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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション
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034 覚悟


「ああ、お久しぶりですネ、2ヶ月ぶりくらいですか?」

「む…なぜここに…」


 その声に最初に反応したのはレイラだった。

 少し不機嫌そうな顔になったレイラを見て、遅れて真也も声の主に気付く。


「津野崎さん! お久しぶりです」


 その人物は、真也がこの世界に来てから色々お世話になった、東異研、異能解析室長の津野崎真希だった。

 東雲学園で異能顧問をしているとは聞いていたものの、真也の予想以上に早い遭遇となった。


 伊織は津野崎をちら、と見ると自分の好きに待機する事を選んだようで、真也とレイラをおいて、先に部屋の中へと進む。

 美咲は置いていかれぬよう、津野崎に一つお辞儀をして、伊織の背を追った。


 真也とレイラは津野崎に連れられ、ソファへと案内された。

 津野崎は相変わらず、ニヤニヤとした笑顔で2人に改めて挨拶をする。


「どうも、間宮さん。……レオノワさんもお元気なようで」

「……元気」


 お互いの会話の中にある微妙な間が、レイラと津野崎の中が進展していないことを表していた。

 あれからお互い顔を見合わせていないにせよ、もう少し歩み寄ればいいものを、と真也はため息をついた。


「君たち、津野崎女史と知り合いなのか」


 驚いた表情でこちらに声をかけてきたのは入学式で生徒代表挨拶をしていた生徒会長の九重光一(ここのえこういち)だった。


 まさか生徒会長がいるとは思わず、真也は驚きながらも返事をする。


「え、ええ、はい」


 その真也の返事に、ふむ、と1つ息を出した光一は自身の顎に手を添える。


「さすがは東雲に…そしてこの部屋に入るだけのことはある、ということか。

 …すまないが、君たち中等部ではどのクラスだ?」

「あ、いえ、俺は高等部からです」

「私も」

「なに? 純東雲生ではないのか…」


 真也とレイラの言葉に、光一は少し残念そうな顔になる。


「まあ、彼に関して言えば、東雲に来たのは私の推薦ですから、ハイ」

「なんと。数多くのオーバードの中から津野崎女史に注目されるとは。凄いな、君。」


 津野崎の言葉に光一のメガネの下の瞳が大きくなり、真也をまじまじと見る。

 そのリアクションから、真也は津野崎が有名人であることを今更ながらに実感したのだった。


 光一は真也へ右手を出すと、自己紹介を始める。


「ああ。自己紹介が遅れた。といっても、式でもう自己紹介はしたが…もう一度させてもらおう。

 九重光一だ。一応、『まだ』生徒会長をやっている」


 真也は光一の手を取って握手を交わし、簡単な自己紹介をした。

 光一の目線がレイラの方に流れた事に気づいたレイラもまた、真也とともに自己紹介を終わらせる。


 お互いの自己紹介が終わると、光一は真也たちの向かいのソファーに腰掛けた。

 入学式のスピーチから、生徒会長に対して怖い印象を持っていた真也は、少し姿勢を正す。


「間宮真也に、レイラ・レオノワか。2人ともよろしく。ん…? 間宮…? 中等部の間宮まひるは知っているか?」


 光一の口からその名前が出た事に、真也は驚いた。


「ええ、まあ。その、遠い親戚です。まひるは、妹みたいな存在です」


 その言葉に気を良くしたのか、光一は真也の肩に手を置くと、声の高さを1つ上げ、早口にまくし立てる。


「そうか! ふむ、優秀な親類を持つ者は、その血筋に誇りを持つべきだな。

 私にも妹がいてね。お互い、兄同士仲良くしよう」

「は、はい」


 真也が押され気味にそう返事をすると、また別の男子生徒が1人、声を掛けてきた。


「おーおー、九重。そんなガツガツ行ったらアカンて。新入生くんビビってしもてるやん」


