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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション
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078 私闘(下)


 伊織は、少しづつソフィアを追い詰めているものの、あとひと押しというところでいなされていた。

 冷静さを失ってもソフィアは対人の戦いに慣れており、伊織は攻めあぐねる。


「本当に、ウザい……」


 先ほどの激昂から、ソフィアはまたぶつぶつと独り言を呟き続けていた。


「殺す、殺す、殺す……」


 情念の篭った呟きに、伊織は自分の耳の良さに辟易しつつ炎の球を避け続ける。


 このまま炎の球が当たらないことに苛立ち、異能を変えた瞬間、勝負を決めるという作戦に変更は無し。

 今はとにかく攻撃を避けることに集中。


 伊織は自分にそう言い聞かせながら、瓦礫の山の中を走り回る。


「……そろそろ、ですわね」

「そろそろ? 何がだよ」


 ソフィアのこぼした言葉に、伊織が反応する。

 ソフィアは伊織の声がした方に火球を投げるが、当然、伊織はそれを躱す。


「この勝負の決着ですわ」

「へぇ、お嬢様はもうお疲れなのかな?」


 ソフィアの、これまでの感情のこもった言葉とは違う、冷静さを取り戻したような声に伊織は足を止めて向かい合う。


 もう一度、揺さぶりをかける必要があるか。


 伊織はソフィアからの会話に乗ることにし、口を開く。


「お嬢様はゆっくり休んだら? 間宮の元にはボクが行くからさ」

「あなた、やはりシンヤ様を狙っているのね? 本当に……このウサギは……むかつく」


 対人戦が得意なくせに、メンタル弱すぎ。


 即座に反応したソフィアに、伊織はニヤリと笑う。


「ふん、なんでそう思うんだよ、ボクは男だぜ?」


 伊織が言葉を返すと、ソフィアはハッとした表情に変わる。


「どうした? 棺桶女」

「それですわ」

「は?」

「わたくし、やっと分かりました。先程少々取り乱しましたが……」

「少々じゃねぇし」

「うるさい」


 ソフィアは黙らせるように火球を投げるが、それは伊織のすぐそばを通過し、崖にぶつかり爆発した。


「おおこわ」


 今更威嚇のように、わざと伊織を外して打った火球に、伊織はソフィアが『話すことがある』と感じて言葉を待つ。


「あなた、わたくしを煽って、集中力を削ごうとしてましたわね?」


 ソフィアにそこに気づかれたのは痛い。伊織は心の中で舌打ちをする。


「バレたか」

「ええ。最初から。ですが、愛する者の事を言われて怒らない者などおりません。あなたの作戦は、正確無比と言えるでしょう。わたくしの数少ない、秘めたる弱点をこうも的確についてくる。その点は褒めて差し上げますわ」

