へと叩きつける。

 それと同時に勢いよく節足が抜け、プロスペローは緑の体液を撒き散らし、痛みに顔を歪める。


「っくぅ!? ……もういい、貴様も殺す! 憶えてっ……いろォ!」


 そう捨て台詞を吐くと、プロスペローはこちらを一瞥することもなく飛び去り、ある程度離れたところで、一瞬にして掻き消えた。


「ギギ、ギギギ」


 少女は怒りに声をあげながら、消えたプロスペローをがいた方向をずっと睨みつけていた。




 レイラはプロスペローが見えなくなると同時に、真也の元へと走り出す。


 真也は、レイラがその体を抱きしめると同時に崩れ落ちた。


「ばか。死ぬ気?」

「うん、ごめん」

「なんで、自分を、守らなかったの?」

「……守ったさ」

「守ってない! 無理して、私ばっかり庇ったせい!」

「守ったよ。レイラを守れる、自分を」


 真也は、弱々しく微笑む。


「俺、レイラを守れない俺なんて、守る必要、ないもん」


 レイラは、真也に向かって怒りの声を放つ。


「屁理屈!」

「はは……かも、ね。でも、さ、俺……レイラのこと……」


 真也の目が、ゆっくりと閉じていく。


「真也! ダメ! 真也!!」


 レイラは、涙を浮かべながら真也の体を揺さぶる。


「だいじょう、ぶ。ちょっと、眠く、なった……だけ……だから……」

「起きて! 起きてて!」


 レイラは、真也の体を抱きしめる。


「今すぐ、衛生兵を……! 無線……!」


 レイラが自身の肩口を弄るが、いつの間にか無線機は無くなっていた。


「そんな、そんな……」


 レイラは涙目を浮かべて真也を抱きしめる。


 この手の中で、『また』真也が砕けてしまう。

 それは、レイラにとって、『また』心臓が砕けるようなものだ。



 二度目は、もう、きっと耐えられない。



「ちょっと、これはどういうことですの?」


 レイラに、声がかかる。


 レイラが声の方を見上げると、そこにいたのは『無線機を持った』ソフィアだった。

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