 その男子生徒は、犬耳が生えていた。また、その腰の後ろではフサフサとした尻尾が生えており、ゆらゆらと揺れている。


田無(たなし)修斗(しゅうと)や。犬やないで、オオカミのエボルブドやからな。そこんとこよろしゅう。

 そのメガネとおんなじ、三年や。九重共々、仲良くしたってんか、お二人さん」

「よ、よろしくお願いします」

「…どうも」


 修斗と名乗った関西弁の先輩は、光一と同じくらい長身で、いかにもモテそうな先輩だった。

 無造作にセットされた茶髪とピアス、ラフな服装は、光一と並ぶと凸凹コンビといった雰囲気がある。

 細い目はどこを見ているのか分かりにくいが、口元は常に笑っており、背後で揺れる尻尾と相まって非常にフランクな印象を受ける。


 修斗は2人の返答に笑顔を返すと、部屋の奥にあるカウンターの方へと手を伸ばす。


「ほいで、向こうのカウンターにおるのは2年の九重苗(ここのえなえ)とルイス…ルイス、なんやったかな?」

「ルイス・レンバッハだ。人の名前を中途半端に覚えるな、修斗。ちなみに、九重苗は私の妹だ」


 光一は、修斗の曖昧な情報に言葉に付け加えた。

 真也がそちらを見ると、カウンターで飲み物を片手に談笑する2人が見える。共に美形であった。


 九重苗は、美しい黒髪をポニーテールにしており、横顔しか見えないがその目鼻立ちはすっきりとしている。

 光一同様、フォーマルな格好をしており、笑う時に口元に手を添えるのが女性らしく真也の眼に映る。


 ルイス・レンバッハは外国人らしい彫りの深い顔の造形をしており、地毛であろう茶色の短髪が爽やかな青年と印象付けている。

 身長は高く、体つきもがっしりとして、真也には、同じ高校生とは思えなかった。


 ルイスの一番の特徴は、その顔の左頬に、ツノの生えた牛の顔の意匠がある事だろう。

 2本のツノは左目の左右にまで伸び、牛の鼻は顎の下までかかるほどの大きなそれは、タトゥーのようにも見える。

 しかし、オーバードが現れるようになって以来、黒一色のタトゥーが法律で禁止されているため、意匠で間違いない。

 ルイスの爽やかな笑みが、苗との会話を楽しんでいることを真也に伝える。


 レイラ含め室内は美男美女ばかりで、人並みの顔と、人より少し、ほんの少し劣るファッションセンスの真也は肩身がせまい思いになる。

 同じ人並みの顔をした美咲に、意味もなく少し親近感すら湧いてきたのだった。


 部屋を見渡しながら、光一が口を開く。


「他の一年生とも、挨拶をしたいところだが…」


 光一は、いつのまにか壁にもたれかかってじっと辺りを見回している伊織と、その側でおどおどとしている美咲を見て、1つため息を吐いた。


「まあ、追い追いの方が良さそうだな、あの2人は」


 真也は、やはり生徒会長だけあって、どのような人なのか見極める感覚が鋭いなと思った。

 修斗は光一の腰掛けるソファー、その肘掛け部分に座ると、光一へと口を開く。


「あとは中等部からも入るんやって? ここ」

「ああ。そのメンバーが来れば全員だ。そうすれば自己紹介の時間くらい与えられるだろう」


 光一の返答に、真也は中等部からも特別部隊に生徒が入るのか、と意外に思った。


「どんな子達なんでしょうね?」


 という真也の言葉と共に、チン、という音が鳴り、エレベーターが到着を告げる。


「失礼します! 遅くなりました!」


 その言葉とともに飛び込んできたのは、半ズボンにスニーカーの活発そうな少年と、同様に活発そうな少女。


「すいませんっ、おそくなっ…て…」


 間宮まひるだった。


「まひる!?」

「お兄ちゃん!?」


 お互いに驚き、まひるは固まり、真也はソファから立ち上がる。


「あー…忘れてましたネ」


 間宮まひるがこの部隊に入ることを伝えるのを完全に忘れていた津野崎は、ポリポリと頭を掻いた。


 エレベーターにはもう1人乗っていたようで、その後に入ってきたのは、真也の知る顔だった。

