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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第4章 夏休み編 無名と著名と、夢の国と希望の国
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213 東門、瞬く間の戦闘後に


『作戦第一段階の終了予定時間よ。各地域報告を』


 真也の耳に、通信を介してアリスの声が届く。

 アルファ小隊で定めた作戦第一段階の、東門周辺の施設確保の作戦時間終了と全く同時の通信だった。


「東門前、制圧完了済です。前倒しで一般人の保護、拘束を進めてます」

『そう。こちらも完了してるわ』

『こ、こここちらも戦闘は終わりましたぁ』


 東門も他の門と同じように、東門の前に人々が住むテントがあり、少し南側に『家畜小屋』が、そして北側に『廃棄場』があった。

 アルファ小隊は、真也が『東門前テント群』を、美咲が『家畜小屋』を、そしてアリスが『廃棄場』をそれぞれ制圧する作戦を用いた。


 三カ所同時強襲。

 相手に連携する時間を与えることなく、最短で解放するこの作戦は本来困難な方法ではあるが、アルファ小隊には一人で一国とすら張り合えるようなハイエンド異能者が三人おり、その利を生かさない手は無いとアリスは判断した。


 さらに鈴玉とエリノアによって敵戦力の把握が可能であった彼らにとって、ハイエンドである自分一人で一エリアを解放すると言うのは、このあと希望の国中央に鎮座する城を攻める前に欠員を出さないメリットを得られ、かつデメリットはほぼないようなものだった。


「他の方角の門はどうでしょうか? 問題なさそうですか?」


 真也は気になったことを投げかけた。それに対し、ほんの少し間が空いてアリスが返答する。


『あのね……。まだ何の報告も来てないわよ。私たちの制圧の作戦時間、300秒。普通その時間で落とせるわけないでしょ。戦闘が始まった直後くらいよ』

「で、ですよね!」

『まあでも……心配性なあなたのために教えてあげるけど、今の所どこからも緊急信号は来てないわ。西側の本拠地からも、『i』からもね』

「そうですか……よかった」

『なにかあったらすぐに教えてあげるわ』

「ありがとうございます」

『その代わり! 勝手な行動は無しよ。もしも他の地域が危険でも、私の指示に従いなさい』

「は、はい。了解です」

『あ、あのぉ……えっとぉ……』


 真也とアリスが話していると、申し訳なさそうな声色で美咲が通信に割り込んできた。


『どうしたの? ミサキ』

『戦闘は終わったんですけどぉ……人がいっぱい捕まってますぅ。もうしばらく合流に時間がかかりそうですぅ』


 戦闘が終わったという美咲から続いて出た言葉に、アリスが反応する。 


『了解、追加人員は必要?』

『い、いえ。大丈夫ですぅ。鈴玉さんも、エリノアさんもいますしぃ……そ、それに、拘束用の機械を作るのでぇ……』

『そう。こちらには生存者なし。アラスカ支部の二人と一緒に私も東門前に合流するわ』

「了解」

『りょりょ、了解ですぅ』

『ミサキは焦らずに作戦通りに進めてちょうだい』

『はいぃ。作戦だ、第二段階が始まるまるまでに合流できるかと、お、思いますぅ』

『……焦らずにね』

『はいぃ…』

『では、通信終了』


 舌足らずな美咲の言葉に、アリスは再度念押しして通信を終える。


「はじまるまるまで……まるまる……」

「真也」

「おゥっ!?」


 真也が語呂の良い美咲の言葉をなんとなく復唱していると、背後から声がかけられる。


 驚いて振り向くと、そこに立っていたのはレイラだった。

 暖かそうなファー付きの上着をオーバードスーツの上から羽織り、汚れで少しくすんだ金髪をお団子にしたレイラの両手には、湯気を上げる鉄製のカップが二つ握られていた。


「真也、コーヒー」


 レイラは片方のカップを真也へと差し出す。

 カップを受け取った真也の掌に温かさが伝わり、コーヒーの良い匂いが鼻腔をくすぐる。


「あ、ありがとう」


 真也が礼を述べると、レイラは少し微笑み、真也の隣へと腰を下ろした。

 ずず、とコーヒーを啜る音が二つ鳴った後、真也が口を開く。


「レイラ、作業の進捗はどう?」

「ほぼ、終了した」

「そっか。休ませてもらってごめんね」

「いい。……戦闘後は、休息、必要」


 真也は戦闘終了後、『国民』たちの拘束任務を手伝おうとしたがレイラに止められていた。

 彼は「自分も手伝う」と申告したのだが、他の隊員たちも「自分たちは戦っていないから」とレイラの言葉を援護し、真也は手持ち無沙汰に東門前で他の場所を担当するアリスや美咲からの通信を待っていたのだ。


