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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第4章 夏休み編 無名と著名と、夢の国と希望の国
201/218

198 ヒーロー


「俺は、治してれば……いいってことっスか」


 静かな天幕の中の透の呟きは、彼の暗い感情をはっきりと周囲に伝える。


「トモエダ?」


 透の呟きに、アリスは無意識のうちに言葉を返していた。

 アリスに指摘され、また、彼女の横に立つ真也が絶句していることに気がつき、透は顔を青くする。


「あっ、えっと……な、なんでもないっス!

 あ、あの、俺、疲れてて……。すんません、忘れて欲しいっス! こんな、いや、こんなこと言うつもりは……」


 しどろもどろに弁明する透に対し、アリスはもう一度声をあげる。


「トモエダ。あなたは、どうしたいの?」

「え?」

「あなたの持つ『治癒系異能』は強力よ。つい今しがたも、一瞬で足を治して……というより、生やしてたじゃない。 

 そんな力を持っていて、あなたはこれ以上、何をしたいの?」

「何を、って……」


 アリスの淡々とした言葉に、透は視線を下げる。

 今自分が言ったことは、とても驕りのある言葉だった。隊長に叱責されても仕方がない。


 項垂れ、なんと言葉を紡ごうかと考える透の前に、人影が歩み出てくる。


 膝を曲げ、座る透と視線を合わせ、落ち着けるような声を、真也は発した。


「友枝。よかったら……教えてくれ。友枝が、どう思ってるのか」


 怒っているわけではなく、かと言って自分を子供扱いしているわけでもない。

 真也のまっすぐな言葉に、透は一度アリスをチラリと窺ってから、ゆっくりと話し始めた。


「……戦いたい、っス。俺も、戦場でみんなを守りたいっス。殻獣を倒したいっス」


 その『想い』は、もう、自分の中にしまいこむことが難しかった。


 アンノウンとして選抜され、各国の一流訓練兵と交流を持ち、華やかな彼らを見て。

 治癒をするたびに『まだ戦える』と、人類を守ることに熱意を燃やす彼らを見て。


「俺、小学校の頃は異能検査で強い異能を得る夢ばっかみてました。

 ハイエンドの『始祖(ファウンダー)』とか、『赤信号(レッドランプ)』みたいな。『おもちゃ箱(トイボックス)』先輩とか、『道化師(クラウン)』隊長みたいな異能に、憧れてました。テレビで、ずっと見てて」