「秘めてねぇだろ」


 伊織のツッコミを無視し、ソフィアは言葉を続ける。


「そんなあなたが、それでも一つだけ、ミスを犯しました」


 ソフィアに、伊織は言葉を返す。


「へぇ、言ってみろよ」

「なぜ、この勝負に勝つために、煽るように出した言葉の中に、シンヤ様を狙っているという言葉がありませんの?」


 ソフィアの質問に、伊織は首をかしげる。


「わたくしを怒らせるためなら、その言葉が一番効果的ですわ。もしそう言われたら、わたくしはこの棺を担いであなたの頭を殴り飛ばしに駆け出すでしょう」

「素晴らしい自己分析だな」

「それくらい、性悪ウサギのあなたなら気付くはず。でも、あなたは言わなかった。だからこそ、わたくし、気づきましたの」


 ソフィアは腕にまとった炎を消し、その両手を自身の胸に当てて、告げる。


「あなた、本当は、シンヤ様を『狙って』ますわね?」

「はぁ!?」

「その必死さ。分かりやすいですわね。あなた、シンヤ様から愛されたいのでしょう?」


 ソフィアの言葉に、伊織は反論する。


「ふざけるな、ボクは……」

「男だ。ですわね? だからこそ、心の隅でのみ、願わざるを得ない。そうでしょう?」


 急に冷静に言葉を重ねるソフィアに、伊織は苛立つ。


「……友情と、恋愛感情を一緒にするな」

「それが違うことなど、知ってます。ただ、あなたの持っているのがどちらなのか。今話しているのはそういう内容ですわ」


 こちらのメンタルを揺さぶるための言葉だ。


 伊織はそう思いながらも、その言葉から耳を離せなかった。それは、伊織の異能の耳がソフィアの言葉を、本心から言っていると理解してしまうからだ。


「そして、わたくしは、思いました」

「黙れ」

「同じ殿方に恋する仲間。しかも、何があっても心に秘める、『男同士』の『叶わぬ恋』。そこまで奥ゆかしいあなたなら、見逃して差し上げても、いいかもしれないと」

「黙れと、言っている」

「男同士だから、と逃げているのですよね?」

「黙れって」

「男が男を好きになってはいけない。そんなことはありませんわ。でもまぁ、シンヤ様が受け入れるかどうか、は別の話ですけれど」


 ソフィアは、今までと一転、伊織を言葉で攻め立てる。


「気持ち悪い、なんて言われたら辛いですものね?」

「いい加減にしろよ」


 伊織は低い声で威嚇する。

 攻撃のために近づくことはできない。それをしてしまっては相手の思うツボだ。


 伊織は、今すぐ手に持った鞘でソフィアの頭を殴りつけて黙らせたいが、冷静な伊織がそれを押しとどめる。


「さあ、お先にどうぞ? 愛する『友人』の元へ、先に行くことをわたくしは止めません」


 ソフィアは、伊織に道を開けるように、崖側へと移動する。


「後からゆっくり、『女性らしく』わたくしは追いかけますから。男性の伊織ちゃん?」

「黙れェ!」


 伊織は速度を上げ、『ソフィア』へと突進する。


「時間ですわ」


 ソフィアのその言葉と同時に、伊織の耳に、爆音が響く。


「ぐぅっ!?」


 あまりの音量に、我を忘れていた伊織は意識を持っていかれ、顔をしかめ、うずくまる。


 なんの音だ!?


