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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第4章 夏休み編 無名と著名と、夢の国と希望の国
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147 一学期修了


 期末試験を終え、実地テストのおかげでなんとか夏期講習を逃れた真也は、一学期の最終日を迎える。

 夏の強い日差しと対照的に、教室内は空調のおかげで過ごしやすい温度だった。


 夏季制服である半袖のポロシャツ姿の真也は、進学校様様の快適さを満喫しながら帰宅の準備を進める。

 高位異能者である真也に季節による温度変化は苦にはならないのだが……気持ちの問題である。


 全ての授業が終わり、終業式も終え、残すところは最後のホームルームのみ。

 ざわざわと騒がしい教室内で、真也は声をかけられる。


「おっす、間宮。これなんだけど」


 声をかけてきたのは学級委員長の直樹。

 『これ』というのは、彼の手に握られた遊園地のチケットのことだった。


「あぁ、売り上げコンテストの」


 金に糸目をつけぬお嬢様2名による売り上げのブーストもあり、真也のクラスは売り上げコンテストで一位を獲得。

 クラスには賞品として夏休みの間限定の遊園地チケットが渡され、直樹はそれをクラスメイトたちに配っていたのだ。


「一応それぞれに渡してんだけど、クラスで日程決めてみんなで行こうかって話しててさ。

 それに間宮も来るなら、俺チケット預かっとくけど」

「へぇ、いつ?」

「候補はいくつかあるんだけど、8月の頭で調整してる」


 直樹の言葉に、真也は夏休みの予定を思い出す。

 といっても数秒もかからずに全ての予定を洗い出せる程度の量だった。


「なら大丈夫だよ」


 真也の返事に、直樹は笑顔を作る。


「おっけー。じゃ、希望休を8月の2から4で出しといてくれ。その三日間で調整中だから」


 希望休。

 それは夏休み中も軍務を割り振られることのある士官学校生特有のものだった。

 夏休み中に家族旅行や予定など、必ず休みが欲しい日取りを申請することで軍務の割り当てを断れるというシステムである。

 希望休以外は必ず軍務があるというわけでは無いが、一週間前に急に告知が来て軍務に駆り出されて家族の予定を崩されないためにも必要なものである。


 『出動可能日』、ではなく『希望休』。

 そして申請できる日数は夏休みの日数と比べてほんの僅か。


 殻獣の活動が活発になる夏には遊ばせておけるオーバードは少ない。完全に営巣地が管理されている日本でも、定期的に数を減らさなければバンや突発災害は免れず、高校生であっても重要な『人員』なのだった。


 8月の予定表に『2〜4のどこか、遊園地。希望休を出す』とメモを取った真也は、直樹に質問する。


「他の人は誰が来るの?」

「えーっと、今んとこほぼ全員かな? あと聞いてないのは押切と……」


 直樹が教室を見回すと、いつのまにか彼の目の前には白いうさ耳があった。

 視線を少し下に下げると、そこに立っていたのは制服の上からサマーカーディガンを羽織った伊織だった。


「ボクもいく」

「え?」

「ボクもその日程で行く。クラスのみんなと同じ日程で」

「そ、そっか」


 クラスの催し物に一切関わってこなかった伊織の参加表明に、直樹は驚く。


 伊織の心中を『クラスと溶け込んでいる』と勝手に断じて微笑む真也は、隣に座る少女にも声をかけた。


「レイラは? もう決めたの?」

「まだ。私は、いつでも、いい」


 明日から夏休みということもあり、真也同様半袖ポロシャツ姿のレイラはいつもより柔和な表情で返事をする。

 朝に弱い彼女にとって、夏休みは天国のようなシステムだった。


「じゃあ、せっかくだしみんなで行こうよ。そのほうがきっと楽しいし」


 真也はレイラに提案する。

 彼女は『普通の学生』らしいことをしてこなかったと文化祭前日に真也へこぼしていた。

 であれば、彼女と『夏の思い出』を作るなら、クラスのみんなと騒がしくテーマパークを回るのが良いだろうと真也は思ったのだ。


(……本当は二人でデートできたら最高なんだけどなぁ)


 真也は心の中で呟きながら、レイラの反応を待つ。


「うん……そう、する。みんなと、行く」

「じゃ、間宮と押切とレオノワさんは参加な。みんな、ちゃんと希望休出しといてくれよ!

 8月の2、3、4だぞ。ニイ、サン、ヨン、だからな!」


 直樹は、レイラが参加となった事を目に見えて喜びながら、とても大事な事を二回伝えて3人の元を離れて行った。


『8月2日、8月3日、8月4日。希望休を出す。真也と、みんなと、遊園地』

 レイラはいつも持ち歩いている手帳にロシア語で書き込むと、自然に頬が吊り上がるのを抑えられなかった。


 ロシア語で書かれたレイラのメモを読めない真也は、ふと笑みを強めるレイラに声を掛ける。


「どしたのレイラ?」

「……ううん。なんでも、ない」


 真也の質問に、はにかみながらレイラは答える。


「楽しみ」

「だね」


 真也もレイラにつられて笑いながら、一学期最後のホームルームの時間を待った。




 担任の江島が教卓に立ち、いつも通りの凛々しい表情で……否、いつもよりも険しい表情でクラスの面々を見渡す。


「今年は、手法は置いておいて、学園祭の売上コンテスト一位を獲得したわけだが……手法は、置いておいて、な」


 まるで生徒自身を商品にしたような、あまりにも『東雲生らしくない』俗っぽいともいえる売り上げのあげ方だったことから、クラス全員……特に直樹は江島からこっ酷く怒られた。

 そしてその怒りは、一月以上が経っても江島の中で燃え続けていたようだった。


 クラスメイト全員が息を呑む中、江島はため息混じりに言葉を続ける。


「……まあ、せっかく得た遊園地のチケットだ。私の方で、できうる限り希望休は通す様にしよう。

 かならず所定の方法で明日までに申告しておけよ」


 流石の江島も、感情はどうあれ学生たちの夏休みを……クラス全員の思い出を壊すほど子供ではなかった。


 希望休を通してくれる。その言葉に、クラス全員が胸を撫で下ろす。

 一番胸を撫で下ろしたのは直樹だったが、真也もレイラも、そして伊織もほっとため息をついた。


「楽しむのも結構だが、東雲生であることを決して忘れるな。何か問題を起こしてみろ、冬季休暇の希望休はゼロにするからな。

 ……ああ、404大隊登録の生徒は後で大隊ラウンジに集合しろ。

 ほかの生徒は、今日はしばらく残っていてもいいが、あまり遅くなるなよ。事務連絡は以上だ」


 江島が直樹に目線をやる。

 目線のあった直樹は一瞬驚いて肩を跳ね上げたが、すぐさまその視線の意味を理解した。


「起立、気をつけ、礼!」

「「「おつかれさまでした!」」」


 こうして、東雲学園高等部の一学期は修了した。


 明日から始まる夏休みに想いを馳せるクラスメイトたちとは裏腹に、真也は江島の言葉を思い出し、表情を硬くする。


『404大隊は、あとでラウンジに集合』


 それは、二学期から始まる特別部隊『アンノウン』での活動についての告知だろうと、真也は予想した。


 一学期が終わるということは、アンノウンでの活動が——


『殺す覚悟』と『死ぬ覚悟』を決めるべき時が、近づいている。


 真也は、その事実を再度突きつけられたような気がした。

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