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024 焦り

 真也が帰宅してから2週間が経ち、12月へと暦は移り変わった。


 その移り変わりとは裏腹に、真也はまひるに対して新たな進展を何も見られなかった。

 それは真也にとってチリチリとした焦燥感を生む。


 そして、その焦燥感を増幅させる大きな問題があった。


 そろそろ「病み上がり」ではまひるを誤魔化しきれない期間、学校へと行っていない。


 当たり前だが、新たに戸籍を取得した真也が通う中学など存在しない。

 一応、研究所を通して中卒認定試験なるものの受験の準備はしており、これに合格することで、中学を卒業したのと同じ扱いになる。

 それは、東雲学園の推薦入試を受ける為の前準備だった。


 しかし、そんな事は、まひるの『お兄ちゃん』がやることではない。


 真也は、徐々に追い込まれていた。


 そんなある日の昼過ぎ。

 まひるは学校へと行っているため、真也は家でひとり、勉強をしていた。


 真也は、まひるの居ない時間帯は、なるべく勉強に時間を割いている。

 それはある種の現実逃避でもあったが、今後のことを考えるのであれば、必要な事だった。


 国語、数学、理科、英語はいいが、社会…特に近代史における元の世界との変更点は、大いに真也を苦しめた。


「ああ、もう無理…」


 昼食を終え、たっぷり2時間テキストと向き合ったところで、真也は音をあげる。

 そうして勉強から離れると、頭を支配するのはやはり、まひるの事だった。


「どうしたものか…そろそろ、なんとかしないと」


 真也は、これまで封印していた『ある方法』を実行する時が来たと決断する。


 まひるの部屋への侵入である。


 今のところ、真也はまひるについての情報を、彼女自身の口から語られる事と、レイラから得られるものに頼っている。


 それで手詰まりなのであれば、新たな情報を得る必要がある。そのための、まひるの部屋への侵入だった。


 家に1人しかいないと分かっていたが、念のため玄関の鍵を確認し、一度家の中を見回ってから、まひるの部屋の前に立つ。


 真也は、ドアノブにゆっくりと手をかけ、慎重に捻ると、罪悪感を押し殺しながらドアを引く。


 まひるの部屋は、まさしく女の子の部屋といった感じだった。


 カーテンが閉じられているために薄暗いが、部屋中がパステルカラーに包まれており、ぬいぐるみや小物が所狭しと置いてある。

 壁に掛けられた、レイラのものと良く似たボディースーツだけが、部屋にそぐわぬ異様さを放っている。

 その服は、軍人オーバードが作戦中に着る戦闘服であり、まひるがオーバードである証左だった。


 様々な小物に目を引かれるが、真也は気を取り直し、気合いを入れた。


「…何かまひるに関する情報を得ないと…」


 真也は、まずは光量確保のため、カーテンを開ける。

 明るくなり、色を取り戻した部屋は、より女の子らしさを主張する。


 真也の目が、カーテンのそばに掛かっていた賞状を捉えた。


『営巣地監視任務における感謝状

 間宮まひる殿

 貴殿は東雲学園中等部の軍務、営巣地監視任務において優秀な任務態度と精密な報告を挙げ、事前防疫に貢献したため、これを送ります。

 6月吉日 世界異能者防疫連盟 日本支部長 上坂豊』


 立派な額縁に飾られたそれは、まひるが東雲学園の中等部に通い、なおかつ軍の仕事をやっている、という事を示していた。


「え、東雲学園中等部…?」


 真也は混乱する。それは、自分が進学予定の学校に、まひるがいる、という事だった。


「え、東雲学園って中等部もあるのか? まひるが、そこに通ってるなんて…あの人…わざと黙ってたな…」


 真也の手が津野崎への抗議のために無意識にスマホに伸びるが、それを押し留める。

 そんなことよりも、他の情報を得なければいけない。


 クローゼットを開ける。その中もまた、年相応の可愛らしい服で溢れていた。

 ざっと見渡すが、手がかりになりそうなものは何も見当たらなかった。


 クローゼットを閉じようとした時、ふと真也は思い出した。


「そういえば昔、まひるが俺の玩具を壊して、クローゼットの隅の方に隠してたな…」


 それは何年も昔にあった、自分の妹との思い出だった。


 もしかしたら、何かあるかもしれない。


 そう考えた真也は、クローゼットを開き直し、上の棚へと腕を伸ばす。

 手に硬いものが当たる感覚があり、それを取り出した。


「なんだ? これ…」


 サイズからいって、お菓子の缶であることは予想できた。

 逆に言えば、乱雑に巻かれたガムテープが表面全てを覆っていたために、サイズでしか予想できなかった。


 その缶の、拒絶するような様子は、普段のまひるとは全く似付かわしくない、乱暴な印象を受けた。


「…ここまで来たんだ、やらないと」


 真也は嫌な雰囲気を感じつつも、まひるの学習机の中にあったカッターナイフを取り、缶の蓋部分を取り外せるよう、刃を滑らせる。


