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025 ひとり(上)

「ねぇ、お兄ちゃん。まひるの部屋、入った?」


 まひるの急な発言に、真也の心臓が悲鳴をあげる。


 その口調は、雑談のような軽さを持っているが、真也にとっては死刑宣告のように聞こえた。


 まひるは真也に背を向けて座っているために表情は分からない。

 だが、膝の上にいるまひるの目が鈍い光を湛えている姿を、真也は妄想してしまった。


 部屋の中には、昼らしい、明るいバラエティー番組の笑い声だけが響く。


「…まひる、どうしたの急に?」

「お兄ちゃん、まひるの部屋に勝手に入ったでしょー」

「えっと…」


 まひるはリモコンへと手を伸ばすと、テレビを消す。そのまま真也の膝の上で器用に半回転して座りなおすと、両手を真也の両肩に置き、真也と向き合った。

 そして、目の前にある真也の目をじっと見る。


 真也は、膝の上でこちらに向いて座るまひるの近さと、責めるような目線に身じろぎする。

 しかし、真也にとって意外にも、その顔はいつものまひるのままだった。

 少し拗ねたように唇を尖らせ、まひるは言葉を続ける。


「だってね、部屋のカーテンが開いてたんだもん。お兄ちゃん、女の子の部屋に勝手に入っちゃダメでしょ?」


 なるほど、それはバレるわけだ、と真也は諦めた。

 単に部屋に入ったことだけであれば、知られても問題ない。拗ねた顔のまひるの頭をひとつ撫でる。


「ああ、ごめんね。シャーペンの芯を切らしちゃって。一本もらったよ?」


 まひるの学習机には、シャーペンの芯入れがあったことを直前で思い出した真也は、それらしい言い訳をまひるに伝えた。


「なんだあ、そうだったんだ」


 大げさに笑うまひるに真也は、たしかに自分の部屋に入られるのは気持ちのいいものではないな、とまひるの様子を納得した。


 まひるは短く笑った後、ずい、と真也に顔を近づけた。

 真也の視界が、まひるの顔で埋まる。あまりに急なその行動に、真也は反応できなかった。



「じゃあなんでクローゼットも開けたの?」



 目の前にある、まひるの目の奥には、真也が最も恐れていた鈍い光があった。

 真也の肩を掴むまひるの力が強くなる。


「っ!」


 真也はあまりに急な変化に、口を開くも息が出なかった。


 まひるの右手が、真也の頬へと滑る。優しく頬を支えると、真也の目を背けさせぬように、ほんの少し力をこめた。


「お兄ちゃん。お兄ちゃんは、まひるのお兄ちゃんだよね?」


 優しく頬を支える手とは裏腹に、肩を掴んでいる左手の力は強くなる。決して逃さないと言わんばかりの行動に、真也の心臓はバクバクと音を立て、緊急事態だと身体中に血液を送る。

 しかし真也は、まひるの目から…正しくはその奥にある鈍い光から目を離せなかった。


「ま、まひる…」


 頭の中がほぼ真っ白になった真也は、まひるの名を呼ぶが、それに続く言葉を考えられなかった。


「なんで、嘘ついたの?」


 不意に、真也の右隣から声がかかる。その声は、まひるの声だった。


 そちらに目線をやると、ソファの上に膝を立ててこちらに手を伸ばす少女が…


 まひるがいた。


 目の前にも、相変わらず頬を支え、じっとこちらを見るまひるがいる。


 まひるが、2人いる?


 真也の脳内は、衝撃で完全に真っ白となった。


 急に現れたもう1人のまひるは、空いていた真也の左肩に左手を置くと、真也の体を固定する。

 そして、もう一方の手が真也の胸板に置かれた。


 間宮まひるは女子中学生であるが、オーバードとして強化されたその腕力は、二人掛かりであれば真也を押さえつけるのに充分だった。


「お兄ちゃん、まひるのお兄ちゃん…」

「えへへ、お兄ちゃんの匂いだー」


 2人のまひるが真也の体を完全に抑え込み、首筋に顔を埋める。

 可愛らしい声であるが、どちらも目が笑っておらず、その奥では、かの光が澱んでいる。


 ようやく脳が異様さに慣れてきた真也は、口を開く。


「まて、まひる。これは、一体どういうことだ、なんでまひるが2人いる?」


 その言葉に、真也の膝に座っていた方のまひるが顔を上げ、答える。


「お兄ちゃん、まひるのお兄ちゃんなのになんで知らないの? あ、そっか、忘れちゃったんだ。まひるの異能」


 もう1人のまひるが顔を上げ、真也の耳元で囁く。


「まひるはね、まひるを作り出せるんだよ?」


 まひるが、まひるを作る。

 コピーを作る異能。あまりの特殊性に、真也は驚いた。


「えへへ、どっちがまひるでしょうか?」

「どっちかな?」


 2人のまひるが悪戯っぽい笑みを浮かべ、2つの顔が真也へと近づいてくる。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんなのに分かんないの?」

