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142 因縁の戦い(下)


 お互い、決定的な一撃を与えられることなく戦いは進んでいく。


 そんな展開に、真也は焦っていた。


「一気に決める!」


 プロスペローを倒すことは目標の一つではあるが、クーを除いて他の人型殻獣が2体いるのだ。それも、まひると、レイラの元に。

 一刻も早く援護に向かいたいという焦燥感から、真也は一気に全ての異能の盾を展開、プロスペローへと差し向ける。


「『決める』ゥ? ……調子に乗るなよガキがァ!!」


 プロスペローは吐き捨てながら、放たれた盾の間を抜けて真也を急襲する。


「何度やっても同じだ、プロスペロー!」


 真也は肉薄するプロスペローの目の前に盾を生み出して防御する。

 ガァン、と大きな音を立ててプロスペローの一撃を受けとめた盾を解除し、大鎌の頭についたの槍の穂を突き出す。


 プロスペローは体を捻って真也の懐に飛び込もうと一歩踏み出すが、真也は武装を引いて鎌の部分をプロスペローと自分の間に入れて突進を防ぐ。

 動きが止まったプロスペローに再度槍を突き出し、再度躱されると今度はそのまま大鎌を反転させて石突きと呼ばれる柄の頭を振り下ろした。


「ぐぅッ!?」


 石突きはプロスペローの肩を捉え、甲殻の鎧に鈍い衝撃を伝える。


 流れるような動きで再度真也の武装が反転し、大鎌の一閃がプロスペローを襲う。


 肩への衝撃に表情を歪めながら、プロスペローは後ろへと飛び、ギリギリで真也の攻撃から逃げた。


「この短い間に……!」

「逃すか!」


 熟達とは言わぬまでも、技術を持った攻撃。さらには離れるところに追撃の盾を差し向けてくる。

 合宿の時には一切なかった真也の、『戦士』としての動き。

 短い間に、これほどの成長を見せる真也にプロスペローは驚く。


 それでも、プロスペローはいまだ真也に勝つ算段があった。


 複雑な動きを見せるとはいえ武器による攻撃は決定打にならないだろうし、普通に戦えば誰も敵わぬ完全無欠の異能も、プロスペローはひとつだけ弱点を知っている。


 自意識。


 真也が『こうしなければ』、『ああしなければ』と意識すればするほどに、異能の盾は動きを鈍らせる。

 真也の異能は、プロスペローを倒そうと焦る心のせいでその能力を減退させている。


 このまま成長されては手がつけられなくなるが、今ならまだプロスペローが殺すことのできる『獲物』だった。


「さて……これは私も余裕がない……が!」


 呟くプロスペローの視界の端に一瞬だけ青年の姿が映った。


 その姿を認めたプロスペローは獰猛に笑う。


「……ふふふ、ははははは! しかし、これで終わりだァッ!」


 やっと到着した『援軍』に、プロスペローは笑いを伴って真也の視界から『消えた』。


「なっ!?」


 先ほどまでよりも素早く、残像すら見えるようなプロスペローの速度に真也は驚く。

 合宿の時に見た圧倒的な速度。その再現に思えた。


 ガンッと音を立て、真也の背で行われた『自動防御』に真也は振り向く。

 大急ぎで大鎌を振るうが、それよりも早く、今度は頭上から防御音が響く。


「くっ……!」

「さあ、次はどこから来るかなァ?」


 真也の目に見えないプロスペローからの攻撃。盾は次々に現れ、消え、真也の目にも留まらぬ攻防が始まった。


「さあ! さあさあ!」


 盾に守られながらもなんとか反撃をしなければと真也は武装を振るおうとするが、それよりもプロスペローが消える速度の方が何倍も速かった。


 プロスペローは自分『たち』の攻撃について来られない真也にニヤリと笑い、算段を立てる。


「そろそろか……」


 プロスペローは、ロシアでの真也との一戦で得た知識から、タイミングを図っていた。


 真也の盾の防御は厄介ではある。

 しかし、一枚だけならプロスペローが全力を以って攻撃すれば、破壊はできずとも後退させることができた。


 ここぞで『全力』を出して拳を振り抜けば、盾を払い除け、真也の腹を再度貫くことは容易だろう。


 プロスペローはタイミングを図り、防御に現れている真也の盾の数を数える。


 4枚、3枚、5枚、8枚、6枚、9枚、12枚。


「ここだァッ!」


 真也が新たに防御に割ける枚数が、残り1枚。プロスペローは全身の力を込めて真也へと拳を振り抜く。

 