 一度開けてしまうとバレそうだが、後でガムテープを巻けば問題ない。カッターを取る際に、ガムテープの位置も確認した。


 カッターの刃が一周して蓋が自由になる。


 真也は、ゴクリと喉を鳴らすと、ゆっくりとその蓋を持ち上げた。


「え、これって…」


 中に入っていたのは、識別バングルと、遺書と書かれた開封済みの封筒。そして、破砕遺体鑑定書と書かれた、一枚の紙だった。


 その鑑定書には、ただ簡潔に


『鑑定の結果、このバングルに格納されたのは、間宮真也さんの破砕遺体でした。お悔やみ申し上げます』


 と書かれていた。


 つまりこれらは、この世界のシンヤの、死んだ証拠だった。


「なぜ、ここに…それに、こんな風にしまい込んであるなんて…」


 真也は、周りの風景が遠のいて見えた。


 つまりは、この缶にこれらをしまう前までは、まひるは正常だった。そして、この缶に物をしまいこみ、自分を兄と思い込んだのだ。


 この、ガムテープで封印された缶は、まひるがおかしくなった瞬間に作られた、正常なまひるの、最後の行動によるもの。


 乱暴に巻きつけられたガムテープ。それにはどんな想いがあり、どんな気持ちで巻いたのだろう。


 気が遠くなり、気づけば口元を手で押さえていた。

 何か見つかれば、と思っていた真也は、最大のものを見つけたのである。


 しかしそれは、余りにも突然過ぎて、真也の思考を真っ白にする。

 真也はハッと気付き、スマホを手にする。

 レイラに助言を求めたかったのだ。



 カチ、ガチャ、という音が玄関の方から聞こえた。



「ただいまー!」


 続いて飛び込んできたのは、まひるの声。


 真也は心臓が飛び出るかと思った。

 とにかく缶の中身を戻して蓋をし、クローゼットを開け、元の位置へと置く。ガムテープを巻く時間は無い。

 何よりもまずいのは、今この部屋にいるとバレる事だ。

 部屋を出る直前でカッターナイフをしまうのを思い出し、学習机の中の、同じ位置に戻す。


 真也は音を立てぬようにまひるの部屋をそっと出ると、小走りで玄関へと向かった。


 玄関でコートを脱いでいたまひるは、降りてきた真也を視界に留め、笑顔で帰宅を告げる。


「ただいまっ、お兄ちゃんっ」

「…お、おかえり、まひる。今日は早かったね」

「うん。今日は久々の軍務だけで、早上がりになったの」


 軍務。先ほどの賞状に書かれていた内容を思い出し、真也はご機嫌をとるように、まひるの頭を撫で、話しかける。


「そっか、お疲れ様。

 まひるは東雲だもんな、軍務も大変だろ?」


 その言葉に、まひるは目を見開く。


「…! そんなことないよー! 全然平気。一年生は正規軍人さんと一緒に見張りをするくらいしかやらないし!」


 まひるは、自分が言わなかった彼女の特徴を言うと、とても嬉しそうにする。


 彼女自身が気付いていないが、それは心の底の、妹になりきれないまひるが少しずつ妹になれる悦びを感じているためだった。


 そしてそれは、自分1人の思い込みでは真也の妹であることに無理を感じてきている証でもあるのだ。


「お兄ちゃんは、また勉強してたの?」

「ああ。学校の授業に遅れるわけにはいかないからね。部屋で勉強してた」

「すごいなぁー。私、勉強ぜんぜんだよー」


 真也は、まひるに気づかれないかとヒヤヒヤするが、まひるの笑顔はいつもと変わらない。


「お兄ちゃん、私、部屋に荷物置いてくるね」


 その言葉に、真也は背筋が縮こまる感覚を覚えるが、なんとか平静を取り繕う。


「うん、分かった。荷物を置いたら、一緒にテレビでも見よう」

「うん! 普段この時間にテレビ見れないから楽しみっ」


 階段を跳ねるように上がっていくまひる。

 その背を見送る真也は、気が気ではなかった。



 リビングのテレビをつけ、真也は手にじっとりと汗をかきながらまひるを待っていた。

 バラエティー番組の芸能人たちがワイワイと叫んでいるが、内容など全く頭に入ってこない。


「お兄ちゃん、おまたせー」


 制服から着替え、リビングへと戻ってきたまひるは、いつもと変わらぬ様子だった。その様子に真也は一旦落ち着くと、まひるに話しかける。


「…ああ、まひる、テレビ、何見る?」

「チャンネルはこのままでいいよー」


 まひるはテレビに興味を示さず、リビングでの定位置につく。

 それは、ソファに座った真也の膝の上であり、真也の両手を掴むと、自分の腰に巻く。


 真也は、後ろからまひるを抱きしめているような状態だ。


 兄妹とはいえ、思春期に入っているであろう女の子が、兄とこんな風に過ごすものかと真也はいつも不思議に思っていた。

 しかし、これが普段の2人なのであれば口を出すことはできない。家の中での真也は、まひるにされるがままだった。


 その結果、これが間宮家の日常となっていた。

 背に居る真也へと、いつもと変わらぬ声色でまひるが尋ねる。


「ねぇ、お兄ちゃん。まひるの部屋、入った?」


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