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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第4章 夏休み編 無名と著名と、夢の国と希望の国
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187 食堂にて


 真也がアルファ隊としてブリーフィングを受けたのと同じように、伊織もまた『ブラボー隊』として再編された小隊ブリーフィングを受けていた。


 伊織は同じ隊になったコナーとか言うアラスカ支部の軽薄な男子に声をかけられ、自分は男だと宣言する『いつもの』やり取りを終えて、昼を迎える。




 食堂に入ると、すでに大量の隊員たちで溢れていた。


 多少は時間をずらしているとはいえ、それでも騒がしい食堂に、伊織は少しだけ顔を歪める。


 食堂で潜水艦の中とは思えぬ豊富な料理をほんの少しだけ皿に乗せた伊織は、自慢の耳をぴくりと動かした。


「……あ、いる」


 伊織の耳に、聴き慣れた『衣擦れの音』と『咀嚼音』が飛び込む。


 音が重要な異能を持つ伊織も、これまでは流石に足音と声以外を頭に叩き込んだことはなかった。

 しかし今は、ただ一人、すべての生活音のパターンを覚えている人間がいる。


「よ、間宮」

「伊織か」


 伊織が、さもたまたまですよと言わんばかりに食事に合流した相手は、真也。


 伊織は、異能の耳の可聴範囲ならどのような場所でも彼のことを『聞きつける』ことができる。

 寝息ですら、判別できる自信があった。


 普段聞き耳を立てていることもあるが、様々な方法で『録音』していた結果だった。


「押切、お疲れ」

「レオノワもな」

「ん」


 真也の向かいに座るレイラにも挨拶をすると、伊織は真也の隣へと滑り込むように着席した。


「伊織、またそれだけ?」


 伊織がトレーをテーブルの上に置くと、真也は流れるような動きでサンドイッチしか乗っていない彼のトレーへとクロワッサンを一つ乗せた。


「ほい」

「うぇ……」

「伊織」

「はーい」


 短いやり取りながら、伊織は真也からの「もっと食え」というパン追加を受け入れた。


 最近はこのやり取りが楽しく、伊織はわざと少なめに食事を持ってくるほどだった。


 真也から手渡されたクロワッサンを眺めつつサンドイッチを頬張っていると、隣から大きなため息が聞こえてくる。


「……どしたの? 元気ないけど」


 伊織は、いつもの真也と比べて呼吸が浅い事には気付いていたが、わざわざ彼が『分かりやすい』ヒントを与えるまで待っていた。


「ああ、うん……」


 悩んでいると伊織に見破られた真也は、頭を掻きながら口籠った。

 向かいに座るレイラは食事の手を止めて、真也へと話しかける。


「私も、気に、なってた」

「なんでも相談しろよ。親友だろ?」

「ありがと。うーん、あまり言いふらしていいような気もしないんだけど……」


 レイラと伊織、二人から詰め寄られた真也は、それでも口籠る。


「機密じゃない、なら」

「ああ。変に周りに漏らしたりしないから。

 間宮が良ければ教えてくれよ」


 二人は、真也の力になりたい、と身を乗り出す。

 真也はレイラと伊織を交互に見ると、観念したように周りを何度か窺ってから、口を開いた。




 真也から昨夜の『懇親会』後の騒動を聞き、レイラは静かに眉をしかめ、伊織は眉間に血管を浮かせながら「は?」と呟いた。


「まあ、そんなわけで……俺の異能ってなんなんだろうな、と思ってさ……」


 真也は俯きながら、言葉を括った。

 自身の異能について悩む真也に対し、伊織はピンと耳を伸ばし、小声ながら語気を荒げる。


「いやいやいや、それ以前に!

 あのリス野郎、そんなこと言ったのかよ!」

「え?」


 驚く真也を無視し、伊織は立ち上がって食堂を見回す。


「ボクが話つけてくる」

「ちょっと、伊織!?」

「総司令官の前で、准尉って立場のある人間が、他でも無い間宮のことを悪く言うって許せないだろ!」

「いやでも、俺も自分の異能のこと、よく分かってないし」


 真也は立ち上がる伊織の手を取り、座らせようとする。

 しかし、伊織の苛立ちはその程度では止まらない。


「だからって、『道化師』だって間宮のこと分かってるわけじゃないだろ!?

 なんも知らないくせに! ぜってー許さない!」

「仕方、ない」

「は? 何言ってんだよレオノワ!」


 レイラの『道化師』を擁護するよな言葉に伊織は噛み付く。

 しかし、レイラは真剣な表情だった。


「私、口下手だから、分かる。人は、話さなきゃ、伝わらない。

 知って欲しいこと、話さなきゃ。知りたいこと、聞かなきゃ」


 レイラの経験からでた言葉は、真也の心にストンと落ちるものだった。


 話さなければ、お互いのことは分らない。

 無知ならば、学ばなければならない。


 自分一人で悩んでいても、答えなど、出るはずはないのだ。


 伊織も同様にレイラの言葉に得心したような様子で、二人が自分のことをじっと見つめていることに気づいたレイラは、少し頬を赤らめ、冗談まじりに言葉を続けた。


「分からないと……私でも、真也に、杭、向けたし、ね?」

「たしかに、そうだね。うん。レイラの言う通りだ」

「え、杭を向けた、って……レオノワそんなことしたの?」

「俺が初めてこの世界に来たときだよ」


 真也の補足を受け、レイラは懐かしい記憶を反芻するように微笑んだ。


「そっか……。そうだよね。俺、話してみる」

「うん。一石二鳥」

「……俺、先に戻るよ。二人とも、相談乗ってくれて、ありがとう」

「いい」

「……まあ、気にすんなって」


 真也は急いで立ち上がると、食堂を後にする。

 その場に残ったレイラと伊織は、お互い視線を合わせた。


「……レオノワ、いいこと言うじゃん。『話さなきゃ、分からない』ねぇ」

「そう? 真也が、気になってること、答えた、だけ」

「そっか」


 伊織は笑顔で相槌を打ちながら、心中は歯痒い思いだった。


 レイラは真也の悩みを聞き、汲み取り、アドバイスをした。

 それに比べ、自分は勝手に怒り、真也に窘められただけ。


 自分の浅慮さと短気さに、伊織は二の腕にゆっくり爪を立て、悔しさからレイラに向けていた視線を外す。


(やんなるな……)


 心の中で管を巻く伊織の耳に、呟き声が聞こえた。


「『道化師』には、壁になって、もらわないと」


 急に耳に飛び込んできたレイラの言葉の意味を、伊織は一瞬掴みかねる。

 言葉に感情が『籠もっていなさすぎて』、音の並びのようにしか思えなかった。


「壁、ねぇ」


 他の人間が聞けば、あまりの乱暴な言葉に驚いただろう。

 しかし、こと伊織にとって、それは突飛な言葉でもなかった。


 真也に傷ついて欲しくない。真也が無事でいてくれるなら、伊織だって、なんでも使う。


 最強の盾に守られている彼に対しては不要な考えかもしれないが、それでも、心配なものは心配だ。

 なにせこれから、未知の敵……人型殻獣の巣へと向かうのだから。


 そんな時に真也と違う隊に配属された伊織にとって、レイラの言葉には一点補足すべき場所があった。


 伊織はレイラを赤い瞳で射抜き、口を開く。


「『道化師』が、か。……でも、レオノワ『も』だろ? ボクと違って、同じ『アルファ』なんだから」

「無論」


 レイラは短く答えると、再度食事へと戻った。


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