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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第4章 夏休み編 無名と著名と、夢の国と希望の国
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169 『アンノウン』選抜者たち


 日は変わり、とうとうアンノウンの結成式当日を迎える。

 結成式は、『i』で最も広い発着場で行われることになった。


 それは皆が通ってきたヘリの発着場であり、結成式を前にして続々と特練兵たちが集まってくる。


「ほほー。なかなか粒揃いですねー」


 中国支部のアンノウン部隊、『天地乃剣ティエンディズィジェン』の一員である(リー)鈴玉(リンユー)は、くりくりとした大きな瞳でぞくぞくと集まる各国の『アンノウン』を『視て』いた。


鈴玉(リンユー)、あんまりやりすぎて反感買わないでよ」

「分かってるよー。万姫(ワンヂェン)は心配症だなー」


 鈴玉は、エボルブドスペシャル6の異能者である。フクロウのエボルブドであり、異能の中でもレアな『目』の異能を持っていた。

 フクロウのエボルブドとはいえ、鈴玉の体に羽毛は生えていない。彼女の頭の上でぴよん、と自己主張するミミズクの羽毛のような跳ねた髪の毛も、生まれつきの癖毛だ。


 彼女がエボルブドとして得たのは、『目の良さ』。

 目が良いだけでは何のエボルブドか分からないものの、中国支部では伝統的に視力の進化したエボルブドを『フクロウのエボルブド』と定めていた。


 そして、フクロウのエボルブドとして得た視力を最大限活用できる『目視した相手の異能強度が分かる』という『目』の異能は、戦闘向きでないことを除けば、ほぼ『完璧』な組み合わせと言えた。


