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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション
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074 彼の崖で、ふたたび


 真也は、少女と会った崖で1人佇んでいた。


 辺りは完全に陽が落ち、明かりもなく暗い。


 しかし、明かりがないからこそ、月の光によって辺りの景色は見ることができた。


「結局、ご飯食べそびれたな……」


 ぼそりと呟く真也の目線の先には、空になったカレー皿とスプーンが寂しげにポツンと置かれていた。


 このように独り言を言うのも、久しぶりな気がする、と真也は気付く。


「きみ、なんでにげなかったの?」


 真也の後方から、声がかかる。幼い、少女の声。

 真也がその声を聞くのは、2度目だった。


 真也は、ゆっくりと振り向く。


 そこには、人型殻獣の少女が立っていた。


 初めて会った時とは違い、脱ぎ捨てたレインコートは無くしたのだろう、裸だった。


 少女らしい体のラインをしているが、人間とは違い『授乳』の必要がないのだろう。胸はのっぺりとしている。


 体の節々にある甲殻と合わせ、全裸の少女はどこかボディースーツを着た真也と同じ状態に見える。

 そのため真也は、少女の裸を見る事に抵抗を感じることはなかった。


「俺……去年はひとりで新聞配ってたのに、いまや、この殻獣が闊歩する世界で、急にこんな剣持ってさ」


 そう言って、真也は片手剣を抜く。


 赤い鞘から滑り出た黒い刀身は、暗闇によく馴染んだ。


「驚きだよ」


 真也は少女をまっすぐ捉え、剣を向ける。


「なんのこと? なんでここにもどったの?」


 独り言を続け、剣を向ける真也に、少女が訝しげな顔をして近寄る。


 少女が真也に数歩近づいたところで、真也は再度口を開く。


「教えてくれ」


 真也の頭の中は、津野崎から聞いた言葉が何度も繰り返されていた。



「この世界の俺を殺したのは、君か?」



 その声は、必死に絞り出したという雰囲気があった。


『人型殻獣の乙型は……南宿バン、その中でもアナザー間宮さんの死に、間違いなく関与しています、ハイ。

 複数の監視カメラに数コマ、少女のような殻獣の姿が写っていました』


 真也の周りに13枚の盾が浮かぶ。


『アナザー間宮さんがまだ生きている頃、その近辺で』


 盾は、静かに震えていた。


『そして、殺害されたと予測される時間の直後、血を滴らせて現場から離れる姿が』


 真也の怒りを、表すように。


『……気をつけてください。相手は、ハイエンドすら殺害可能な存在です』


 真也は、一切油断しないと強く決意し、少女を見据えた。


「俺は、この世界の俺の代わりに、今ここに居る」


 この世界に来てから、真也は多くの人と関わるようになった。

 それは、前の世界ではあり得なかった事だ。

 人生は長いとよく言われるし、もしかしたら真也も将来的には多くの友人と呼べる存在と仲良く暮らしていたのかもしれない。


 しかし、真也にそのビジョンは見えなかった。


 この世界に来て、良かったとすら、真也には思えていた。


 学校の仲間がいて、アンノウンの先輩たちがいて、美咲や、伊織や、レイラがいて。


 そして、失った妹が。まひるがいて。


「そんな俺が、言えた事じゃないのかもしれないけど……この世界の俺は、きっと、嬉しいことも、楽しいことも、感じられたはずなんだ」


 真也が、剣を握り直す。


「まひると過ごしたかったはずなんだ」


 真也の目の端には、光るものがあった。



「それを……それを奪ったのはお前なのかぁぁぁッ!」



 真也が叫び、少女に向かって駆け出す。


 真也の怒りを感じ取り、彼の周りを浮かんでいた無数の盾が、少女へと襲いかかる。


 真也より先に盾が少女を襲う。


 しかし、先ほどと同じように、少女は真也の盾に乗り、かわし、蹴って飛ぶ。


「はぁぁぁ!」


 空中で舞う少女に、真也が襲いかかるが、これもまた、少女にとってさしたる脅威とならない。

 節足で真也の剣を受け、そのまま優しく押し返す。


 それは、真也を傷つける意図がないようにも見え、着地した真也は声を荒げる。


「なんのつもりだッ! なぜ攻撃してこない!」

「だって……いいニオイだから!」

「またそれかッ!」


 真也は、苛立ちと共に再度盾を差し向ける。


 しかし、その結果は、なにも変わらない。


 少女は、全ての攻撃をギリギリで巧みにかわし続ける。


「……やっぱ、『俺だけ』じゃ、捉えきれないか」


