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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション
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065 防衛戦


 第二層の部屋の1つ、Fクラスの面々はそこで防衛戦を行なっていた。


 ビーコンを偶然発見できたものの、喜ぶのもつかの間、次々に彼らの元へ殻獣が押し寄せて来たのだ。


 まるで、宝物を奪う不届き者を殺すかのように。もしくは、餌にかかった獲物を狩るように。


 彼らのいる部屋には、四方に通路がある。

 彼らは便宜上、それぞれの通路を12時、3時、6時、9時方向の通路と呼び、連携を取りつつ殻獣を退けている。


 12時方向の通路からくる殻獣を秋斗が抑え、3時の方向は、冬馬が異能で壁を作って完全に塞いでいた。6時方向は、今のところ殻獣の襲撃が無いため、一旦放置しつつ、冬馬が壁を作っている最中だ。

 襲撃がある9時方向は、夏海が守っている。


 12時と9時方向から防衛をすり抜けて部屋に入ってくる殻獣は、春香が武装の手斧で砕き、部屋中央のビーコンと、仲間の背後を守る。


「壁! 3時方向の壊れそうだよ!」

「分かった! 補強する!」


 冬馬は6時方向の通路を狭める手を止め、3時方向に集中しようとした。しかし、ちらりと視界に入った6時方向の通路の様子に、大声を上げる。


「6時から襲来! えっと……くそっ、多数! トンボ多数だ!」


 先ほどまで襲撃のなかった6時方向の通路から、トンボの殻獣たちが押し寄せる。


「私がやる!」


 それを見た夏海は、急ぎ塞がりかけの6時方向の通路へと向かう。


「一気に薙ぎ払う! 大燃焼!」


 夏海はそう叫ぶと、両手を上げ、6時方向の通路の地面へと叩きつけた。


 叩きつけた拳を中心に、炎がカーペットを広げるように通路を撫でる。

 そのカーペット上にいたトンボの殻獣たちは、漏れなくその炎に巻かれ、焦げた死骸を晒す。


 『大燃焼』とは、夏海自身が付けた名前である。

 彼女自身の耐熱のリミットを超えた量の炎を、地面を撫でるように繰り出し、広範囲の殻獣を焼き切る、奥の手だった。


「っつぅ……」


 しかし、その反動は凄まじく、彼女の手は熱した鉄のように赤く染まり、蒸気を発する。


「大丈夫!?」


 春香が駆け寄るが、それを夏海が膨大な熱を持った手を向けて押しとどめる。


「近づくと、危ないよ。……ありがと、春香。でも、しばらくは撃てそうにないかな……」


 そう言うと、夏海は武装の片手剣を抜き、9時方向の通路へと向かう。


「村上、いざって時に頼りっぱなしでごめん」

「……変なこと言わないで! ほら、さっさと壁作る!」


 夏海は喝を入れるように冬馬へと大声を放つ。


 大燃焼が、しばらく打てない。それだけだ。まだ手詰まりなわけでは無い。


 夏海は、腰につけたポーチに剣を持っていない方の腕を突っ込む。

 じゅう、と手が急速に冷えていく。


 彼女の異能は、体に熱がこもると威力が落ちてしまうため、このように、冷却する手立てを用意していたのだ。

 その急激な温度差は、彼女に激しい痛みを伝えてくるが、命には代えられない。


 発破を掛けられた冬馬は、3時の壁を補強したのち、大急ぎで6時方向に壁を作る。


 完全に通路を塞ぐには至らないが6時方向の壁がせり上がる。

