021 選択
「間宮さん、元の世界に帰りたいですか?」
その言葉に、真也の心臓は大きく跳ねた。
津野崎は、ここまでそういった話題を一切話してこなかった。
真也はまひるのこともあり、完全にその選択肢が頭から抜け落ちていた事に気づく。
真也は即答せずに思考を巡らせようとしたが、やはり、少女の鈍い光を湛えた瞳が頭から離れなかった。
こちらの世界へ来て直ぐは、殻獣に対する恐ろしさから早く帰りたかった。
しかし今となっては、せめて、まひるの容態が落ち着くまでは、真也は自分の世界への帰還する気は全く無かったし、元の世界に帰る必要も、あまり感じられなかった。
「その…向こうの世界に肉親もいませんし、別段帰りたいというわけでも無いですかね…。それよりも…」
「間宮まひるさんですか?」
「はい。彼女を放ってはおけないです」
「では、引き続きこちらで生活される、と」
津野崎のその質問に、真也は1つ息を吸う。
「はい。その方向で考えています」
真也は、それを声に出すことで腹をくくった。
一方の津野崎は、心の中でホッと息をついた。
津野崎にとっては、この短い回答こそ、真也から引き出したかった言葉であり、上手くいったと胸をなでおろす。
津野崎は、これ以上この会話を引き伸ばさないために次の話題へと進めることにした。
「では…学校…高校はどうされます?」
「あ…」
完全に失念していた、という顔の真也に津野崎が畳み掛ける。
「よろしければ、異能者士官高校へ入るというのが一般的かと」
「異能者士官高校?」
それは真也が初めて聞く単語であった。
言葉の並びから、異能者…オーバードが通う学校であることは推測できる。
「はい。一定以上の強度を持つオーバードは、そのまま国際異能者防疫連盟に入る事が推奨されてます。短めに異能者連盟と呼ばれることが多いですネ。
この連盟は、国疫軍の母体ですネ。ですから、ほぼ国疫軍に入ることを推奨、って感じです、ハイ。
その前段階として、各国各地に、士官中学と士官高校があります。ちょこちょこと軍務をしながら勉強をして、そのまま軍へ進むコースですネ。入学資格のある強度のオーバードにとって、割とメジャーな進学先です。
レオノワさんや、間宮まひるさんも士官中学に通われてますよ。アナザー間宮さんもそうでしたし」
殻獣と戦う進路が、割とメジャー。真也はやはりここは自分の生きてきた世界とは違うのだな、と実感する。
「間宮さんは最近覚醒されましたが、本来はみな、12歳で覚醒検査を受けます。
そこからオーバードと一般人は違う道へ進むわけですネ。もちろん、オーバードであっても一般校へ進むこともできます、ハイ。
検査は拒否できますが、その分税金が結構高くなりますんで、ほぼ全ての方は検査を受けてますネ。
ですから、間宮さんみたいに15歳で不意覚醒っていうのは、わりと珍しいんですよ」
「不意覚醒…言葉からして、検査じゃない方法で覚醒した、って事ですよね」
その言葉に、津野崎は頷く。
「その通りです。通例なら、異能把握と初期講習が終わるまで軍の監視下に入るんですが…まあ、間宮さんの場合は特殊なので、我々が担当させてもらいました、ハイ」
真也は、本来なら軍の監視下に入る、という言葉から、レイラが大量に連れていた少年少女たちを思い出した。
あの子たちはおそらく、12歳で受けるという異能検査前にバンで覚醒した子供達なのだろう。
津野崎は、話を学校の話題へと戻す。
「ああそうだ、ちなみに、この異能者士官学校の大きな特色として、給与があります」
給与。その言葉に真也は驚く。
「え、学生なのにですか?」
「ええ。まあ、異能の強度や軍務実績に応じて変わりますんで、大体の学生は学費と相殺か、少し足りないくらいの給与高になるみたいですけどネ。まあ、学費が浮く、というのはどの家庭においてありがたいことです。
先日の大規模バンのようなことがなければ、危険も少ない軍務ばかりですし」
「でも、中学や高校から、殻獣と戦わされてるなんて…」
正しいのか、という真也の目線に、津野崎は視線を外し、耳が痛いと言わんばかりに肩を竦める。
「…まあ、それくらい、戦えるオーバードというのは少ないんです」
その仕草と言葉に、真也はそれ以上言葉を続けられなかった。大人も…津野崎もそれを正しいと言い切れないが、そうするしかないほど、オーバードは不足しているらしい。
「ちなみに、ここからはお願いというか…」
津野崎は申し訳なさそうに視線をあげながら、言葉を続ける。
「間宮さんの進学先…新東都にある連盟直系の異能者士官高校、東雲学園ですと、私から推薦状をお出しできるんですよ。
戦うことに関して強制できません。ですが、前にもお伝えしましたが、ハイエンドのオーバードは世界に13人しかいないんですよネ。
ですから人類にとって、とても貴重で、重要な存在なんです。
なので、士官高校に進学いただけたらなと、ハイ」
先ほどの津野崎の様子から、真也は断りづらい空気を感じていた。
