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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第4章 夏休み編 無名と著名と、夢の国と希望の国
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214 フードの男


「……全員、戦闘体制を取りましょう」


 真也の言葉に全員が小さく頷く。

 真也はクーを後ろにやって大鎌を握りなおし、レイラは杭を作り出す。

 透は武装の盾を構えて少し後ろに下がり、飛龍は『鋏』という空間切断系のキネシス能力のため、構えることなく城からの訪問者を見つめていた。


 止まることなく彼らの方へ歩いていた男はちょうど東門の真下あたりで立ち止まる。


「戦闘の意思はない」


 男性の声だった。フード越しの少し篭った声は中年以上の年齢を感じさせる。静かに響くような、落ち着いた声色だった。


「レイラ、わかる?」

「わかる」

「……オーバードだ」


 真也とレイラが短くやりとりを交わす。

 二人ともが男の言った言葉を理解できたということは、目の前で両手を上げる男がオーバードであることを表していた。


 一見武器を所持しているようには見えないが、オーバードであれば徒手空拳であろうとも安心できない。真也は全員を守れるよう、男を見据えて一歩前に踏み出す。


「えっと……」


 しかし、目の前の男へなんというべきかまでは思い浮かばなかった。

 真也が内心冷や汗を流しながら思案していると、彼の横にレイラが並ぶように進み出た。


「代わる」

「……ごめん」


 ローブの男に聞こえぬように小声でバトンタッチしたレイラは、姿勢を正して声をかける。


「静止を。営巣地、入場許可証、提示を」

「誰の許可だ?」


 レイラの問いに対し、ローブの男は肩をすくめる。

 男の芝居がかった動きに真也は無言のまま眉をひそめたが、レイラは顔色を変えず問い続ける。


「国際防疫軍発行。三ヶ月以内。許可証提示を。氏名は?」


 レイラの態度に、男はすくめた両肩をだらんと下ろし、首を振る。


「その許可証とやらはない。『希望の国』では発行していないからな」


 男の返答を受け、飛龍が小さく呟く。


「『国民』の一人か」

「自由にしてるってことは、他の人たちとは扱いが違うんスかね?」


 飛龍と透が相談する中、レイラは男性に向けて問う。


「バングル、提示。その場で、起動を」

「高圧的だな。まあ、オーバード相手であればそうなるか」


 レイラの言葉を受けて男は左腕を前に出す。

 その腕には、真也たちのつけているバングルよりも細い、簡易タイプのものが巻かれていた。


「この通り、国疫軍に登録されてないハズレ異能者だ。そんなに身構えることもないだろう」


 男がつけていた簡易タイプのバングルは、強度3以下の異能者に発行されるものだ。

 軍用の正規タイプとは違い強度もそこそこのもの。強度3以下であろうとも一般人と比べれば強力な肉体を持つオーバードは、覚醒している人間全てに、バングルの着用が義務付けられていた。


