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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション
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079 崖上では


 崖の崩落から復帰したレイラの元へとたどり着いた真也は、いやでも目に入る巨大な殻獣を睨みつけながらレイラに話しかける。


「おまたせ、どうする? レイラ」


 しかし、レイラはその言葉に反応しなかった。


「レイラ?」


 真也はレイラの様子を不審に思い彼女の方を向く。


 レイラは驚いた様な表情で、巨大殻獣から少し離れたところを凝視していた。

 真也がレイラの目線の先へと視線を動かす。


 目線の先では、男性の『ようなもの』が、少女型殻獣を肩に担いで立っていた。


「もう一体、いたのか……」


 真也は驚きとともに苦々しく感想をこぼす。


 少女とは違い、全身がほぼ甲殻で覆われた『それ』は、背中に翅を生やしている。

 すらっとした体躯だが、鈍く光る甲殻は深緑の全身鎧を連想させる。顔だけは露わになっているが、その肌もまた薄緑色をしている。

 担ぎ上げられた少女は杭を刺されたまま、身動きが取れないながらに弱々しくもがいている様だった。


「久しぶりですね。いや、初めましてというべきですか。我が怨敵。

 改めて名乗りましょう。私は、プロスペロー。貴方たちが『殻獣』もしくは『人型殻獣』と呼ぶ存在の1つです」


 プロスペローは少女を肩に乗せたまま、そう真也に告げた。成人男性のそれがくぐもった様な声だった。プロスペローは真也たちへと歩きだし、それに反応してレイラが杭を生み出し、構える。


「ほう、『それ』ですか。この子の体が動かなくなった理由は」


 プロスペローの言葉に、巨大殻獣がプロスペローを守る様に体をずらす。


「構わん。あの程度、私の体には傷一つつけられん。むしろこのお転婆を捕らえてくれたことに感謝しているほどだ」


 その言葉を解したように巨大殻獣はその体躯を戻し、プロスペローのために道を開けた。


「久しぶり、とは、どういうこと」


 レイラは、『傷一つつかない』と言われてもなお杭を向けたまま、口を開く。


「そのままの意味ですよ。久しぶり、というのはそこの青年の、この世界での存在に対して、です。全く同じ姿なので、そう口走ってしまっただけのことですよ。人間だって失敗はするでしょう?」