 一安心かと思えば、今度は、12時方向の秋斗が叫ぶ。


「次、来るぞ! 冬馬、先に俺のところの通路、狭めろ!」

「分かった!」


 秋斗の目の前の通路が左右から狭まる。それにより、向かってきていた殻獣たちは、身を寄せあわせて秋斗へと襲いかかる。


 殻獣の密度の濃くなった空間へと秋斗が手を伸ばす。


 すると、殻獣の群の中で爆発が起きる。

 規模は小さいものの、密集していた殻獣たちには致命の衝撃だった。


 秋斗の異能はキネシス6、『炸裂』の意匠。自身の周りで爆発を起こすというものだ。


 地下空洞のため、秋斗は異能を大分抑えて使っていた。

 下手に大きく爆発させると、崩落の危険性があるのだ。


 しかして、その崩落というのを逆に利用できないか? と秋斗は思いつく。


「こうなったら、どっかの通路、崩落させるか!?」


 秋斗は思いつきをそのまま告げたが、それに噛みついたのは地面を操る冬馬だった。


「危ないって! もしこの部屋が崩れて生き埋めになったら……」

「冬馬の異能の硬化で屋根作れないか!?」

「耐えられるかわかんない! ってか、通路塞ぐ壁作るので手一杯だよ! とにかく、一個でも多くの通路を塞がねえと! 俺、死にたくねぇよ!」


 冬馬の泣きそうな声が、全員の心に、ピリッとした恐怖をもたらした。




 それからも、完全に塞がれていない通路の隙間を縫うように殻獣がやって来る。

 そして、その殻獣を3人が駆逐し、殻獣の突進で壁が削られ、削られた壁を冬馬が埋める。


 部屋の中には鼻がおかしくなるほどの異臭が立ちこめ、そこら中に殻獣の死骸が転がる。


 部屋の中央にあるビーコンが3分に一度、小さな音を発するが、それよりも大きな爆発音や、怒声、指示の声が部屋を支配する。


 消耗の激しい、じりじりと追い詰められる防衛戦が、続いていた。


「くそ、いつまで湧くんだよこいつら! こんなことなら無線を置いてくるんじゃ無かった」

「冬馬! 泣き言を言うな!」


 秋斗は怒号と共にもう一度通路内で小規模な爆発を起こし、部屋の中へと滑り込む。


「よし、今だ! 閉めろ冬馬!」


 秋斗の声に、冬馬が12時方向の通路を完全に塞いだ。


「よし、これで2方向!」


 3時方向は壁の向こうの殻獣が掘り進めて来るため、定期的に補強しないといけないが、3時と12時、その2方向の通路が、とりあえずとはいえ完全に塞がった。


 しかし、そんな安堵を吹き飛ばす声が、春香から掛けられる。


「9時方向の子がやられた! 来るよ!」


 春香の異能は、マテリアル5、『鷲』の意匠。異能物質で出来た黒い鷲を数体作り出し、指定した場所を守るように戦わせるというものだ。

 自動で戦うため感覚は共有してないが、異能の消滅は感じられる。


 彼女は、手斧を片手に戦いながら、全ての方向から来る殻獣の数を異能の鷹で減らしていたのだ。


「くそ、そっちは塞ぎ切れない! まだ6時方向の壁が完成してないし! 村上、まだかかりそうか!?」

「さっきと言ってること逆じゃん! まだ冷却中!」


 夏海は叫ぶと、片手剣を持つ腕を入れ替え、右手を冷却剤へと突っ込み、じゅっ、という小さな音が全員の耳へと届いた。


 秋斗は真剣な目で全員へと告げる。


「……9時方向! 奴らが来る前に俺の異能で通路を崩す!」

「正気か!?」


「それしかないんだ!

  俺たちは3時方向の道から来た。なら、その真逆は巣穴奥へと続いてる可能性が高い!