「起動を。私たちは、保安維持権限、ある。抵抗は——」

「……君は……誰だ?」


 男は、話している最中のレイラの言葉を遮ると、首を傾げる。


「君は『知らない』な」

「私? 私は——」

「35の世界で姿が見当たらなかった。君は、薄いな」

「……どういう、意味?」


 ローブの男の言葉の意味がわからず、レイラは困惑する。


「もう少し『視る』か……」


 しかし、レイラの困惑をも無視して男はローブの下の顔へ腕を伸ばす。

 真也たちからは見えないが、どうやら顎に手を当てているような様子だった。


「いい加減にしろ」


 こちらを煙に巻くような男の行動に耐えかね、飛龍が男に向かって歩き出した。


「孫さん! ちょ、ちょっと……」

「分かっている。あのバングルが本物かどうかはわからない。しかし、この距離では私の異能の範囲外だ。

 あの男を私の範囲内におさめておきたい。このままでは時間がかかりすぎる」

「あ、いや、不用意に近づくのは」


 真也に小声で訴えるが、飛龍はズンズンと歩いていく。真也が慌てて後を追い、つられて全員が男へと近寄っていく。

 飛龍は、男まで5メートルほどまで近づくと再度声を張り上げる。


「お前の妄言に付き合う気はない! 営巣地への無許可侵入で拘束する!」

「それは困るな」


 男が言い返すと、直後、男のすぐ横の地面に鋭利な亀裂が走る。


「お前が困るかは知らん」


 目にも止まらない地面の傷跡は、飛龍の異能『鋏』の不可視の高速斬撃によるものだった。

 風圧でローブがはためき、男は頭巾がずれぬように左手で頭を押さえる。


「暴力的だな」

「無駄口はいい。今すぐバングルを起動しろ」

「少女よ、さきほど高圧的と言ったことは謝る。あれこそが国疫軍人だな」


 ローブの男は飛龍の言葉に肩をすくめて左手首のバングルの液晶に右親指をつける。

 ピ、と電子音が鳴り、続いてバングルから女性の声が流れる。


『異能者連盟登録、国際防疫軍非登録オーバード、民間人です。強度、基本カテゴリのみ発現エンハンスド1。登録番号0332119-J-890411……』


 音声を聞き、真也たち一行は内心胸を撫で下ろす。

 生体認証を必要とするバングルを起動できたということは、彼の手首に巻かれているのは間違いなく彼本人のもの。

 目の前の男性は間違いなく強度1……特別な能力を持たない、肉体強化のみのオーバードだ。真也はもちろん、非戦闘員の透ですら片手で制圧できる相手である。


「ゆっくりと両手のひらをこちらに向け、親指と人差し指だけでフードを取れ。

 それ以外の動きはするな。首と胴が離れることになる」

「……やれやれ、注文が多いな」


 キッパリとした飛龍の物言いに再度芝居がかった動きで反応したローブの男は、ゆっくりと両手をあげ、深く被ったローブの端を指二本で挟み上げて後ろへと下ろす。


 ローブの下から出てきた男の顔は、黄色人種のもの。

 黒い髪を後ろに撫で付け、同じく黒い瞳の周りと口元には年齢を感じさせる皺がうっすらと走っている。

 しかし、その皺よりもはるかに多い数の古傷が顔中を覆っていた。


 傷だらけの顔に一行が驚く中、一人だけが大きく肩を震わせる。


「おま、え……は……」


 目を見開き、わなわなと身体中を震わせていたのは、真也。


「お前……お前はッ!」


 真也は、男の顔から目を離さず、体を震わせ、口から言葉だけが放たれていく。


「真也?」


 レイラが真也の様子に気づいて声をかける。

 しかし、真也の目には彼女の事すら映っていなかった。


 レイラの目に映る真也は、ギリと強く奥歯を噛み締め、怒りから顔を歪ませていた。


「お前はッ! 天田(あまだ)あぁぁァァァァァァッ!」


 真也は手に持っていた大鎌を振り上げると地面を蹴り、人間ではあり得ない速度でローブの男へ肉薄する。

 彼の感情に呼応するように、次々に棺の盾が浮かび上がり、同時に男に向けて疾走する。


「真也ッ!?」


 怒号と共に飛び出した真也に、レイラは驚いて声を上げた。

 彼女は、真也がここまで明確な『殺意』を人に向けているのを見たことなどなかった。


「あぁァァァまぁァァァァだァァァァァァァっ!!」


 真也は怒りのまま振り上げた鎌を飛び出した勢いのまま人間の頭に突き刺さんと振り下ろさんとする。



「……ッ! はッ……はァッ……」



 しかし、その刃は男の頭上で止まった。


 真也は荒い息を吐き出し、血走った目でローブの男を睨みつけ、歯を食いしばりながら、それでも直前で停止した。

 異能の盾も13枚全ての切先を男に向けたまま、空中で静止する。


 今にも男を手にかけんとする両腕を、真也の心のどこかが必死に止めているような様子だった。


「……やはり、か。どこまでも空虚だな」


 目の前に刃が振り下ろされかけたにも関わらず、男は微動だにせず、無表情にボソリと呟いた。


「先輩! どうしたんスか!」


 真也の後を追うように、残りのメンバーもローブの男の前へと集合する。

 全員がやってきたところで、男は再度芝居がかった動きで再度口を開いた。


「私が何か? 無許可営巣地侵入とやらは、そこまでの怒りを受けるものなのか?」


 真也の行動に対し皮肉を返す男へ、飛龍が言い返す。


「怒りを受けるに決まっている。君達『無許可侵入者』に関しては、全ての機関から『生きる権利』すら放棄されている。

 その身勝手さは、怒りに値する」


 真也を援護する飛龍の叱責を受けても、男は態度を改めることなく、今度は真也へと視線を向けた。


「本当にそれだけか? 少年」

「ッ……! ぐ……」


 男の言葉に真也は言い返すこともなく、唇を必死に噛み締めたまま沈黙を貫く。口の端から一筋の血が流れ出すが、それでも真也は男から目線を外すことはなかった。


「真也……?」


 レイラの呟きに、真也はビクリと体を震わせると、男の脳天に切先を向けていた大鎌を引き、ぶっきらぼうにひと回しして体のそばへと引きよせる。同時に発現していた棺の盾たちもかき消えた。


