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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション
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040 まさかの出迎え

 真也が家へとたどり着いたのは、明るさ的にも、時間的にも完全に夜と言って差し支えない頃だった。


 結局ファミレスで食事をとらなかった真也は、コンビニで買った弁当を片手に、腹を鳴らしながらリビングへと入る。


「…おかえり」


 いつものように出迎えの言葉が真也の耳に届く。しかしそれは、まひるの声ではなかった。


「レイラ!?」


 リビングのソファーで、レイラが寛いでいた。驚く真也に、レイラは首を傾げながら言葉を放つ。


「…なんで驚くの?」


 真也が驚いた事にレイラは疑問を持ったようだが、真也からすればなぜ驚かないと思ったのか、というレベルである。


 レイラは何度か間宮家へと遊びに来ていたが、何も言わずに来るのは初めてであった。


「え、だって今日、家に来るなんてこと言ってなかったよね?」


 真也の主張に、レイラはもう一度首をかしげる。


「帰るとき、また、と言った」


 そう言われれば、学校で別れる際、「また」とだけ言われた。

 しかし、その「また」が「今日中」だと真也は思わなかったし、誰だってそうは思わないだろう。


「…迷惑、だった?」


 しゅんとしてソファーの上で姿勢を正すレイラ。その姿は、レイラが何かやらかした時にするそれであり、真也は慌てて否定する。


「あ、いや、そんなことないよ。驚いただけ。…その、次からは『また』じゃなくて『また後で家まで行く』まで言ってくれると、驚かずに済むかな」

「そう…わかった。ごめん」

「ううん、大丈夫だから」


 真也とレイラのやり取りが聞こえたのか、ダイニングの方からまひるが現れる。

 手にはマグカップが2つ、握られていた。


「お兄ちゃん、おかえりー。今日は楽しかった? あ、これ、コーヒーだけど、飲む? まひるの分はまた淹れるから、お兄ちゃんも先にどーぞ」


 まひるは手に持ったマグカップをレイラと真也に渡し、真也はそれを受け取る。


「ありがとう、まひる。あ、ほら、おみやげ。ゲーセンでとった」


 真也は大きな袋をまひるへと渡す。

 まひるはその中身を確認すると、目を大きくして喜ぶ。


「わー! こげぶただー!」


 こげぶたのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめて小さく跳ねるまひるに真也は満足し、1つ頭を撫でるとコーヒーを片手にソファーへと座る。


