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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第4章 夏休み編 無名と著名と、夢の国と希望の国
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192 波乱の幕開け


 中隊ごとに分けられた学生達はアンノウンとしての訓練を積み、隊としての連携訓練を経て、とうとう彼らはアラスカの地に降り立つことになる。


 作戦の流れは、大きく3つの段階を経て行われることとなった。


 第一段階は先遣隊として第二、第三中隊が『i』から出撃し、周囲の安全を確保。その後、第四中隊が上陸し、作戦期間中の拠点設営。


 第二段階は、作戦期間中の拠点を利用して第三、第四中隊が撤退地点を確保し、その間に第二中隊が『希望の国』へと参加している者達の確保と、人型殻獣の撃破。

 その作戦の裏で、第一中隊は、首謀者たちの確保と希望の国中央の敵拠点の無力化、そして、『殻獣を操る特殊能力』を持つ個体の撃破を遂行する。


 それら全てを終わらせたのちの撤退が、第三段階である。




 『i』からの出撃は、積載されていたヘリ、もしくは飛行能力を有する異能を用いて迅速に行われた。


 第二、第三中隊の出撃、そして第四中隊の上陸はつつがなく完了し、日が上り出す頃には、拠点はその完成像をうかがわせるほどには完成し始めていた。


「……思ったよりも楽だな」

「まあ、A指定群体営巣地かつ、敵本拠地という割にはなー」


 第四中隊に配属されたアメリカ支部の特別部隊、『解放の使者(リバティーブリンガー)』の隊長ジム・マッカリースと、隊員のデイブ・エンフィールドは拠点から少し離れた森の中を歩いていた。


 ツーマンセルで武装を抜き放ち、周囲を警戒しながらではあるものの、その武装は上陸してから未だ使われたことはない。


「馬鹿みたいに高かった秘匿性が役に立ったってことか」


 ジムはそう呟きながら、手持ち無沙汰に通信用のタブレットを確認する。


 第四中隊の中での『解放の使者』の作戦内容は、野営地の設営中の安全確保のための偵察。

 第一以外の中隊の小隊分けは支部ごととなっており、彼らはツーマンセルに分かれて、周囲を警戒、殻獣との戦闘が報告され次第、拠点で待機するスペイン支部の『グラナダの牙コルミリオス・デ・グラナダ』に連絡を取り、迅速に撃破するという作戦だった。


 拠点の安全確保のための威力偵察を任された彼らは、自分たちの隊は、第四中隊のどの隊よりも激務が予想されると思っていた。


 しかし、彼らの元まで殻獣がやってくることもなく、通信中継機設営後、時折報告されるのは、先行上陸した第二、第三中隊の殻獣撃破報告のみ。


 その数も、だいぶ少ないものだった。


「もうそろそろ、第一中隊も『i』から出てくるだろう」

「あの……ハイエンド部隊? ハイエンドが複数いるんだから、いの一番に上陸してくれてもいいのによぉ」


 デイブは口を窄めながら、第一中隊に対して苦言をこぼす。


 現段階でアラスカに上陸しているのは、先遣隊の第二、第三中隊、そして拠点設営の第四中隊のみ。

 最高戦力を所持する第一中隊は最も危険な『上陸作戦』に参加しておらず、彼らの出撃は全ての準備が整ってからと定められていた。


 不服そうなデイブを窘めるように、ジムは彼の肩に手を置く。


「まあ、敵に『目』の異能を持った殻獣がいるかもしれないからな。仕方ないだろ」

「『特殊能力』、な」


 デイブは、苦い顔のまま、同じく『不服そうに』ジムに注意した。

 ジムは、デイブの肩に置いた手を翻して『降参』のポーズを作る。


「ああ、そうだったな。『目の異能に似た特殊能力』だな」


 人型殻獣が『意匠に似た何か』を持ち、『異能に似た力』を所持していることは明白であるが、国疫軍は、それを『特殊能力』と呼ぶと定めていた。

 人類を守る『異能』と、人型殻獣が持つ『特殊能力』は、どれだけ似ていようとも別のものである。


 それが、上層部の『決定』だった。


「まあ、『特殊能力』の懸念から『第一』を上陸作戦が成功するまで隠しておきたいってのはわかるが……しかし、ここまで無反応ならばこれ以上温存することもないだろうに……ん?」