「そんなぁ、まひる悲しいなぁ…」


 真也は、これはテストなのかという考えが頭をよぎった。

 真也が兄ではないと気付きそうになったまひるの中の存在が、俺を試しているのではないのだろうか。


「「なんてね」」


 声を揃え、まひるたちが真也に微笑みかける。

 次の瞬間、ソファーの背の上から真也の首を抱くように腕が伸びてきた。


 真也の頭上から、まひるの声がする。


「そうそう。見た目も、声も、全部一緒だもんね。分かんないよ、だーれも。だから、お兄ちゃんが、今も分からなくても、大丈夫だよ?」


 ソファと壁の間に、まひるが立っていた。


 とうとう、まひるは3人になった。

 3人目のまひるは、真也の頭を優しく抱きしめる。真也の後頭部を自分の胸元へと押し付け、真也の首を固定する。


 3人のまひるは、次々に真也へと話しかけてくる。


「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは何も見てないよね?」

「ねえ、お兄ちゃんはまひるのお兄ちゃんだよね?」

「まひるのこと、好き?」

「「「ねえ?」」」


 まるでそれは、真也を洗脳しているかのような声色。耳元で囁かれ、多方向から降ってくるまひるの声に、真也は朦朧とする。


 このままではいけない。まひるを救うために、自分が堕ちてはいけない。


 真也は腕を持ち上げ、拘束から逃れようとする。

 しかし、右手は右側に居たまひるに取り押さえられる。まひるはそのまま指を絡ませ、真也の胸板へと押し戻す。すると、膝に乗っていたまひるが真也へと強く抱きつき、右手を真也と彼女の体の間で挟んだ。


 抱きついてきたまひるが、優しい声で真也に注意する。


「お兄ちゃん、あばれちゃだめだよー?」


 その言葉に、返事をする声があった。


「だから、左手もまひるが握っとくね?」


 またもやいつの間にか現れた4人目のまひるが、唯一空いていた左手をしっかりと掴んでいた。

 4人目のまひるは、聞き分けのない子供を叱るような困った笑顔で、真也の左手を両手で弄ぶ。


 両手両足、首までも抑えられた真也は、完全に身動きができなくなった。


 そうして、鈍い光を湛えたまひる達による洗脳のような問いかけが再開される。


「お兄ちゃん」「お兄ちゃん苦しそう」「お兄ちゃん、ちゃんとまひるを見てる?」「お兄ちゃん」「やっぱりお兄ちゃんの匂い好き」「もう、お兄ちゃん、じっとして」「お兄ちゃんは、まひるのこと好き?」「お兄ちゃん」「お兄ちゃん、どれがまひるか分かるかなぁ?」「分かんなくてもいいよ、全部まひるだもん」「ほら、まひるの手、あったかいでしょ」「お兄ちゃん」「お兄ちゃん、今日は寒かったね」「まひるが温めてあげるね?」「お兄ちゃん!」「お兄ちゃん?」「お兄ちゃん、聞いてる?」「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」「お兄ちゃん!」「お兄ちゃん、まひるを見て」「お兄ちゃん?」「お兄ちゃん、見てる?」「お兄ちゃん」「お兄ちゃんー?」「お兄ちゃん!」「お兄ちゃん、一緒にいて」「お兄ちゃん?」「お兄ちゃん」「お兄ちゃん!」「お兄ちゃん、大好き」「お兄ちゃん」「お兄ちゃん、ずぅっと一緒」「お兄ちゃん!」「お兄ちゃん」「お兄ちゃん!!」


「「「「お兄ちゃん、ずっと一緒に居てね?」」」」


 まひる達が、声を揃えてそう告げる。


 ずっと一緒にいて。


 真也は、その言葉に、ゆっくりと返事をする。


「俺、俺は…」


 まひるの兄だ、と口をついて出そうなその瞬間、脳裏に凛とした声が響く。



『あなたの妹が、かわいそう、だよ』



 レイラの声だった。少女が自分に告げた、忘れてはいけない、無かったことにしてはいけない存在を真也は思い出した。


 真也は1つ深呼吸し、目の前のまひるを正面から捉える。


「いや、俺はまひるのお兄ちゃんじゃない」


 その言葉に、4人のまひるはたじろぎ、真也の拘束が弱まる。


「なんで…そんなこと、言うの…?」


 その言葉は、どのまひるが言ったか分からなかった。


 真也は軽く力を込めて両腕を自由にすると、拘束を弱めた膝の上のまひるを優しく下ろし、立ち上がる。

 まひる達は縋るように真也へと手を伸ばすが、真也を再び拘束することはなかった。

 足元から、まひる達の悲痛な声が聞こえてくる。


「まって。まってよ、お兄ちゃん」「ねぇ、待って」「ねえ、どこに行くの?」「置いてかないで、お兄ちゃん!」


 真也は、まひる達に告げる。


「置いて行ったりしないよ。ちゃんと、まひると話そうと思ってね」


 そう告げた真也の瞳は、決意に満ち溢れていた。

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