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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第4章 夏休み編 無名と著名と、夢の国と希望の国
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167 探検


 本来、潜水艦は沈まねばならず、また水圧に耐えうるよう、小さく頑丈に作られる。

 それはどれだけスペースを省けるかの勝負であり、通常、通路はすれ違うのがやっとの細さで張り巡らされる。


 しかし、二人は横に並んで『(アイ)』の通路を進んでいた。


 潜水艦としては過去にない広さ。

 そんなことをしらぬ二人……特に真也は、真新しい通路を物珍しそうに周囲を見ていた。

 途中すれ違う人々は性別も人種も、エンハンスドなのかエボルブドなのかもバラバラだった。


 真也は、自分は本当に、とんでもないところへ参加していると実感する。

 乗員のほとんどは当たり前であるが少年少女であり、腕にはバングルが巻かれ、全員の話し声は共通概念会話(日本語)だった。


 修斗はのほほんと鼻歌を歌い、ソーセージにかぶりつきながら歩く。

 修斗が探検するにあたって、いの一番に向かったのは食堂だった。

 もっと光一の助けになるような場所を回るべきだと真也は考えたが、先輩である修斗に意見することも憚られた。


「食堂は良さそうやなー。おっさんも気のええ奴やったし」


 修斗はほくほく顔で焼いたソーセージを再度かじる。

 彼は食堂で持ち前のコミュニケーションを発揮し、コックと仲良くなってしれっと焼いたソーセージを手に入れたのだった。


「先輩、あの……」

「んー? なんや? 間宮くんもソーセージ食うか?」

「いえ、いいです……」

「さよか」


 修斗は手に残っていたソーセージをがぶりと食べ進め、空になった両手をパンパンとはらった。


「んぐ……うん、うまかった。これは晩飯も期待やな。さって、次はどこ行くかなー?」

「あの、田無先輩。もっと、作戦司令部とか、こう、トレーニング施設とか、そういうとこ見に行かなくていいんですか?」

「えー、そんなんおもろないやん?」

「いや、たしかに、お、『おもろない』ですけど……でも」

「それに、や。光一が求めてる情報ってのはそんな場所にはあらへんよ」


(……食堂にはあるんだろうか?)


 真也は心の中で疑問を浮かべながら修斗の後を追う。 


「間宮くんが行きたいとこないんやったら、次は娯楽室かなー。ダーツとかあったらええんやけど」

「娯楽室……ダーツですか。何か、こう、理由が……?」

「いや、俺めっちゃ得意やねん」

「そ、そうですか」

「こう、ちょちょいとそよ風をやなぁ……」


 本当にこの先輩は大丈夫なんだろうか。真也はそんなことを考えながら修斗の『テクニック』を聞き流した。




 二人は娯楽室へと足を踏み入れ、ドアが開くなり多くの隊員たちの歓談が彼らの耳を打つ。


「わあ、こんなに……」


 ビリヤード、トランプや本、そして修斗お得意のダーツ。様々な娯楽が用意されたその部屋には、所狭しと人が集っていた。


「ま、今日1日やることあらへんやろ? そら集まる場所なんて食堂かここや」

「……なるほど」

「作戦室やらトレーニングルーム。そんなとこは資料でいくらでも補完できる。

 でも、実際の人間……作戦行動を共にする奴らは『この目』で見ぃへんとな」

「だから、食堂とここなんですね」

「そういうことや」


 真也は「なるほど!」と感嘆し、修斗に対して力強く頷く。

 後輩からの尊敬の眼差しに、修斗は満足そうに「ふふん」と笑い、ぶんぶんと狼の尻尾が左右に揺れた。


 そんな彼らに声がかけられる。


「シンヤ様! 入艦されたのですね!」

「あ、あれは……」


 手を振りながらこちらに走ってくるのはロシア支部『赤の広場』の隊員であり、真也にとって苦手な少女——ソフィア・サーヴィシュナ・スミルニツカヤだった。


 緑の瞳は満面の笑みを称え、真也『だけ』を見ている。


「……ソフィアちゃん、やったか。ごきげんさん」

「ご機嫌麗しゅう、先輩様。ソーニャ、で構いませんわよ?」

「気が向いたらなー。やっぱ『i』におったか」

「シンヤ様がいるところにわたくしあり。当たり前ですわ!」

「いや、それ以前にアンノウンやから、やと思うんやけどな」

「それ以前、それ以上に、シンヤ様がここにいるからですわよ?」


 何を変なことを、と自信満々に言い切る彼女の持論は、もはや堂に入ったものだった。


 真也は頬を引きつらせないように、普段感じない緊張を伴ってソフィアへと挨拶をする。


「ソーニャ……久しぶりだね」

「はい! と言っても、私はあまりお久しいとは感じませんの。 わたくし、最近ずっとテレビを見ていましたから! 毎日毎日、少しでも新しい情報はないものかと探しましたわ!」

「あー……そうなんだ」


 そうだ。この少女はこういう感じで喋るんだった。


 真也は徐々にスピードアップするソフィアの言葉に、そんなことを思い出す。しかも喋る声も大きくなり、真也は周りから視線が集まるのを感じるが、それでもソフィアは止まらない。


「もちろん! 軍属としての情報網を使えば……ましてやアンノウンの担当官に聞けばある程度のことは、知れるのですけど。でも、そんなことは関係ありませんの。 今は日本のテレビ番組も、今はネット上で配信をしているではないですか。そういったものも活用して、シンヤ様の情報を集めましたの。なぜだか分かります?」