「ほほー。あれはー、ロシア支部だねー」

「……なんでわかるの?」

「『見る目』があるからねー! なんちゃって。口の動きがロシア語のそれだからだよー」


 ふふん、と鈴玉は自慢げに笑う。

 彼女は自分の『目の良さ』を最大限活かすために、読唇術と、多種多様な言語を習得していた。


「幾つだ?」


 鈴玉と万姫の会話に割って入ったのは、『天地乃剣』の隊長である、(シュウ)紫釉(シユ)だった。

 落ち着いた雰囲気を持つ彼は、鋭い視線を鈴玉達に投げかける。


 整った紫釉の顔つきは、柔和に微笑めば女性から黄色い声を浴びそうであるが、彼が笑っているところを隊員の誰も見たことはない。

 どこまでも効率を求める彼の言葉に、鈴玉は意地悪層に笑う。


「隊長も好きだねー」

「止めてもどうせ見るんだろう、鈴玉。なら少しでも他国の情報を知っていた方が得だ」

「その性格、嫌いじゃないよー。左からー……10、7、6、9、8、8……あれ?」


 急に言葉を止めた鈴玉に、紫釉が声を上げる。


「どうした?」

「一人、視えないやー……」

「ちょっと、鈴玉、どういうこと?」


 首を傾げる鈴玉は、モヤがかかったようなロシア支部の青年をじっと見つめる。

 すると、青年はキャラメル色の瞳を鈴玉へと返し、口を動かした。


『見えてるぞ』


「ひゃっ!」

「何よ急に!? ……どうしたの?」


 こちらが観察していたことをいとも簡単に見破られた鈴玉は驚いてのけぞり、彼女の急な動きに、万姫もつられて驚いた。

 紫釉と万姫の視線を受け、鈴玉は笑顔を取り繕う。


「えへへー、怒られちゃった。でもあれは多分、『煙』とかかなー。異能強度を隠されちゃったよー」

「異能強度を『隠す』? そんなことできるの?」

「そんな芸当ができるのはー……『映画監督(ムービーメイカー)』?」

「それ日本人でしょ。たぶんアレよ、『花飾り』。ロシア支部にも『煙』の最高位異能者がいるって聞いたことがあるわ」

「ほほー」


 二人の会話を受け、紫釉が呟く。


「そうか、アレがユーリイ・ユマーシェフか」


 ユーリイ・ユスノヴィチ・ユマーシェフ。ロシア支部に切れ者がいるとの噂が紫釉の耳に届いていたが、確かに底の見えない『煙』のような人物だと、紫釉は記憶を更新した。


 紫釉が思案する中、発着場がざわめく。


「お、来たようだな」


 反応した紫釉の視線の先にいたのは、西ヨーロッパ方面軍、イギリス支部のアンノウン小隊。

 『道化師』アリス・オルコット特別訓練准尉が率いる、『クイーンズナイト』の面々だった。


 アリスを筆頭に発着場を進む面々は統率が取れており、発着場で待つ他の特練兵達はその雰囲気に呑まれて道を開ける。


「ほら、ハイエンドよ、鈴玉」

「ほほー? 初めて視るけど、ハイエンドってどんな感じかなー?」


 万姫の言葉に、鈴玉は異能を発現し、再度視る。ユーリイに釘を刺されたところで止めるような繊細さは、彼女は持ち合わせていなかった。


「どうした? 鈴玉。……初めてハイエンドを視た感想はどうだ?」


 一向に感想を口にしない鈴玉に紫釉が振り向くと、鈴玉は少し顔を伏せ、口元を手で覆っていた。


「……きぼちばるい(きもちわるい)