「少しは、落ち着いた?」

「うん」

「……そう。よかった」


 レイラは安堵から微笑む。

 彼女の目に、真也の成長は著しいものがあった。

 九重流の武術の稽古もそうだが、世界同時バン後の治安活動でも、ここアラスカでも、急激な成長を続けている。


 戦闘時の判断、戦略的判断。異能の使い方、武装の扱い。

 異能の強力さは別としても、彼個人の戦い方ですら、時折レイラも目を見張るものがあった。


 レイラは真也の背中をぽんぽん、と叩き、彼女ができうる限り優しく声をかける。


「ゆっくり、休んで」

「う、うん」


 真也は、レイラに背中に触れられて内心ドギマギとしていた。

 オーバードとして日々訓練し、現場では異能の杭を振るっているとは思えない少女らしい柔らかな手のひらの感触は、オーバードスーツ越しですら真也の心を鷲掴みにする。


 変な顔になっていないかと心配をする真也をよそに、レイラは全く別のことを考えていた。


(強く、なってる……)


 真也と同じように、レイラも手のひらに彼の背中を感じていた。

 初めて会った時よりも筋肉質な背中。オーバードに筋肉は不要であるが、それでも毎日の鍛錬によって彼の体は『戦士』のものへと変わっていた。


 目を見張るような成長。それは、レイラにとって苦悩の種にしか思えなかった。


 彼を支える力。それは同時に『恐ろしい』ものだ。真也の心を壊してしまいかねない。

 美咲や伊織は、真也の精神的な成長の促進が必要であると言っていた。

 しかし、レイラは知っている。他の人と違い、実感としてわかる。


 彼は元々、殻獣も異能者もいない平和な世界で生きてきたのだ。

 それだけではない。人を喰らう化物の居ない死が遠い世界で、『不条理な死』を浴びせられて、一人で生きてきたのだ。


 そんな彼が大量の死や命のやり取りを続けるなど、良いはずがない。

 優しい彼の素質は、戦士ではない。なのに、このままでは戦士から『戻れなく』なってしまう。


 昨夜、情報共有の場でユーリイに秘密裏に渡された紙片。書かれていた『あいつは、君が殺せ』という言葉。

 その言葉を心の中で反芻し、決意を改める。


「私が、頑張るから。大丈夫」


 レイラはそう言葉を結び、真也の背中をもう一度撫でる。


「レイラ?」


 一方で真也は、彼女の様子に疑問を返す。

 彼女との付き合いが長くなり、一見無表情で平坦な喋り方に思える彼女の言葉の裏にある、『何か』を感じ取った。


 それがどういった感情なのかまでは分からなかったが、このままではよくない気がした。


「レイラ、あの——」

「二人ともいいか、一般人の拘束を完了した」


 真也の言葉を遮る声がかけられる。

 声の主は、中国支部の隊員、孫飛龍(ソンフェイロン)だった。


 切長の瞳にどのような感情を浮かべているのか分からなかったが、飛龍は敬礼をしたままじっとしている。

 レイラに背中をさすられているのが気恥ずかしくなった真也は、慌てて立ち上がった。


「りょ、了解です。(ソン)さん、ありがとうございます」


 真也が敬礼を返すと飛龍は腕を下ろす。

 その後ろから、緑の少女がひょこっと飛び出してきた。


「わたしもてつだったよー! ほめてー!」


 背中から生えている節足をわきわきと動かしながら満面の笑みで真也に抱きついてくるクーを受け止め、真也は飛龍の方を見た。


「え? クーも作業を?」

「どうしても手伝う、の一点張りで」


 ため息混じりの飛龍の言葉をレイラが引き継ぐ。


「私は、参加に賛成、した」

「え?」


 真也の覚えている限り、レイラはクーのことを危険視しているように思えた。

 そんなクーを、『国民』たち……つまりは一般人の、しかも人型殻獣たちに虐げられていた人たちの前に晒すことに賛同したというのは、真也にとって意外なことだった。


「レイラ、賛成したの?」


 真也の言葉にレイラは頷くと、飛龍へと声をかける。


「首尾は?」

「レオノワ上等兵の予想通り。彼女の存在は人型殻獣が一枚岩ではないと誤認させるに十分だった。