 武器を引いた真也の肩を、レイラが叩く。


「真也、下がって」

「でも」

「大丈夫。強度1相手に五人もいらない」

「……ごめん。お願い。俺は……少し離れるね」


 レイラの瞳に、真也がこの一瞬で異様にやつれたように見えた。


「大丈夫」


 レイラは真也へと精一杯笑顔を向ける。

 しかし、心の中では目の前で起きた事に混乱していた。


 今まで見たことのない、真也から発された激しい怒り。

 しかし、レイラは目の前のローブの男を見たことがないし、真也からも何か怒りを向ける人物がいるなどと聞いたこともない。


 一体、彼に何があったのか。


 離れていく真也の背を見守るレイラに、飛龍が声をかける。


「強度1のこの男を見るのは俺だけで十分。貴女は彼を」

「分かった。……あとは、お願い」


 レイラはこの場を飛龍に任せて真也の方へ向かおうとする。

 そんな彼女に、後ろから声がかかった。


「お、俺も行くっス!」

「いい。大丈夫。鑑別、必要あったら、呼ぶ。孫を、手伝って」

「……ハイ、っス」


 ついてこようとする透をたしなめ、レイラは真也の後を追う。


 一連のやり取りが行われる中、少し離れたところで、クーがじっと男の方を見つめ続けていた。




 男の姿が見えないテントの裏で、真也は自分の腕を強く、強く握る。

 震えの止まらない腕に苛立ちを覚えながらも、真也は自分の感情を制御できずにいた。


「……真也?」

「レイ、ラ……」


 後ろからかけられた声に、真也は反射的に言葉を返す。


「どうしたの? 天田(あまだ)、って」


 レイラが口に出したのは、真也が怒りを露わにしながら斬りかかった際に発した言葉。


 『天田』という名前に、真也は再度肩を震わせ、レイラの顔へと鋭い視線を向ける。

 その瞳は、敵意や怒りに満ちていた。


「……ごめん」


 真也も自分の表情に気がついたのであろう、すぐに表情を曇らせて顔を伏せた。


「話したくないなら、聞かない。でも、今は、作戦が——嘘。作戦、関係ない。私は……私『が』、心配」 


 真也は、ゆっくりと視線をレイラへと向ける。


 彼女の青い瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。


「れ、レイラ?」

「ごめん、なさい……。なぜ、こんな」


 レイラは自分の瞳からこぼれ落ちる涙に混乱しながら、両手で拭き取る。

 しかし、拭き取る側から涙が溢れる。


「私、大丈夫。でも、真也……」


 真也は深呼吸をして心を落ち着けると、ポーチからタオルを取り出し、レイラへと渡す。

 タオルを受け取ったレイラは顔を覆い隠すようにタオルを顔に押し当て、そのまま口を開く。


「私、平気。泣くのは、違う。違った。でも、止まらない。わからない」


 もごもごとくぐもったレイラの声は、いつもと同じ平坦なものだった。


「このままで、いい。話、聞かせて」

「う、うん……」


 レイラの様子に混乱し、少し平静を取り戻した真也はもう一度深呼吸をして、レイラへと説明する。


「アレは、あの男は……。あの男は、前の世界にも、いたんだ」

「前の、世界に?」


 真也の言葉に驚き、レイラは顔からタオルを離す。

 目尻は真っ赤だったが、涙は止まっていた。


「前の……真也の?」

「そう。殻獣のいない、俺の生まれた世界」


 真也は頷きながら、言葉を続ける。


「あいつは……天田(あまだ)亜門(あもん)

「その——」


 その男は一体。レイラはそう尋ねようとしたが、真也にとってどのような人物なのかは、彼の顔が物語っていた。

 眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔。天田亜門とは、真也が己の口から名前を出す事すら苦しく、憤る。そのような存在なのだ。


「見間違いはない。あいつの顔を、忘れたことなんてない」


 真也はレイラに話すというよりは、自分自身に言い聞かせるように、ブツブツと呟く。


「伊織がいたんだ、可能性はあった。でも。まさか……分かってる。前の世界と、今の世界は違う。分かってる……」


 レイラは、感情に飲まれようとしている真也の肩にそっと手を添える。


「大丈夫。真也、大丈夫。私、ここに、いる」


 レイラは口下手である。なんと言えばいいかわからなかったが、それでもレイラの言葉に、再度真也は落ち着きを取り戻した。


「天田、亜門。その男は、どんな、男?」

「あいつは……」


 レイラの青い瞳を見つめ返し、真也は拒絶から空気を受け付けない肺を必死に広げて息を吸い、彼女へ伝える。


「俺のいた世界のあいつは、強盗殺人犯だった。天田亜門は——俺の世界の俺の両親と、まひるを殺した男だ」


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