 ジムは話しながら、再度タブレット端末に視線を落とすと、首を傾げる。


「どうした?」

「いや、第二中隊からの報告が……共有されていない」

「作戦に遅れか?」

「慣れない土地だから、まあ、仕方ないだろう。焦ることも……」


 ジムはデイブの指摘に苦笑いを浮かべると、空白の作戦報告を更新した。

 同時にジムの手が止まり、彼は目を見開いた。


 急な様子の変化にデイブは嫌な予感と共に口を開く。


「……どうした?」

「第二中隊、『CDL』から緊急信号……」

「フランス支部からか!?」


 フランス支部の特別部隊『CDL』は、希望の国への侵攻ルートの確保のため動いていた。

 少ないながら今作戦で一番多くの殻獣撃破報告を上げていた中隊であり、『A指定群体』をものともしない活躍をあげていた。


 その『CDL』から寄せられた『emergency(緊急信号)』。


 それが意味するところは、彼らの手に負えない……もしくは、その可能性のある殻獣の出現。


 作戦マップを見ていたジムは、声を荒げて前方の森の奥、日の入らぬ薄暗い陰を睨む。


「一番近いのは俺たちだ! 構えろデイブ!」


 ジムの鬼気迫る声と同時に木々ががさりと揺れ、直後、通信機が「ザ、ザ……」と音を鳴らし、続いて女性オペレーターの声が彼らの耳を打つ。


『聞こえますか、『自由の使者(LB)ー1』! その近くに——』


 女性オペレーターの言葉を遮り、ジムは叫ぶ。


「こちらLBー1! 人型殻獣エンゲージ、目視総数4! 戦闘に入る! オーヴァー!」


 彼らの目の前には、数体の人型殻獣。見た目だけなら、10歳にも満たぬ子供。

 しかし、緑色の肌と鈍く光る甲殻、虫特有の翅や節足が、ただの子供ではないことを表していた。


『アハハハハ!』

『ねーねー! あそぼ!』


 ケタケタと笑う人型殻獣達は『遊ぶ』と言い放つが、その体には、赤い血が点々と付いていた。


『あそーぼーよー!』


 無垢な声を上げながら、人型殻獣甲種——少年の姿をした殻獣がジムへと肉薄する。


「くっ!」


 人ならざる速度で迫る子供らしい両手へと、ジムは武装の両手剣を振り下ろす。

 しかし、人型殻獣の腕は断たれることなく、ギィ、と鈍い音をたててその動きを鈍らせるだけだった。


「硬ぇ! っつーか、やりづらい見た目してんなァ、クソが!」


 ノータイムで子供の見た目をした存在へと攻撃を仕掛けたジムは、自分の心の中の人間らしい部分を必死に抑え込みながら体を捌いて右足を振りかぶる。

 追撃の蹴りをあどけない人型殻獣の顔面へと放ち、周囲には小さな子供と青年がぶつかったとは思えない爆音が響いた。


 音に見合う速度で人型殻獣は吹き飛び、木の幹へとその体を打ちつける。


『いたぁーいっ』


 ぱらぱら、と木の表皮が崩れる音と共に殻獣が出したのは、間の抜けた悲鳴だった。

 他の人型殻獣達は、驚いた顔をしながら蹴られた個体へと近づく。


『わぁー! 大丈夫?』

『ねえねえ、もうこいつら『も』殺しちゃおうよー、危ないもん』

『そうしよっかぁ』


 目の前の物騒な井戸端会議に、ジムは表情を歪めながら、それでも慎重に距離を保ったまま、武装をゆっくりと構え直した。


「じじじ、ジム! 上ッ!」


 焦るデイブの声に、反射的にジムは上を見上げる。

 そこには、自分たちの頭上を次々と通過する『影』があった。


「ああ、ああ、ああ! 最悪だ!!」


 自分達の頭上を駆け抜ける、複数の影。たまらずジムは再度通信機を掴み、本部(HQ)へと報告する。


「HQ! 人型殻獣の群れが、今俺たちの頭上を抜けていった!」

『了解! 総数報告願います!』

「今も増えてる! 途切れることなく群れが飛んでやがる! 大量だ! 花潜(はなむぐり)蜻蛉(せいれい)種に三類混合系の大型、翅の生えた人型もいる! 人型も複数だ!」

『ち、遅滞は!? できそうですか!?』


 殻獣の群れが、作戦の進まぬうちに上陸地点へと向かっている。それは、想定できうる最悪のシナリオだった。

 オペレーターの悲痛な叫びに対し、ジムは「ふぅ」とひとつ息をついて、今度は冷静に指示を仰いだ。


「それは……上のか? それとも目の前のか? ……目の前の人型も、最初の4から20ほどに増えたんだが」


 ジムの目線の先の井戸端会議。その会話に参加する『子供達』は、いつのまにかひとクラスほどの数へと増えていたのだ。


『……拠点まで撤退は可能ですか?』

「戻れたらそうする。……背中を見せられるほど、やわな獣じゃない。ちょっとつついて、遅滞しつつ撤退する。オーバー」

『ご武運を。オーバー』


 ブツリと通信が切れ、ジムは苦々しげに左頬を釣り上げた。


「ご武運を、ね。いい言葉だ。……デイブ、やるぞ。一体、一秒でも多く遅滞する」

「ああ。とんだ貧乏くじだな」

「『CDL』に続いて二等賞ってとこか?」

「……いや、くじを引くのが二番目だっただけだろ。どこもかしこも『大当たり』だ」


 デイブの軽口に、ジムは笑いながら端末を投げ捨て、武装の大剣をゆっくりと構える。


 投げ捨てられ、地面に転がったタブレットに表示された地図には、大量の『緊急事態(emergency)』の文字が浮かんでいた。


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