 そして、『想い』がより強くなった始まりは、目の前の先輩だった。


「もちろん、間宮先輩も。かっこいいって、思うっス。ウィズリーキャッスルの映像、何回も見ました」

「……ありがとう」


 急にかっこいいと言われた真也は、その透の言葉を茶化すことなく、恥ずかしがることもなく、まっすぐに受け止めた。


「やっぱかっこいいじゃないっスか。バンバン倒して、異能をうまく使って。

 ……でも、俺が得たのは『四つ葉』。治癒っス。全然、戦えない……後方支援の異能っス」


 透は、「まあ、覚醒しない確率の方が、遥かに高いんスけどね」と、顔を歪めながら付け足した。


 アリスは彼の吐露をじっと聞いていたが、尻尾をゆらりと揺らしてつぶやく。


「トモエダは、ヒーローになりたいのね」

「えっ!?」


 ヒーロー。その言葉は、あまりにも『シンプル』だった。


「違うの? ハイエンドに憧れる、ってことは、そういうことなんじゃないの?」

「そ、そうっスけど、いや、でもそうじゃないというか……」


 透は、目の前の真也を再度視界に収める。

 『ヒーロー』。その言葉は安っぽいとすら思えるほど単純で、自分の悩みの原因だと咄嗟に認めることができなかった。


 しかし、その言葉は単純が故に、自分の想いを、端的に表現しきっていた。


「いや……そうっス。みんなを守れる『ヒーロー』になりたかったっス」


 言葉に出すと、その指摘は全くもって正確なものだった。自分の悩みが、まるで子供じみたものに思え、透は口をつぐみ、肩を下げる。

 そんな透とは対照的に、アリスは再度、口を開いた。


「そう。なら、今、そうよ。あなたはヒーローだわ」

「え?」


 憧れの『道化師(クラウン)』から、さも当たり前のことかのように出てきた言葉に、透は目を丸くする。


 アリスは混乱する透にそれ以上言葉をかけることなく、くるりと入口へと振り返った。


「あとは、貴方がなんとかしなさい。私は行くわ。後からゆっくり本部天幕まできなさい」


 アリスは「私、こういうの苦手なの」と言い残し、去っていった。


 たった二人になった天幕に、暫し沈黙が流れる。


「友枝」


 真也はゆっくりと透の隣の椅子に腰掛けると、観念したように大きく息を吐き出した。


「ごめん、俺、また、やっちゃったみたいだ。友枝は悩んでたんだな」

「いや、そんな……」

「でもさ、俺、友枝に頼むしかなかったんだ」

「……そっスか」


 また少し、沈黙が天幕に満ち、真也は決意したかのように椅子に座り直して透に向き合う。


「友枝。実は俺、お前の異能が欲しいと思ってたんだよ」

「……えっ!? や、やめてください! 取らないで欲しいっス!」

「いや、取らないよ! っていうか取れないし!」


 真也は弁明するように大袈裟に手を振り、脱力して笑う。


「俺は、みんなを守りたい。だから、この異能を得たことは、すごく嬉しいんだ」

「そ、っスか……」

「ぶっちゃけさ、オルコット准尉よりも、喜多見さんの異能よりもさ、俺の異能の方が『いい』って思ってる」


 真也は悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、「内緒な?」と人差し指を口元に当てる。

 急に異能自慢をされた透は彼の真意が分からずに首を傾げ、真也は微笑みを緩めて言葉を続けた。


「……でも、俺、友枝の異能は、とても羨ましい。友枝の異能の方が、『いいなー』って思う」

「間宮先輩のより、っスか……?」

「もちろん。できるなら交換したいくらいだ」


 世界中の人間が求めてやまないハイエンドの戦闘異能よりも、戦えもしない治癒異能の方がいい。その言葉は、透にとって意外だった。


「俺は、俺の手の届く範囲を、守りたい。今の異能はその広さを、驚くほど広げてくれた。でも……ここ数週間で、痛感したんだ。日本を回って、いろんな現場で。ここでもさ。傷ついてしまった人を見て。

 俺は、彼らを守れなかった。守れなかった後、足を失った後、俺は、彼らに『ごめん』しか言えない」


 震える声に、透はこっそりと真也の顔を覗き込む。その顔は、悲壮なものだった。


「どんなに広くたって、無意味だ。俺の力なんて、そんなもんさ」

「でも! それは……守って、戦ってるのは、先輩自身じゃないスか!

 俺が治せるのは、治癒異能だからってだけっス。 全然違うっスよ! 先輩は、先輩は……」


 力なく項垂れる『ハイエンド』に……『ヒーロー』の姿に、透はなんというべきか分からず、思ったことを口から放り出す。

 その言葉尻はどうしていいのか分からないまま空中に吸い込まれていったが、その想いは真也にしっかりと伝わった。


「……ありがとな、友枝」


 真也は勝手に一人で落ち込んだことを恥じて頭を掻きながら、再度透と向き合う。


「でもな、癒せるのは、『友枝の』異能だからだよ。異能自体に、意味なんかない」


「俺の異能は、やろうと思えばみんなを傷つけられる。3分あれば、この基地を壊滅させられるかもしれない。でも、俺は絶対そんなことしない。

 傷を治せるのは、治癒異能の力だけじゃない。治してるのは、治したい、って思ってる友枝自身だよ」


 真也は自分の胸に左手を当て、右手を透の肩へと乗せる。


「友枝は、友枝がやれることで、ヒーローになれてるんだ。俺は絶対なれない、傷ついてしまった人たちのヒーローだよ」

「俺が……っスか……」

「ああ。俺には、俺にできることがある。友枝には、友枝にしかできないことがある。誰かを救うために、誰かのために全力を尽くしてる。

 それは、何においても紛れもなく同じで……それが、ヒーローなんだ。それが全部だよ」


 戦うだけが、守るだけが全てではない。

 透は、真也に出来ないことができて、真也とは違う『ヒーロー』で、真也の羨む『ヒーロー』だった。


「それに……『四つ葉』の異能は、癒すだけかもしれない。でも、友枝は、なんだってできるさ」

「え……?」

「ああ。『四つ葉の異能』は友枝のだけど、友枝は『四つ葉の異能』だけじゃない」


 透に微笑むと、真也は勢いをつけて椅子から立ち上がる。


「……さ、行こうか」

「え?」

「ミーティング。みんな待ってるよ」

「は、はいっス!」


 真也は先に歩き出すが、ふと立ち止まると振り返る。


「そういや、俺……友枝の異能を欲しいとか言ったけど……あれ、やっぱ取り消すわ」

「え?」

「……さっきの、片足がない人を見てさ。気を失うかと思ったんだよ。その……グロくて。

 交換しても……俺が友枝の異能を持っても、多分無理だ。できない。痛々しくて、怖いもん。だから、友枝……」


 真也は一瞬だけ迷ったように視線を落とし、彼の良く浮かべるバツが悪そうな笑顔で、透へと手を伸ばした。


「悪いけど、これからも頼むな」

「はいっス。……代わりに、先輩も、頼むっス」

「任せろ!」


 透は笑顔の真也の手を取って、大きく踏み出すように椅子から立ち上がった。


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