 真也がそう独り言ちた直後、空中に舞っていた少女の後ろ、少し遠目に盾が1つ浮かぶ。


 その盾から急にダンッ、という音が鳴り、少女は驚き、振り向く。


「よぉ、虫野郎」


 そこには、片手剣を振りかぶった伊織が居た。

 真也の盾を蹴って加速した伊織は、素早く少女に襲いかかる。


「キィッ!」


 少女の喉から、驚きの声が上がり、節足が伊織の振り下ろした剣を受けて甲高い音が鳴る。


「チッ、硬いなッ!」


 刃が通らなかった事に伊織は舌打ちし、そのまま少女の腹めがけて蹴りを放つ。


「ギ…!?」


 少女は、可動しない盾の直線的な攻撃に慣れてしまったせいか、もろに伊織の蹴りを受け、地面へと叩きつけられた。


 もう一度空中で真也の盾を蹴って地面へと加速した伊織が身体ごと追撃の刺突を繰り出す。


 少女は節足を地面に刺して、横たわったまま強引に移動し、伊織の攻撃をなんとか躱すが、その先には、既に真也の盾が待ち構えていた。


「……がっ!」


 強かに背を打ち据えられ、少女は地面を転がる。急いで体勢を立て直すと、堪らず真也たちから離れるように後ろへ飛ぶ。


 真也たちから10メートルは離れたところに着地し、真也と伊織を視界に入れて少女は節足を前に向けた。これで、いったん戦いはリセット。少女は1つ息を吐き出す。


「どこからきた……」


 少女は、思考を回転させる。


 急に現れた変な耳のメスに動揺したが、それでもまだ戦える。

 あのメスは、疾い。しかし、疾いだけで攻撃はそこまで痛くない。


 少女は考えて戦うようなことをしてこなかったが、今回はそうもいかない。

 自分の頭の悪さにイライラしながらも、考える。


「こないのか? 虫野郎」


 そんな少女を伊織が煽り、身を屈める。


「じゃ、こっちから行くぞ?」


 その言葉の直後、伊織の姿が消えた。


「ッ!?」


 少女の目には伊織が見えていたが、それでも少女は焦りを覚えていた。


 いいニオイの彼の攻撃よりは遅いが、あれは『動く』。


 少女が身を固め、前からの攻撃に集中しようとしたその時。


 目の前によくわからない黒いものが現れた。


 形は、先程から攻撃されている黒い板と同じだが、それよりも『分厚い』。


 少女がどう対応しようかと思案していると、不意に背中へ衝撃が訪れる。


「おばかさん」


 またもや、少女の背後から、知らない声がした。


 思いっきり振り抜いたソフィアの蹴りを背中に受けた少女は、目の前の黒いものの中へと放り込まれ、ばたんという音とともに、周りが急に暗くなる。


「なにこれ!?」


 閉じ込められた、と気づいたのはその直後だった。

 少女は驚いてもがくが、狭いせいで節足がうまく動かせない。


 暗い中、少女の体が衝撃と浮遊感を感じる。

 少女は焦りとともに強引に節足を伸ばし、黒い箱を中から打ち破る。


 思いの外、この箱は脆い。少女がそう一安心し、箱を飛び出て周りに視線をやる。


 すると、そこは空中だった。


 空中で、制動が効かない状態。

 これこそが『彼ら』の待っていた瞬間だった。


 少女が驚き、目を見開いた先には、青い瞳の、メス。


 手に持った黒い棒を、箱から飛び出した少女に向かって突き出す。


「キィィィっ……」


 避けることの叶わなかった少女の肩に、棒が深く刺さる。


 青い目のメスは怒りを込めた顔で、より深く、より強く少女へと棒を突き刺してくる。


 何とかしなければ。これは、痛い。



 少女が慌てて棒に手を伸ばすより先に



 レイラの杭は、少女の肩を『貫通』した。 



 その瞬間、体の自由が利かなくなり、ぼとり、と少女は地面へと落ちる。


「な、んで……? どこ、から……」


 少女は身をよじり、立ち上がろうとするが、体がうまく動かない。


「か、らだ……うご、か……」


 少女が言うことを聞かない身体をよじり、辺りを見回すと、さっきまでいなかったはずの人間のオスが、またひとり、現れた。

 いいニオイの彼の元へと歩くそのオスは、こちらを一瞥もしなかった。


「みんな、流石。ユーリイさんも、サポートありがとう」

「お安い御用さ」


 真也を囮とし、ユーリイの異能で身を隠したソフィアと伊織が後詰として人型殻獣を追い詰める。

 そして、避けられない体勢になったところでレイラによる杭の束縛。


 それは、レイラが組み立てた作戦だった。


「作戦、通り」

「ま、虫なんてこんなもんだろ」


 ひとりでは敵わなくとも、連携を取って、殻獣を仕留める。


 それは、部隊として彼らが機能しているからこそできた、華麗なる勝利だった。

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