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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション
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054 国疫軍ロシア支部(上)


 東雲学園の高等部一年生達が船でオホーツク港を目指す中、ロシアでは受け入れのための最終調整が行われていた。


 その最終調整役である、中年にさしかかろうという女性、国疫軍ロシア支部のヨランダ中佐は東雲学園の生徒達の名簿とにらめっこをしながら、事務所のデスクへと向かっていた。


 ヨランダは大昔は現場たたき上げであったが、前線から離れて座り仕事が長くなったせいか少しずつ膨らんできた身体を椅子に乗せる。


 ヨランダの仕事は、オホーツク港に来る東雲学園の生徒たちの小隊振り分けである。


 しかし、この業務は『小隊振り分け』では済まないほどの激務である。


 まず、情報が回された当日のうちに、いくつものチームを編成し、そのチームに東雲学園の過去の成績から一般学生たちのオペレーションを配し、各支部のオーダーを守りながらも適切に人員配置。

 そうして出来た小隊に、ロシア支部と日本支部それぞれから提出された、「この生徒にはこの正規軍人を引率としてつけてほしい」、などというオーダーを加味しつつ、さらには特別授業として随伴するロシアの士官高校の生徒達を小隊の中に混ぜる。それにも、オーダーが入っている。


 これらの作業を、異能内容を加味したチームバランスを考えた上で行うのだ。




 頭が痛くなりそうなこの仕事を割り振られたヨランダに同僚達は気を遣って、他の仕事全てをヨランダ以外で受け持った。


 ヨランダは慣れた手つきでキーボードを叩き、東雲学園から届いた生徒一覧と、各支部それぞれの希望書に目を通す。


「今回、噂のハイエンドの子がいるのね……他の子も強度が高い。流石は東雲、といったところかしら」


 真也本人は預かり知らぬ事だが、各国は既に彼の情報を得ており、新ハイエンドの実力は、どの国も知りたがっていた。

 今回、たまたま前年から東雲学園のオリエンテーション合宿受け入れを決めていたロシア支部は、その実力を測る、またと無いチャンスを手に入れたのである。


 ヨランダはキーボードに手を乗せ直すと、気合いを入れる。


 真也という存在の扱いも重要であるが、全体を通しての作業もまた、国疫軍の事務を長年行ってきたヨランダですら大変な作業であった。




 朝の仕事開始と同時に届いた情報を整理し、大体の引率役を決める。その作業が落ち着き、ヨランダはロシア本部へと草案をメールした。


 それだけでも大変だったが、まだまだ作業工程は残っている。


 とはいえひと段落、とヨランダが伸びをすると、不意にコーヒーの匂いがヨランダの鼻をくすぐる。


「ヨランダ、お疲れ様」


 ヨランダの仕事を気遣った同僚が、コーヒーを差し入れてくれたのだ。

 遅めのランチへ行こうかと思っていたヨランダは、「ありがとう」と同僚の気遣いを受け入れ、ゆったりコーヒーを楽しんだ。


 そして、とうとう遅めの昼食を取ろうかと事務机から立ち上がる。


 その動きと、事務所のドアが勢い良く開くのは、ちょうど同時だった。


 静かな事務所に響く大きな音に、立ち上がりかけのヨランダも、仕事中の同僚達も固まる。


 ドアの前で仁王立ちしていたのは、真っ白な髪と髭を持ち、装飾の多い上士官の軍服を筋肉で盛り上げた、巨人だった。


 それは、ロシア支部では知らない人の居ない有名人。


 レオニード・ラーザレヴィチ・レオノフ少将だった。


 60という年齢にして、老いてなお勇猛果敢。少将という立場になろうとも未だに殻獣災害の前線に出張るレオノフは、『白狼』という二つ名に違わぬ剣幕で事務所を見渡す。


 同僚たちは少将の入室に敬礼し、ヨランダもまた中腰の姿勢から姿勢を正して敬礼する。


 レオノフはその敬礼に返礼することなく、ヨランダのもとに歩み寄り、荒々しい声を事務所に響かせる。


「おい! ヨランダ! なぜ私は引率者に入っていない!」

「は、はい!?」


 あまりの剣幕に、ヨランダは狼狽する。返礼が無いため、敬礼をしていた手を下げる事も出来ず、右腕を上げたまま素っ頓狂な返事を返してしまった。


 引率役に関してのメールは、五分ほど前に送信したばかりであり、レオノフ少将がここまで早く目を通すとは、ヨランダには予測できなかったのだ。


「ヨランダ。今すぐ君の持つデータを書き換え、レイラ・レオニードヴナ・レオノワの所属する02小隊の引率に私の名前を書いた物を送信し直したまえ。

 ……ランチはその後でもいいだろう? なんなら奢ってやろう」


 そう言い放ったあと、思い出したかのようにレオノフは敬礼に対して返礼し、事務所にいた人間たちの右腕が自由になる。