「ゲーセン、いったんだ」

「ああ」


 レイラはその様子を横目で確認すると、真也へと質問を投げかける。


「それで、質問。

 …押切伊織は、真也の、前の世界にいた?」


 その質問に、真也は驚く。


「そうだよ。レイラ、気づいたんだ…すごいね」

「うん。なんとなく、分かった」


 その会話に、こげぶたを抱きしめたままのまひるが参加する。


「え、もしかして、今日お兄ちゃんが一緒に遊んだ『クラスの男子』って…」

「ああ。伊織だよ」

「えっ、押切先輩と遊んだの!? …あれ、お兄ちゃん、今日は男の人と遊ぶ、って……あ、いやでも…ううん…」


 まひるは、伊織について知っていたのであろう、目を白黒させている。


「あれ、男」


 そのレイラの注釈に、まひるは頬を膨らませながら反論する。


「いや、知ってるよう! でも、押切先輩を普通に男友達と言われると、ちょっと詐欺かなぁって」


 伊織はどこか『男子』『女子』『押切』とカテゴライズされるような、特異な存在だとまひるは思っていたため、真也に対して嘘をつかれたような気分になる。

 一方の真也は『詐欺』と言われたことに首をかしげる。


「そうか?」

「そうだよっ!」

「むしろ、真也が、異常」


 レイラまでもが詐欺だと思っていたのか、と真也はため息をつく。


「異常、って…。まあ、伊織に関して言えば、前の世界で付き合いが長かったから、男友達としてしか見れない、ってのはあるけど」


 確かに、伊織は女性らしい顔をしている。

 しかし、真也にとっては紛れもなく男であり、男友達である。まひるが伊織を女として扱うことが不思議だった。

 当人がそう思っているのであれば、男らしくとも女性は女性であり、女らしくとも男性は男性である。それが真也の基本的な考え方だった。


「そっかぁ…男友達かぁ…」


 まひるはそう呟くと、何事か考えていたようだったが、1つ手を叩き笑顔になる。


「ならいいや! こんど、押切先輩のこと、まひるにも紹介してね!」

「ああ、分かった。そのうち、伊織を紹介するよ」


 伊織をまひるに紹介する。前の世界では中学で伊織と知り合う前にまひるを失っていたため、真也は何か感慨深いものを感じた。


「…伊織?」


 レイラが、ぼそりと呟く。


「ん? レイラ、どうかした?」

「下の名前。学校では、押切と、呼んでた」

「ああ、そう呼んでいい、って伊織が言ったからさ。友達になれたんだ」

「…そう」


 真也の回答に、レイラは一つ返事をすると、それ以上は聞かず、次の質問を繰り出す。


「その、押切は…入隊するの?」


 レイラの疑問に、真也は答える。


「いや、それは聞けてない」


 今日遊んだ最中も、伊織は特別部隊に関しては何も言わなかった。真也と同じように機密であるという考えもあったのだろう。

 また、『生死に関わる』選択の考慮に、自分の存在が入ってしまっても、責任が取れないというのもあった。


 しかしレイラは、さも平然と答える。


「そう…ちなみに、私は入る」

「え、そうなんだ」

「うん」


 あまりにもあっさりと告げられたその内容に、真也は驚く。


「機密じゃなかったの?」

「当事者同士。入るかどうかは、機密指定されてない」

「ああ…なるほど」

「真也は?」

「入るよ。えっと、まひるは…」

「それは、もう聞いた」


 まひるに関しては言っていいのかと口ごもる真也だったが、レイラが答えを引き継いだ。


「そっか」


 まひるは同じ様な理由から、真也の参加をレイラに伝えなかったのだろう。

 そこまで会話が進んで初めて、まひるは嬉しそうに手を叩く。


「えへへ、3人一緒だね」


 大変な軍務が待っているだろうが、3人とも一緒であると言う事実は、全員にとって救いたり得たのだろう。皆、表情が緩んだ。



 真也は、この話になる前の、まひるの発言について引き合いに出す。


「ところでまひる、伊織のこと知ってたんだ」

「うん。ネームドだもん。有名だよー」

「押切、ネームド…!」


 ネームド、その単語は真也にとって聞きなれないものだったが、レイラが大いに反応する。


「ごめん、ネームド…って何?」


 真也の反応に、まひるが答える。


「えっとね、強いオーバードとか、将来性のあるオーバードには、あだ名がつくの!」

「二つ名」

「そう! 二つ名!」


 レイラの注釈を受け、真也は記憶を手繰り、一つの答えを出す。


「へえ…、あ、トイボックスとか、ヘラクレスみたいな?」


 それは、テレビやネットで見る有名オーバードたちの情報だった。

 『かっこいいな』と思う反面、どこかアニメや漫画のようだと思ったことのある名前だったが、まさか軍から直接つけられているものだとは、と真也は驚く。


 まひるは真也の出した答えに満足そうに頷くと、言葉を続ける。


「そうそう! といっても、全員があれくらい有名なわけじゃないけどね」