 伊織が混乱し足を止めた次の瞬間、ソフィアは違う箱を取り出し、空中に投げる。


「しまっ……」


 ソフィアが箱を投げたところに、棺が現れ、箱を飲み込む。


「おばかさん。この営巣地の、旧型の殻獣の隔離音波ですわ。無線機のないあなたは知らなかったでしょうけど。

 この音は、耳のいいあなたなら、そうとうお辛いでしょうね?」


 殻獣隔離音波。それは、設営時に伊織と真也が設置した殻獣を避けるために発せられる音波の事だ。

 常人の耳には聞こえないが、営巣地丸々隔離するための音波となると相当のものであり、ハバロフスク8ーFの旧式の音は、伊織の耳には相当にきつい音だった。


「さあ、『お望みのもの』を、お見せしますわ」


 ソフィアがそう呟き、伊織が顔を上げると、そこには……



 間宮真也が立っていた。



「伊織。どうした? 大丈夫か?」

「ま、みや……?」


 優しい声で伊織へと話しかけてくる真也は、伊織の目には本人にしか見えない。


「煙の異能か……レアなはずなのにまぁ、よく持ってたな」


 伊織はそう言うと、周りの音を探る。

 この手の異能は、元々の『音』を消すことはできない。


 ソフィアがこちらに向かってきたり、棺の蓋が開くような音を聞き逃さなければ、平気だ。


 『煙』の異能の中でも、ユーリイの様に消すタイプではなく、幻影を追加するタイプ。

 デイブレイクの先輩、生徒会長の九重光一は、視界変化、幻影追加、その両方が可能であり、その弱点と破り方は聞いていた。


「煙の異能の解除法は……」


『強い意志で幻影を否定し、幻影がぼやけたところで、体に衝撃を与える』


 殻獣と違い、見えている現実を否定できる人間ならではの幻影の解き方。


「なあ、どうしたんだよ、伊織」

「違う。お前は間宮じゃない」


 いきなり真也が現れても、伊織は平然として、その存在を否定する。

 しかし、なぜか真也の幻影は揺らがない。


「なぜだ? なんで間宮は消えない?」

「なあ、伊織。なんで俺の事、間宮って呼ぶんだ?」

「はぁ?」

「伊織、俺のことも同じ様に名前で呼んでくれよ」


 幻影の真也は、伊織に優しく話しかける。


「真也、って呼んでくれないのか?」

「うるさいぞ、幻影」


 こちらへと歩いてくる真也を、伊織は言葉で否定する。


「なあ、伊織。前も言ったけど……」


 そんな伊織を無視して、真也の幻影は伊織に向かって歩いてくる。


「やっぱり、伊織って、かわいいな」

「……それは、耳のことだろ」

「本当にそうかな? 俺が、本当はどんな気持ちで言ったかなんて、伊織にはわからないだろ?」


 真也の言葉に伊織の心臓がどきりと高鳴るが、伊織はそれを悟られまいとしっかりと奥歯を噛んで表情を固める。


「なあ、大丈夫か? お前、いつも無理ばっかしてるだろ? たまには休めって」

「うるさい。お前は間宮じゃない。あの棺桶女の作り出した幻だ」

「何言ってるんだよ、伊織」


 伊織の言葉に、幻影の真也が困ったように眉をさげる。


「幻影は、ただの間宮真也じゃなくって、お前が一番会いたい……恋してる相手としての間宮真也だ」


 幻影の真也の言葉に、伊織は心臓を掴まれたような衝撃を受ける。


「はぁ!?」

「さあ、否定しろ。俺のこと、好きじゃないんだろ? そうすれば、伊織は自由だ。そしたら、棺桶女を殴り飛ばしてやればいい」


 幻影の真也は、ゆっくりと伊織の方へと歩いてくる。


 恋愛感情を持った相手としての、間宮真也。それを、否定する。


 幻影に、そんな設定ができるのか。伊織は驚きながらも否定しようと口を開く。


「あ……う……」


 しかし、それを口に出すことができなかった。目の前に真也がいる状態で。それを口にできなかった。


「や、やめ……やめ、ろ」


 伊織は、ずるずると後ろに下がる。

 

「やめろ、来るな、来るなよ!!」

「だから、否定すればそれでいいんだって。俺に『恋愛感情』なんて持ってないんだよな?」

「そうだ! ただの友達だ!」


 伊織は鞘を真也へと向け、叫ぶ。


「男同士で恋愛なんておかしいだろ! 間宮はただの友達だ!」

「そうかな? 伊織は、そう思うのか?」

「……そ、そりゃそうだろ! そういうもんだろ!」

「なら、そう思えばいい。心から、そう思えば」

「ち、ちが」


 幻影の真也は伊織へと歩み寄る。


「ちが、ボクは……ボク、は……」


 伊織は、自分の口から言葉を吐き出そうとするが、うまくいかない。


 間宮なんて、好きじゃない。恋じゃない。友人だ。同性として、友人としては好きだが、それは、恋愛感情じゃない。


 伊織は頭の中でそう繰り返すが、心の奥底にある『何か』が口に出すことを押しとどめる。


「ちがう、ちがうもん!」


 伊織は混乱から、涙目になりながら、頭をぶんぶんと振る。

 否定できぬまま、幻影の真也は伊織の目の前にたどり着く。


「ちが………あっ……」


 最後に伊織が口を開くが、幻影の真也が伊織を抱きしめ、伊織の頬を一筋の涙が伝う。



 伊織は、自分の心を、否定できなかった。



「うぅ……しん、やぁ……」


 幻影とは思えぬ真也の暖かさに、伊織は何も考えられなくなる。

 暖かさは、伊織が前に彼にすがりついたときに感じた暖かさと全く同じだった。

 たしかに過去、花袋で自分を救ってくれた……自分を守ってくれた男の体温だった。


 自分を男として認めてくれて、向き合ってくれた、唯一の人だった。


「伊織、俺のこと、好きなのか?」

「ボク、は……」


 幻影の真也の温もり感じていた伊織は、後ろから歩いてくる音に気づくことはできなかった。



 そして、ばたん、と棺の閉まる音がして、伊織の目の前は真っ暗になった。




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