「……シンヤに、会ったことが、ある?」

「ええ。……南宿で。ああ、貴女はご友人だとか。聞き及んでおりますよ」


 この化け物……プロスペローは、シンヤの死に関連している。


 レイラは再度身構え、真也は盾の異能を13枚、すべて発現させる。


 真也の異能を見たプロスペローは少女を担いでいない方の腕で鼻を覆い、顔をしかめる。


「……前よりも嫌な臭いをさせている」


 そう言い放つと、プロスペローは少女を地面へ放り投げ、両手を広げる。

 地面を転がる少女は小声で「うっ」と呻いたが、やはり身動きは取れないようだった。


「全く、不快だ。せっかく息の根を止めたというのに。また出てくるなんて。虫みたいな存在ですね、貴方は。

 無駄に頑丈で、なかなか死なない。前もえらくしぶとかった」


 プロスペローの言葉に反応して、レイラの杭を握る手に力がこもる。


「まあ、もう一度、繰り返せばいいだけの話。そのために、わざわざここまで来たのですから」

「どういう、意味」


 震えるレイラの言葉に、プロスペローは対照的に微笑む。


「そのままの意味です。南宿で、この世界の貴方を殺したように。もう一度殺す」


 プロスペローはまるで舞台でセリフを朗々と読み上げる俳優のように、月明かりを身に受けるように両手を広げた。


「まず、頭部を打ち、腱を切り、腕を折り、血を失わせる」


 『その時』を思い出しているのか、プロスペローは瞳孔を広げながら、言葉を続ける。


「力が弱まったところで、もう一度頭を打ち、足を折る。一本ずつ、そう、一本ずつ」


 そして月明かりを抱くようにプロスペローは腕を掻き抱き


「そして、腹を抉る。……そのようにして、『また』殺す」


 観客の少女に、言葉を届けるように。そう締めくくった。


「ふ、ざけ、る、なぁぁぁぁぁぁぁ!」


 殺す。その言葉に反応し、レイラはプロスペローへと走りだす。

 レイラの反応にプロスペローは満足げに笑うと、愉快だと全身で表すように翅を広げた。


 レイラは杭をやり投げの様に構えると、即座に投擲。次なる杭を生み出し、追撃に向かう。


「なんとも軽い」


 プロスペローはそう呟きながら投擲された杭を軽く弾くと、迎撃のため身を沈めて構えた。


「シンヤのっ…貴様が、シンヤをっ!」


 レイラは杭を振りかぶり、力任せに振り下ろす。

 それは、頑丈そうな甲殻に包まれたプロスペローに対して刺突よりも打撃による攻撃の方が効果があると見込んでの行動だった。


 プロスペローはレイラの強化された腕力から繰り出される大上段からの振り下ろしを体を捻って躱し、レイラの杭が地面に食い込む。


「あきれるほど遅い」


 プロスペローはレイラを冷めた目で見つめ、甲殻を纏った足を上げて足裏をレイラの脇腹に添える。


「くっ……!」


 レイラは相手の素早さに驚くが、すぐに切り替え、地面にめり込んだ大きな杭を手放して次なる杭を生み出す。


 その杭がプロスペローに届くより早く、プロスペローは、レイラの脇腹を足の裏で押し出した。


「そして、脆い」


 遠心力を伴わない、脚力のみで放たれた押し蹴り。だが、その蹴りを受けたレイラは、大砲でも受けた様な速度で吹き飛ぶ。

 崖のあった方向ではなかったため落下することはなかったが、レイラ体は砂埃を巻き上げながら地面の上を転がり、そして動かなくなった。


「異能者とはいえ、やはり『彼』ほどではありませんね。まあ、当たり前ですか」


 レイラを蹴り飛ばしたプロスペローは追撃をすることもなく、前に押し出した足をゆっくりと下ろす。


「レイラっ! 貴様ぁぁ!」


 余りに一瞬で行われた一連の出来事に真也は惚けていたが、吹き飛ばされ、ピクリとも動かないレイラの様子に我に返り、プロスペローに向かって駆け出す。


 しかし、その行く手を阻むように、目前に巨大殻獣が前へと動いた。


「邪魔を……するなッ!」


 真也は巨大殻獣を屠るために、次々に棺の盾を繰り出す。


「おや、いいのですか」


 そんな真也に声をかけたのは、背中に生えた翅を使い、いつの間にか空へと飛翔していたプロスペローだった。


「それは、弱いですが……あなた方が『女王』と呼ぶ個体ですよ?」


 その言葉に、真也の動きが止まる。


「これが……女王?」

「ええ。貴方達の都合で言えば……『殺してはならない存在』です」


 『女王が自然死以外で死んだ場合、この営巣地に二度と殻獣が営巣することはない』


 この合宿中にソフィアから聞いた内容だ。

 一刻も早く、レイラの元へと駆けつけたい。しかし、この巨大な殻獣を殺すわけにはいかない。

 真也がこの殻獣を殺すことで、どれだけの問題が発生するのか見当もできない。


 真也の脳内に様々な思案が浮かぶ。


 倒さず無力化できるのか? 盾に乗せてどこかへ運ぶ? 運べるのか? プロスペローが嘘を付いている可能性は?


 真也は攻撃を踏みとどまるが、巨大殻獣……女王はその限りではない。

 その巨体を真也に向け、突進をかける。


「うわぁぁぁ!?」


 真也は驚き、締まらない声を上げながら両手を女王へと向ける。

 すると、数枚の盾が女王と真也の間に現れ、完璧に女王の突撃を止めた。


 その体躯は巨大だが、真也の盾はその動きを止めるのに十分な強度を持っていた。


「あぶなっ……よし、このまま……!」


 真也は女王を受け止めた盾に指示を出し、女王の上下左右に盾を配して6枚の盾でその巨体を囲むと、その巨体を抑え込む。

 女王は自身よりもはるかに小さな真也の盾によってその動きを制限され、口惜しそうにギギ、と顎をすり合わせた。


 女王の動きを封じた真也はレイラの方へ向かって駆け出そうとするが、カナブンの殻獣が女王の背から飛び立ち、真也を襲う。


「くそっ!」


 真也は追加の盾を3枚使用して襲い来るカナブン達を受け止め、砕く。


「おやおや、防戦一方ですね……さて、あなたは楽しませてくれますかね?」


 プロスペローはそう呟くと、真也へと急降下し、そのまま飛び蹴りを放つ。


 ガァン、と音がして、プロスペローの飛び蹴りもまた、真也の盾が防ぐ。そのまま盾はプロスペローに対して反撃を試みるが、プロスペローは背に生えた翅を羽ばたかせ、空中で回避して距離を取る。


「これは厄介な。『彼』にはこのような力はなかったはず……。さあ、どうしましょうか」


 やれやれ、といった様子で口を開くプロスペロー。その声は困ったというよりも、面倒くさい、という雰囲気だった。


 真也は自分の攻撃力の低さに歯がゆい思いをしながらも、吹き飛ばされたレイラの方を見る。

 レイラは杭を杖代わりによろよろと立ち上がる最中だった。


 最悪の事態になっていなかったことに真也はホッとして息を吐き出す。


「ほう、貴方は、『あれ』が大切ですか」


 プロスペローは頬を釣り上げて不気味に笑うと、真也へと告げる。


「非常に人間らしい。そして、そのせいで貴方もまた、死ぬのでしょうね」


 プロスペローが女王に視線をやると、女王は「ギリリ」と顎を擦り合わせてレイラに向けてカナブンを飛ばす。


「レイラっ!」


 真也は右腕をレイラへと伸ばしてレイラのそばに盾を出現させ、彼女を3枚の盾で防衛する。


「さて、貴方はその忌々しい盾を、あと何枚出せるのでしょうね?」


 プロスペローが空中で愉しそうに笑う。


 女王に6枚、レイラに3枚、真也自身を守るのに3枚。


 残るは、真也のそばで浮遊する白い盾、たった1枚だった。

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