 一番多く虫が来る可能性があるし、要の鷹もやられた! 一か八かだ!」


 秋斗が返事も聞かずに異能で9時方向の通路の天井を炸裂させる。


 派手な音を立て、9時方向の通路は完全に埋もれた。


 その後は、特に異変もなく、4人の眼前には、青色と茶色の混ざった壁が完成する。


「……成功、したのか?」


 成功させた当人が一番驚いていた。


 完全に塞がった通路の様子に、冬馬、春香、夏海は大声をあげて喜ぶ。


 秋斗は立ち上がると、冬馬の方を見る。


「すげえよ秋斗! 6時方向も完全に塞がった! これで全部塞がった! いける!」

「……よし、生き残れるぞ!」


 その言葉に、全員の顔が明るくなる。


「やべぇ! 3時の壁! また壊れそう!」


 冬馬の言葉に、夏海が反応する。


「むしろちょうどいい! 壁が壊れ次第、私がまた大燃焼で道を開ける! そしたらここから抜け出そう!」

「うん! 私も、異能の子たち戻すね!」


 春香も笑顔で異能を発現し直し、彼女の周りに4体の鷹が集う。


「……やっと、防衛戦も終わりか。春香、ビーコン頼んだ」

「うん!」


 春香は笑顔でビーコンを担ぎ、3時方向の通路を睨む夏海と秋斗の後ろへと並ぶ。


「壁、壊れるよ!」


 冬馬の声に反応し、夏海が腕に炎を纏わせ、各々が武装を構え直す。


 音を立てて壁が崩れた3時方向の通路から殻獣が現れる。



 それは、巨大なカマキリだった。



「螳螂型……うそ……でしょ?」


 夏海が呆然と声を上げ、その喉元へとカマキリの鎌が襲い来る。


「村上ッ!」


 その鎌が夏海を引き裂く直前で、冬馬が彼女の体を強く引いた。


 2人が部屋の中央へと転がり、秋斗と春香も2人の元へと走って下がる。


 春香が鷹を飛ばすが、カマキリたちは羽虫を落とすかのように4体とも打ち据え、異能が消滅し、春香の顔が青くなる。


 蟷螂型殻獣……カマキリの化け物は、即座に襲いかかる事をせず、じりじりと距離を詰めてくる。

 この殻獣は、自分の間合いを熟知しており、慎重に動き、間合いに入った瞬間に目にも留まらぬ速さで獲物を狩る。

 その速度と鎌の切れ味、攻撃の正確さから『死神』と呼ばれることすらある、強力な殻獣だった。


 冬馬に救われた夏海は、視線をカマキリから外さずにゆっくりと立ち上がる。


「ありがと……んで、どうするよ?」

「俺たちじゃ手も足も出ねぇよ」


 同じく立ち上がった冬馬は、自暴自棄気味に吐き捨てた。


 蟷螂型は、本来ならC指定営巣地には居ない……というよりも、蟷螂型がいるならばその営巣地はC指定にならない程の存在である。

 4人は知らなかったが、彼らが回収しに来たビーコンを持ち去った犯人。それこそが他の営巣地から訪れた蟷螂型殻獣だったのだ。


 じりじりと近寄るカマキリの殻獣。

 それは、彼らにとって、ゆっくりとした死へのカウントダウンに思えた。


「……さて、私の大燃焼で、あいつどれくらい『怯む』と思う?」

「……おい」


 夏海の言葉に、冬馬が低い声を返す。

 夏海は、それを聞こえなかったふりをして、言葉を続けた。


「5秒……くらいなら、稼げると思うんだよね。撃った後、私は動けないけど、3人なら逃げ出せる時間はある……」

「なっちゃん?……何、言ってるの……?」


 震える声の春香、覚悟を決めた夏海。


 そんな2人に、秋斗が告げた。


「なら、むしろ俺だ。俺がお前らを無理やり連れてきたんだから。

 リミット越えで至近距離爆発すりゃあ、蟷螂型とはいえ半身くらい持ってけるだろ」


 秋斗が覚悟を決めたその時、こちらへと近づくカマキリの体躯が横に逸れた。



「おい、嘘だろ」



 秋斗の口から絶望が溢れる。


 横に逸れたカマキリの後ろには、もう一体、『カマキリ』がゆらゆらとこちらへ向かってきているのが見えた。


「2匹……」


 そう溢す秋斗へ、夏海が告げる。


「一番可能性が高いのは、2匹とも巻き込める私の大燃焼。決まりだね。その後は、秋斗、頼んだ」

「……分かった」


 力なくこうべを垂れる秋斗、目をそらす冬馬、頭を振り、こちらへと手を伸ばす春香。


 春香の手が届くより先に、夏海は駆け出す。


「このクソ虫がぁぁぁぁ!」


 夏海が腕を振り上げ、カマキリへと向かう。

 腕に炎を纏わせ、振り下ろそうとする。


 しかし、それよりも、カマキリの化け物の方が、早かった。


 夏海の腕が頭の上から胸元を通り越した頃、カマキリの腕はすでに、高く掲げられていた。


 夏海の世界が、遅くなる。


 ゆっくりと鎌が振り下ろされ、そして、止まる。


 死を感じて、感覚が鋭敏になるというが、このような感じなのか。

 止まったように感じられるほどなのか。


 しかし、何かがおかしい。


「……あ、れ?」


 蟷螂型の鎌は、完全に止まっていた。


 夏海が不思議に思い、カマキリの化け物を見上げると、その首元には、黒い杭が刺さっている。


 杭に貫かれたカマキリは、その場に縫い合わされたように動きを止め、恐怖から顎をガチガチと鳴らした。


 その次の瞬間、暗い部屋よりももっと黒い、暴力が舞い踊る。



 死神とも言われる化け物は、死を納める存在に、打ち砕かれていく。



 4人があっけにとられていると、破片と化したカマキリの向こうに、人影が見えた。


 化け物を繋ぎとめた物と同じ杭を持つ少女と、こちらに手を伸ばした少年。


「間に……あった……よかった……」


 肩で息をしながらそう零したのは、少年の方。いともたやすく死神の命を奪った、棺使い。


 間宮真也であった。

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