 青白い顔の鈴玉に、万姫が急ぎハンカチを手渡す。


「ちょっと! 吐かないでよ?」

「ごめーん……いやー、アレは凄いよー……。

 底が視えないとかよく聞くけどー、そんな感じじゃない……」


 万姫からハンカチを受け取った鈴玉はアリスから視線を逸らしながら呟く。


「力を、ぶつけられる感じー……ちょっと慣れるまで時間かかりそうー……」

「今後は活動を共にするんだ、早く慣れてくれよ鈴玉」

「ほぅー……」


 顔をくしゃくしゃにしながら、鈴玉は小声で『鳴いた』。




 次々とアンノウンのメンバーが揃う中、異様な格好の一団が発着場に足を踏み入れる。


 全員がボロボロのコートを纏い、鋭い視線で周囲を警戒している。


 列をなしていないものの、まるで一つの生き物のような統一感。

 あり得ない事であるが、もしも戦端が開かれたなら、あっという間にこの場を制圧しそうな、手練れの風格だった。


 本部の中であるのに、まるで営巣地の中を進むようなピリピリとした空気感を纏った彼らに、紫釉は疑問の声を上げる。


「……なんだあいつら?」

「知らないわよ。こんな船の中でコートを着てるって……」


 ざわめくチームメイト達の言葉を受け、少し顔色の戻ってきた鈴玉はちらりとコートの一団を見る。


「あれはぁー、アラスカ方面軍ー……」

「あれが……なるほど……」


 アラスカ方面軍。部隊名は、『テュロック』。

 アラスカ先住民、ユイットたちの神話に出てくる『真の戦士』の名を冠した、特別部隊。


 鈴玉の言葉を聞いて紫釉は彼らの異様な雰囲気に得心した。

 名前を聞くのも恐ろしいアンカレッジ基地——『終点駅』で戦い続ける特練兵たち。


 悔しいが、自分たち中国支部を含む他の面々とは、纏う気配が全く違った。


「鈴玉、『テュロック』だってよく分かったわね。どこかに軍徽章着いてた?」


 驚く万姫に、鈴玉は苦笑いを浮かべる。


「……い、いやー。あの短髪の子に昨日ナンパされたー」

「あ、そう」


 万姫はがくりと肩を落とす。


 こちらに気づいたのだろう、コートの一団の一人……お調子者のコナーが鈴玉へ、ぶんぶんと手を振る。

 それに気づいたニット帽の少女、シアーシャは彼の脇腹に肘鉄をお見舞いした。


「なんだ……まあ、なんだかんだあの子達も特練兵ってことね」


 先ほどまでの剣呑な雰囲気から一転した様子に、万姫は安堵の声をあげた。


「ふぅ。ほほー、強度的にはバラバラだねー」

「え、もう『視て』大丈夫なの? 鈴玉」

「うん。だいぶ慣れてきたよー」


 元気だとアピールする笑顔の鈴玉に、紫釉が質問する。


「視れるのなら教えてくれ。あの中で一番高いのは誰だ?」

「一番前を歩くエボルブドの男の子と、その横のニット帽の女の子。二人とも9だけど……女の子の方がちょっと上かなー。9.7って感じ」

「そうか……」


 続々とメンバーの集う発着場のドアが、再度開かれる。


「お、また来たわね。次はどこかしら?」


 万姫の言葉に、紫釉と鈴玉はドアへと注目する。

 ひと部隊分の若者達が、ちょうど発着場に足を踏み入れるところだった。


 アジア人たち。その中にスラヴ人の少女と、ゲルマン人の青年。

 『クイーンズナイト』や『テュロック』と比べれば幾分か素人臭い雰囲気だった。


「うぶっ!? う、げ……」


 彼らを視界に入れた瞬間、鈴玉はハンカチを再度口元に当てて蹲る。


「どうした、鈴玉!?」

「鈴玉? 大丈夫!?」


 急に嗚咽する鈴玉に、今度こそ吐くのではと紫釉と万姫が声をかける。

 驚いた二人から伸ばされた腕を鈴玉は力強く握り、必死の形相を浮かべ、叫ぶ。


「あ、あれ、なにあれ!? あ、あんなの知らない!」


 鈴玉は恐怖から涙目を浮かべていた。

 万姫は彼女の背を抱き、落ち着けるように優しい声を掛ける。


「どうしたの? 大丈夫?」


 はあはあと荒い息をなんとか落ち着け、鈴玉は二人へと囁く。


「ま、まず……巨乳の、短い金髪の子……あの子もハイエンド……」

「巨乳って……まあ、そうだけど、鈴玉、まだ混乱してる?」

「……学生ハイエンドは『道化師』だけじゃないのか?」


 訝しむ紫釉に、鈴玉はぶんぶんと首を振った。


「でも、そんなの『どうでもいい』のー! そんなのより、あの子ヤバいー……ヤバいんだよー!」

「どれだ!?」

「あ、あの、真ん中にいる男の子……うっぷ」


 鈴玉は吐き気を抑えるように視線を逸らしながらも、震える指で一人の青年を差す。


「……あの、パッとしないやつか?」


 紫釉は、鈴玉が指差した青年を見て、首を傾げる。

 鈴玉が恐怖の視線を向ける青年は、「ふわぁぁ」と呑気にあくびをあげ、横の少女に注意されていた。

 鍛えられた肉体も、精鋭らしい雰囲気も、周囲をひりつかせる圧も、なにもないただの少年に見える。


 なんなら、『アンノウン(ここ)』にいることすら、不思議なほどの、普通の少年。


「見た目は……見た目はそうかもしれないけどーっ……!」


 訝しむ紫釉に、鈴玉は詰め寄る。


 見た目で判断してはいけない。この場全員で掛かっても、彼は平然とあしらうことができるに違いない、隔絶。

 『目』の異能を持つ自分だけが気づける、一人の『異様な存在』を、隊長の紫釉が舐めてかかるのは、部隊の存続に関わるようにすら、鈴玉には感じられた。


 『仲間』であるはずなのに、それですら安心できない、根源的な恐怖を感じるほどの力を、この場で彼女だけが感じていた。


「あ、あの子もハイエンドなんだよー……」

「はぁ!? ちょっと鈴玉、それ本当!? そんな、ハイエンドがポンポンいるわけないでしょ!?」

「でもそうなんだよー! しかもあの男の子の異能強度……うっぷ。視界に入るだけで、ちょっと気持ち悪い……」


 万姫の指摘に鈴玉は首を振った。

 そして、真剣な表情で、紫釉と万姫に『忠告』する。


「『ハイエンド』どころじゃない……アレが私たちと同じ『オーバード』なのか、ちょっと信じらんないー……。

 ぶっちゃけ、『道化師』とか、比じゃない……」


 鈴玉は絞り出すように、結論をはじき出す。


「あれは、化け物だよー……」

「アレが……?」


 中国支部の3人が戦々恐々と見つめる先で、『化け物』は「うーん」と唸りながら、必死に書類を読み返していた。


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