 ヨランダもまた腕を下げ、自分の手元にあった書類に書かれた名前を思い出す。父姓が書かれていなかったが、レオノワという名前だったはずだ。


「レオニードヴナ……レオノワ……まさか、ご息女ですか!?」


 ロシア支部少将の娘だったことを知らなかったヨランダは驚き、レオノフはその反応に安心したように笑い声をあげる。


「はっはっは! なんだ、知らなかったのか。

 知っていてあの様な扱いなのかと心配したぞ、ヨランダ。

 知らなかったならば仕方がない。さあ、書き換えるんだ」


 レオノフは、そっとヨランダの肩に手を置く。優しく置かれたその手は、ヨランダに対して何の力も及ぼさない。


 及ぼさないのだが、その置かれた手に、ヨランダは動けなかった。

 ヨランダは少し涙目になりながらもレオノフに返答する。


「ま、待ってください、レオノフ少将。相手がご息女であろうとも、少将ともあろうお人が引率だなんて」

「私は説明を聞きたいのではない! 回答を求めているのだ! ダー、という回答をな!」


 レオノフの肩をつかむ力が強まり、ヨランダは強引にデスクへと座り直させられる。

 あまりの剣幕に、ヨランダは完全に涙目になるが、レオノフの口撃は未だ止まらない。


「せっかくレーリャが……私の青い蝶が帰ってくるのだぞ! なぜレーリャの側で彼女を守ってやれんのだ!

 草案では、レイラ・レオノワの引率が日本支部の非戦闘系異能の曹長となっているのだぞ! 戦闘面では役にたたんではないか! なぜそうしたのだ!」

「あ、あの、いや、日本支部からそういうオーダーが…」

「いいかヨランダ! あの子は! この世界を背負って立つ使命を持っているのだ! 何かあってはいかんのだよ!」


 レオノフ少将はヨランダの肩を揺さぶりながら「さあ! ダー、と言え。それだけで楽になれる!」と堂々と権力を不当に振りかざし、ヨランダが折れそうになった時だった。



 騒然とする事務所に、1人の青年が入室する。



 ブロンドの髪をたなびかせ、優雅に歩く姿はまるで貴族のようだ。同じ色の瞳は甘いマスクと相まって、場所が違えばご婦人方から黄色い悲鳴を受けるだろう。


「少将、ちょっと自由すぎません?」


 少将という地位の人間に対し、青年の言葉はフランクなものであった。

 激昂中の『白狼』に対しての不遜な態度に、事務所の人間は凍りつく。


 しかし、そんな態度の青年を、レオノフは笑顔で迎える。


「おぉ、ユーリイか。ちゃんと来たのだな!」


 レオノフ少将に対し、腕を添えて深くお辞儀をした青年は頭を上げると口を開く。


「はい。レオノフ少将に呼ばれたのなら、すぐに馳せ参じますとも。

 しかも、その内容が『青い蝶』に関する事なら、なおさら、です」


 彼は、ユーリイ・ユスチノヴィチ・ユマーシェフ。

 ロシアのモスクワにある『ブレスク士官学校』に通う学生軍人である。

 彼、ユーリイの、『花飾り』という二つ名はロシアでも徐々に知れ渡り始めている、ロシア支部期待のホープである。


「レオノフ少将、青い蝶の班には、僕とソフィアを配するように、先に手配しました。だから、ヨランダもその通りに草案を上げてくれたはずですよ」

「なんと! そうだったか。そこまで読んでいなかった!」


 書類には、各小隊の引率役の次にそれぞれに配されるロシア学生の表記があったはずだ。

 数文字すら先を読まずにここへ来たのか、とユーリイはレオノフの浅慮さに内心ため息をつく。


 ユーリイはヨランダの肩を叩き、「あとは僕に任せて。ランチへどうぞ」と告げる。


 自分よりも下の階級であるユーリイの言葉に中佐のヨランダは首をぶんぶんと縦に振る。


 ヨランダはレオノフを伺いながら事務所を出るが、レオノフの興味はすでに次へと移っており、ヨランダが呼び止められることはなかった。


「ふむ……私が引率で無いのは許せぬ。

 が、ユーリイだけでなく、ソフィアも護衛に回るのか。

 『赤の広場』から2人も同行するのであれば、まあ、安心はできるか」


 レオノフは顎鬚を弄りながら、渋々といった様子でユーリイへと告げる。


「ええ。汚らわしい虫ケラは、青い蝶に触れる前に僕が排除します。ご安心を」


 ユーリイは美しい笑顔を作り、安心させるようにレオノフへと返答した。いまの状態のレオノフを刺激するのは殻獣の前で寝転ぶよりも死に近づく行為だ。


 『レオノフ少将は冬の山より静かで冷静な人間だが、娘の事となると冬の海より荒れて騒がしくなる』というのは、レオノフ少将を詳しく知る人間の間では有名な話だった。


 しかし、そんな常識を打ち破る声が、事務所の中に響く。



「ねぇ、ユーリイ。蝶のお世話は貴方に任せて、私はハイエンドのお方、シンヤ様の元へ行きたいのだけど?」


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