「でも、学生でネームドは、まあ強い。

 まひる、押切、なんてネームド?」


 伊織のことが気になるのか、レイラがまひるに質問する。


「『バレットラビット』、弾丸うさぎ、って呼ばれてるよ。うさぎのエボルブドで、意匠もうさぎなの」

「凄い偶然」

「だよね!」


 真也は、2人のやりとりに疑問を抱く。


「ん? 兎のエボルブドなんだから、意匠も兎で当たり前じゃあ…」


 真也の言葉に、レイラは首を振る。


「意匠と、容姿は別。顔に『雄牛』の意匠の人、牛ではない」

「たしかに…」


 真也は、レイラの言葉に納得する。

 確かに、特別部隊のラウンジで見かけたルイスと言う名の二年生の顔には牛の意匠があったが、エボルブドではなかった。

 真也はそれを思い出し、納得する。逆に、両方『うさぎ』という伊織の存在の珍しさもまた、よく分かった。


「それでね、押切先輩の異能は、高速移動とその速度に応じた肉体硬化なんだって。かなり早いし、頑丈らしいよ。体当たりでも殻獣の甲殻を突き抜けるくらい」

「へぇ…。なんか、力技だね」


 体当たりで殻獣を貫く。

 その言葉に真也は、伊織が殻獣を貫く絵を想像する。小さな伊織があの化け物に飛び込み、逆側から飛び出る。コミカルではあるがなかなかにグロテスクな絵だった。


「うん、でも一度だけ押切先輩と一緒に軍務に行ったけど、力強いというより、素早い戦い方だったよ。専用の武具を使って、一撃離脱。

 すごい綺麗で、かっこよくて、中等部ではモテモテだったの。誰も取り合ってもらえなかったみたいだけどね。

 ……あ、まひるは押切先輩ファンじゃないから安心してね、お兄ちゃん!」

「お、おう」


 説明から一点、急に真也の方へと身を乗り出すまひるに、真也は気圧されながらも返事を返す。


 2人の言葉から伊織が強いと言うことはわかったが、それと同じ部隊に召集された自分には、当たり前であるが二つ名などない。

 そうなると気になるのは目の前の2人がどうなのか、と言う点だった。


「…まひるは? 二つ名あるの?」

「ないよぅ。まひるは押切先輩みたいに強くないし…」


 口を尖らせて拗ねるまひる。真也は拗ねるまひるの頭を撫でて「ごめんごめん」と謝罪し、レイラへと向く。

 レイラは真也と目が合うと、びく、となぜか体を震わせた。


「レイラは?」


 普段は表情に乏しいレイラの顔が、分かりやすく濁る。そして、ニヤニヤしているまひるの顔を見ると諦めたように口を開いた。


「う…ある…二つ名」


 まひるはレイラの言葉を引き継ぎレイラの二つ名を説明する。


「『シームストレス』だよね。裁縫師みたいな意味だったっけ?」

「そう」

「あ、それとね! レイラさんはロシアでは別の二つ名が…」


 まひるがその話題を出すや否や、レイラは腕を伸ばしてまひるを制する。


「あ、あ、あ、ちょっと、待つ」

「え? 別に言っても…」

「や、や、あの、私、私が、言う! せめて! 自分で!」


 普段のレイラからは考えられぬほど取り乱しており、まひるはその様子をにやにやと見ていた。

 あまりの焦りように真也は驚く。


「え、どしたのレイラ」


 驚く真也を見るレイラは、顔が赤く、指をモジモジとさせている。


「ロシアの二つ名…軍の、父が、その! 勝手に、つけた…」

「なんていうの?」

「『ゾロトェバボチカ』………意味は…青い蝶」


 『青い蝶』。それはおそらく、レイラの瞳の色から来ているのだろう。


「そんなに隠さなくても、私は好きだけどなぁ? 可愛いし」


 そう呟くまひる。

 しかし、二つ名を明かしたレイラは、茹で上がったように赤くなる。


「だって……異能…関係ない…よぅ……蝶、って……」


 語尾が消え入るようなその発言に、真也は納得しながらも笑いそうになった。


「それは……たしかに、面と向かって呼ばれると、ちょっと恥ずかしいね。俺、なくてよかった」


 もし自分がレイラのように、洒落た二つ名をつけられ、それで呼ばれるとなると、確かにレイラのように真っ赤になりそうだと思った。


「すぐにお兄ちゃんもネームドになるよ!」


 まひるは相変わらず笑顔で話を続け、その言葉は、真也にとってあまり嬉しくないものだった。


「まあ、たしかに。あれは、すごい。ぜったい、ネームドになる」


 やられっぱなしだったレイラも、まひるに便乗する。


「えっとね、えっとね、スーパー! とかグレート! とか!」

「ガーディアンとか、パトリオットとか」


 楽しそうに真也の二つ名を考えるまひるとレイラを、真也は必死に止める。


 まひるがこの様な『特別』に胸を躍らせるのは、中学二年生だからなのかもしれない。


 高校生にもなった真也にとっては、身の丈に合わぬ『特別』など、気恥ずかしいほかないのだった。

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