 『国民』たちも最初は混乱したが、人型殻獣が『こちら側についている』ことで、捕らえられていた人間たちも多少落ち着いたようだ」

「そうですか……そんな効果が」


 『国民』たちを落ち着けるために、クーを矢面へ立たせる。

 真也にとっては想定外の方法だったが、レイラのような『現場慣れ』をしている人間の大胆な作戦に真也は唸った。


「利用、できるなら……すべて、使う」

「レイラ、流石だね」

「……それほどでも、ない」


 真也から裏のない笑顔をうけ、レイラは少し微笑む。


 今回、飛龍が伝えてきた『結果』は、レイラの中ではかなり上出来のものだった。

 しかし、確信があったわけではない。他の可能性も十分に考えられた。


 一つ目は、国民たちが怯えるパターン。しかしこれは同時にこちらの作業が『やりやすくなる』。

 彼らは人型殻獣に『飼われた』経験がある。歯向かうという線は薄いだろう。


 二つ目が、歯向かうという判断をした場合だ。

 この時、クーは抵抗しないだろう。『そういう風』にレイラが言いくるめた。

 そうなれば、結果、国民たちは『人型殻獣に勝利した』という高揚感を得て、『人類側』に戻ってくる。


 最終的には三つ目の、『人型殻獣たちの離反』による精神安定を獲得できたが、どうなろうと、『人間たち』には損のない結果が得られるとしての判断だった。


 レイラを褒め称える真也に、クーが頬を膨らませる。


「しんやー! くーをほめてー! ほーめーてー!」


 真也は駄々をこねるクーの、緑の髪の毛を撫でる。


「……ありがとうな、クー」

「えへへ〜」


 クーはにへらと笑いながら頭を真也の胸板に顔を擦り付け、自分の腕と節足、その両方で真也をぎゅっと抱きしめかえす。

 わきわきとした動きに飛龍がひっそりと眉を(ひそ)めていると、東門前テント群解放を担当していた最後の隊員が戻ってきた。


「先輩!」

「友枝!」


 走ってくる透に、真也は笑顔を返す。

 透が合流すると、最初に口を開いたのは飛龍だった。


「友枝特連一等兵、彼らの様子は?」

「ええ。擦り傷や軽度の栄養失調が見られる人もいたっスけど、急ぎで治療する必要はなさそうっス。

 何人かは回収後に点滴をしたほうが良さそうっスけど」

「分かった。後でオルコット隊長にも報告してくれ」

「はいっス」


 彼は簡易的な医療鑑別を行い、捕縛した『国民』たちの体調をチェックしていた。


(やっぱり、友枝すごいよなぁ……)


 真也が彼の才能に舌を巻いていると、透は視線を感じて真也へと視線をやる。

 視線があった透は笑顔を浮かべ、頭を掻いた。


「俺また出番なしだったっス」


 透の言葉は以前にもあったものだったが、以前と違う表情の彼に、真也は笑顔を返す。


「そうだな。頼まれたから頑張ったよ」

「はいっス」


 順調な作戦進捗に全員が安堵する中、レイラが呟く。


「あれは。……なぜ?」

「え?」


 レイラは、じっと東門の奥を見ていた。

 全員がつられて目線をやると、一人の男がこちらへと向かってきているところだった。


 茶色のローブ……というより、ボロ布を頭から被った人間は、ゆっくりと、しかし確実にこちらへと歩いてくる。

 少しだけ露出している肌は、人間のもの。

 目深に被ったローブのせいで顔は見えず、暗闇の奥でどのような表情を浮かべているのかは窺えない。


 歩いてくる人間に対し、レイラは『なぜ』と呟いた。


「なぜ向こうから」


 飛龍もが無意識に呟く。その言葉は全員の頭に浮かんだものだった。


 『国民』たち誰一人として踏み入れることのなかった『希望の国』の中からの来訪者。

 恐ろしい、人型殻獣たちの『居城』。そこから歩いてくる、顔をローブで隠した人間。


「……全員、戦闘態勢を取りましょう」


 真也は視線を外さず、皆へ声をかけた。

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