迷っているような真也の態度に、津野崎は言葉を重ねる。
「推薦入学であれば、いまから受験に向けて勉強する手間も省けますし」
受験が無い。それは真也にとってありがたい言葉であった。
「その、さらにそこで来年新設する、特別部隊で軍務活動をしてただけたら、助かるんですよネ。国際的立場や、人類の発展的に」
特別部隊、国際的立場、人類の発展。いきなりそんな言葉が出てきて真也は驚く。
「なんか、話が大きくありませんか?」
「いえ、そんなことないですよ。実際、オーバードの異能や殻獣からもたらされたテクノロジーは非常に多いです。その発展のためには、安定して強大な殻獣を相手にできるオーバードは必須なんですよ。
間宮さんが連盟に所属しないとなると、割と国際的に責められる可能性も…なくはないです、ハイ。
それくらい、間宮さんの今後は社会に反響をもたらします、実は」
真也は事の大きさに、現実味を失った。
自分の異能がそこまで強大であるとは思えなかったからだ。
「それは…過大評価では…」
「……そんなこと無いんですがネ…間宮さん、ご自身の強さを実感されてないんですかネ…最低でも世界13位ですよ?」
「すいません、あまり実感がなくて…」
そう言われればそうだったと真也は思い出した。なんなら、彼はシンヤの異能台帳の上では…書類上では最強のオーバードである。
「あぁ、あと、実は東雲学園には、レオノワさんも入学、特別部隊に入隊予定です。ご一緒の方が色々安心じゃないですか?」
「レイラと一緒なんですか」
レイラと同じ学校であることに肯定的な反応した真也に、さらに津野崎は畳み掛ける。
「さらに、日本有数の異能者士官学校である東雲学園は、給与も相当良いです。
特待生扱いになれば給与は丸ごと貰えますし、先ほどお伝えした特別部隊で活動いただければ、そちらの収入も別個で入ります。
日々の生活は大分楽になるかと思いますよ、ハイ」
「なるほど…」
「さらにさらに、なんと私が学園の異能顧問ですので、学校でも私と会えますネ、へへ」
「………」
急な無言だった。津野崎は、思っていたより自分が嫌われているのかと少し傷つく。
「なんですかこの…この、間は」
目を細め、黙り込む真也に、津野崎は言葉を投げかける。
「…いえ、推薦状を書ける、という言葉の意味がわかったので」
その言葉に、津野崎は腕をぶんぶんと振り、弁解する。
「いえ、裏口とかではないですよ、ハイ!
ちゃんと一般常識とか異能内容とか学力とか審査されますから。まあ、その異能内容審査に対する推薦状ですので」
「はぁ…そうですか」
実際のところ、裏口入学といわれても仕方のないレベルの推薦をするつもりであった津野崎は、心の中で冷や汗をかく。
しかし、真也のようなオーバード…戦闘特化で、かつハイエンドであればどの士官高校も喉から手が出るほどの逸材である。国外からすら平然とオファーが来るだろう。
それを逃すのは、自由な権力をある程度持つ津野崎が、手酷く叱責を受けるレベルである。
津野崎は表情を固め、真也に最も利点のあるであろう話を出した。
「それに真面目な話、ここであれば間宮さんの境遇について融通が利きます」
「…!」
「アナザー間宮さんの偽装異能台帳…あれは各国への共有用でして。
国疫軍の母体、国際異能者防疫連盟の方には本物を送ってあります。
つまりは、士官高校ですと間宮さんの事情をある程度明かせるんです。
さらに連盟との繋がりの強い東雲ですと、より職員たちに間宮さんの境遇について共有しやすいんです。私もいますしネ!」
ネ! と言いながら親指をグッと立て、アピールする津野崎。
真也は、ここまで聞いた内容から、東雲学園へと進むのが最善だろうと思った。
なにより、ここまでお世話になった津野崎からの提案である。
「なるほど…たしかにそれは、ありがたいです」
どうやら、真也の内心は東雲学園への進学で定まったようだと津野崎はホッと胸をなで下ろす。
1つだけ伝えていないことがあるが、それは「知らなかった」で通すことにし、津野崎は話を総括する。
「結局、間宮さんの境遇について融通が利き、収入と学業が両立できる士官高校。
さらには、間宮さんの知り合いが多く、かつアナザー間宮さんの知り合いが少ないであろう東雲学園は、相当オススメできるかと」
津野崎は、じっと真也の目を見つめ、返答を待つ。
真也はその目を見返すと、右手を津野崎へと差し出す。
「…分かりました。良かったら、推薦状、お願いしていいですか?」
津野崎は満面の笑みで真也の手を掴むと、握手を交わした。
「直ぐに書かせていただきます、ハイ」
嬉しそうな津野崎に、真也は顔を崩す。
津野崎の個人的要求が強い気もしたが、自分がこの世界で生きていくための下地を作ってくれていた事は、真也にとって嬉しかった。
この決定は、お互いにとってなんの問題もない結果となった。
津野崎が真也に伝えていない内容である、東雲学園の中等部の生徒名簿と新設部隊の予定隊員名簿に、『間宮まひる』の名前があること以外は。