 白髪交じりの短髪の、まさに『えらい軍人』といった風貌、軍服姿の園口雄一(そのぐちゆういち)少佐だった。


「諸君。おはよう」


 園口が入室すると、津野崎を除いた全員が起立し、敬礼をする。

 真也も1つ遅れで立ち上がり、見よう見まねで敬礼の形を取る。

 その様子に、真也の隣にいたレイラが微笑ましげに小さく笑い、真也の頬を赤く染める。


 園口が敬礼をし、腕を下げる。そうなってから、部屋の面々は敬礼の腕を下ろした。


「みんな、楽にしてくれ。国疫軍の日本支部、少佐の園口だ。よろしく」


 園口はそう告げると、部屋の中央へと進む。


「少佐」

「おお、レオノワか。他にも見知った顔があるな…おや」


 部屋を見渡した園口が、真也の姿を見つけ、目線が止まる。真也は、おずおずと口を開いた。


「…どうも。その、覚えてますか?」

「もちろん。忘れられない、たのしいドライブだったからね」


 口ではそう言ってるが、園口はどこか苦い顔だった。


 カウンターや伊織がもたれかかっていた壁とは別の部屋の壁際、ひとつ段になり、後ろにモニターのある場所へと園口は移動し、その後に続いて津野崎も園口の横に立った。


 園口はもう一度部屋を見回すと、大きめの声で全員へと話しかける。


「みんな、早速で悪いが説明をするから、座るなどして楽にして聞いてくれ」


 園口の言葉に、各々がソファやカウンター席に座るなどするが、表情は真剣で、園口の次の言葉を待っていた。


「さて、と。分かっているとは思うが、皆を集めたのは、新設される特別部隊についてだ。

 本格的に活動するのはまだ先なんだが、先に諸君らに契約を交わしてもらわなければならない。その中でも、最も重要視して欲しいことがある」


 園口はひとつ息を吸い直すと、全員に向けて、言い放った。



「殺す覚悟と死ぬ覚悟だ」



 ピリッとした空気が、部屋の中を包む。


「…この部隊は、士官高校の軍務部隊では初の、立ち上げから対オーバードをも想定してある部隊だ。人選もしかりだ。

 殻獣事件に対しての出動もあるが、オーバードとやりあう事もある。

 つまり求められるのは、オーバードを…人を殺す覚悟だ。

 もちろん、基本は確保だが…止むを得ん状態になることもあるだろう。それが、殺す覚悟だ」


 殺す覚悟、の意味を説明した園口は、そのまま言葉を続ける。


「そして、殻獣事件でも前線へと出ることが多くなるだろう。

 身の危険は、これまでの比ではなくなる。だからこその、死ぬ覚悟だ」


 2つの覚悟について話した園口は、少し申し訳なさそうな表情へと変わっていた。

 その表情は、以前真也が津野崎に、高校生を殻獣と戦わせることについて言及した時のものと、同じ表情だった。


 今まで沈黙を貫いていた津野崎は、園口の様子を一瞥すると、一歩前へ出て部隊についての説明の言葉を引き継ぐ。


「…私どもも、本来ならまだ学生の皆さんにさせる覚悟ではないことは分かってます、ハイ。

 しかしですネ、その分、給与も多く学業面も色々と融通が利きます。

 …詳しくは、契約してからお話ししますが、皆さんの覚悟に、こちらが出せる最大限のモノをご用意してます。金銭的、社会的援助。生臭いですが、それが我々にできる唯一のことなんでネ。

 ……まあでも、軍は、無理やりに皆さんをそのような危険な場所へと引きずりこむつもりはありません。

 だからこその、確認なんです、ハイ。皆さんに、考えるお時間を差し上げたいと思ってます。

 ……ですよネ? 園口さん」


 園口は津野崎の言葉に頷き、部屋に集まった10人の若者に告げる。


「……1週間後、授業終了後にこの部屋に再集合、返答を聞かせてくれ。本日は解散。

 正式にメンバーが決まってから、お互い自己紹介としよう」


 園口の言葉に、誰も口を開くことはなく、そのままバラバラと解散となった。

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