「……え?」


 急に黙ったソフィアに、真也は驚きの声を上げる。これは初めてのパターンだった。

 キラキラとした目で真也を見つめる少女に、真也何と返すべきかわからなかった。


「あー……ごめん、分かんないや」

「うふふ、いけず! 本当はわかってるくせに!」


 真也に向かってソフィアは一歩前に踏み出す。

 緑色の瞳で視界がいっぱいになり、真也は額から脂汗を流した。


「いやあのちょっと——」

「シンヤ様について、誰が何といったか、全て把握するためですわ! 発言内容によっては、わたくしも見逃せないですし! それに、わたくし、わたくしの知らないシンヤ様についての情報を全くの一市民が知っているという状況を許せそうにありませんもの! たとえそれが取るに足らない内容でも、わたくしはこの世界の誰よりもシンヤ様のことを知りたいのです! そのためにはマスメディアが持つような程度の低い情報でも、ただの一つも逃すわけにはいきませんもの! 一般市民がアクセスしやすい分、本当に厄介ですわ! そう、日本ではこう言うのですわよね、『ソフィア、おこだよ』って! ぷんぷん!」


 拳を頬に当て、ぷんぷん、と可愛らしく怒るソフィアに、真也は苦笑いする。


(ん? ……おこ? って言った? え? 今どういう状況?)


 真也の耳では、ソフィアが何故このような状態になったのか聞き取れなかった。


「あー……うん、そっか。ありがとう?」

「きゃぁ! ありがとうだなんて! でも、あえてこう言わせていただきますわ! どういたしまして!」

「オイ、何いちゃついてんだ。邪魔だ、どけ」


 混乱する真也の後ろから、声がかかる。

 驚いて真也が振り向くとアラブ系の顔つきをした、数人の男性が入り口で詰まっていた。


「あ、すいません」


 真也はいまのいままで入り口から動いていなかったことを思い出し、道を譲る。

 修斗とソフィアも真也に続いて道を開けた。


「ふん」


 入ってきた男性の一人が、真也と修斗に軽く肩をぶつけながら通っていく。


 顔全体に波のような意匠が入っており、真也よりも頭ふたつほど大きな彼は、周りを威圧するように周囲を見渡す。

 そうしてソフィアに気がつくと「ひゅう」と口笛を鳴らした。


 一方のソフィアは先ほどまで真也と話していた人間と同一人物とは思えない、全く感情を持たない顔だった。


 彼はそのまま修斗へと視線を動かし、そして真也の顔をまじまじと眺める。


「……あ? お前ら、日本人か」

「は、はい。日本支部です」


 真也は彼の長身と、顔に大きく入った意匠の威圧感に少したじろぎながら返事をした。そんな真也の気弱な反応に男性は声を上げて笑い、そして、ソフィアの肩に腕を回した。


「なあ、彼女。そんな奴ほっといて俺らと遊ぼうぜ」

「……は?」


 ソフィアは低い声を出して、回された腕をはたき落とす。


「気が強えじゃねえか、いいねぇ。俺はサイード。なんて名前だ? かわい子ちゃん。

 そんな『鳥籠住み』のザコ共なんかより、俺らの方がもっと刺激的だぜ?」


 腕をはたき落とされても笑みを浮かべ続けるサイードに、ソフィアは口角を上げて微笑みを返す。


「よし、殺しますね。決定です」


 ソフィアの声には、一切の感情が無く、また、瞳は一切笑っていなかった。


「そ、ソーニャ!」


 これはまずい、と真也はソフィアの腕を掴む。


「あっ、やん! シンヤ様、大胆っ」


 真也に腕を掴まれた瞬間、ソフィアは逆に真也の腕に巻きつくように体を寄せた。

 止めようと手を伸ばしたのに関わらず、ソフィアのまさかの行動に真也は体を硬直させる。


「いやそうじゃなくって、まってごめん離して!?」

「いやですわ! なぜか分からないのですけど、この辺り『殻獣の体液(みどりえき)』臭いんですの!

 シンヤ様の近くにいないと、わたくし、この匂いで吐いてしまいそう!」


 ソフィアの言葉に、真也は完全に体を硬直させる。

 どんどんと場の空気が凍る中、視界の端で修斗がじわりと位置をずらして向かい合うサイード達を視界に入れたのが分かった。


 このままでは問題になる。喧嘩でも始まろうものなら、光一に叱責されてしまうだろう。


「やめて、ソーニャ——」

「ははははは! いいねぇ、気に入った。『ソーニャ』か。覚えたぜ」


 止めようとする真也の声を遮ったのは、サイードの笑い声だった。

 愉快そうに笑うサイードに、ソフィアはわざとらしくため息をつく。


「あら、頭大丈夫ですの? あと、わたくしをソーニャと呼んでいいのは——」

「友達だけか?」

「人間だけですわ」


 冷徹に言い放つソフィアの言葉に、サイードも、そしてその取り巻きたちも表情を歪める。


「おい、サイード。この(アマ)流石にふざけすぎだ。どっちが上か教えてやった方がいいんじゃねぇか?」


 サイード側も、さすがにソフィアの蛮行に限界を迎える。

 真也は彼らが怒る気持ちをよく理解できる。同時に『どうしてこうなった』と頭を抱えたくなった。



「失礼、ちょっといいかしら」



 ピリピリとした一触即発の空気を裂く、女性の声があった。

 真也が驚いて振り向くと、そこに立っていたのは、真也よりも少し身長の高い少女だった。


 くねくねとカールした赤い髪の上には丸い耳が乗っており、彼女の背には大きな『リスの尻尾』。


 アーモンド型の気の強そうな瞳が、真也やサイードたちを値踏みするように眺めていた。


「『道化師(クラウン)』……!」


 ボソリと呟いたのは、修斗だった。


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