 プロスペローの拳の目の前に白い盾が現れる。

 彼はそれを払い除け、真也の背中に腕を差し込むその姿まで想像し、笑みを堪えることができなかった。


 プロスペローの拳と、白い棺が接触する。


 がぁん。


「な……に……?」


 プロスペローが全身全霊を込め、振り抜いた拳は『そこ』にあった。


 ロシアの営巣地で真也の盾を払い除けた時と同じか、それ以上の一撃だった。

 全身全霊の一打だったはず。


 しかし、真っ白な盾は微動だにせず、プロスペローの拳は、そこが終着点だった。


「そこか!」


 動きを止めたプロスペローに、真也は大鎌を振り抜く。

 刃が真っ直ぐにプロスペローの胴に吸い込まれるような、迷いのない一閃。


 真也の鎌から逃げるようにプロスペローは再度、『目にも留まらぬ』回避をする。


 つもりだった。


「ギィッ!?」


 短い悲鳴。


 なんとか体を捻ったプロスペローの翅を、大鎌が切り裂く。


「なぜ、なぜなぜなぜなぜッ!」


 翅を大きく削がれ、飛翔能力を失ったプロスペローは驚きながらも跳び退こうとするが、その退路には別の大楯が現れていた。


 退路を絶たれたプロスペローは、振り返りながら拳を振るう。

 しかし、プロスペローの退路を防ぐ棺もまた同様に、微動だにしなかった。


 驚き戸惑うプロスペローの周りを、幾枚もの棺の盾が囲んでいく。

 あっという間にプロスペローは棺の檻に囚われる。自分の周りに現れた棺たちに、がむしゃらに拳を叩きつけ、蹴りを放つが、棺は少しも後退することなく、むしろジリジリと檻の幅を狭めてくる。


「無駄だ」


 真也の呟きはプロスペローの自暴自棄ともいえる拳の連打に掻き消されるが、しかしその意図は伝わった。


 プロスペローの異能が、真也からの『哀れみ』と『軽蔑』を感じ取ってしまったから。


 プロスペローは盾を殴るのを止め、真也へと振り返る。


「なぜ、なぜだ……なぜ貴様の異能が、この前より成長している!?

 ピュアブラッドも無しに異能が強化されるはずは!」


 プロスペローは半狂乱で唾を飛ばしながら掴みかからんと真也へと腕を伸ばすが、その腕が伸びきるよりも早く、棺が次々に降り注ぎ、地面へと張り付けられた。


「なぜ……なぜ『消えない』。なぜ、『破れない』ッ!!」


 地を這いながら愕然とするプロスペローの側に、彼にだけ見える青年の姿があった。


 プロスペローを見下すキャラメルのようなブロンドの瞳。周りの誰からも認知されぬように姿を消したユーリイだった。

 いつも通りの役者じみた笑顔を顔に貼り付けた彼は、プロスペローを見下したまま、口を開く。


「いい光景だね。……分かったかい? 僕の援護がなければ、君はこの程度なんだ」


 プロスペローの『消えるような攻撃』。それは移動速度によるものではなく、実際にユーリイの異能によって姿を消して行われていたのだ。


「貴様、どういう……つもりだ」


 急に援護を止めたユーリイを、プロスペローは睨み付ける。


「それは……君は知る必要はないでしょ。もう死ぬんだから」

「ふざけるなァ!」

「全く……君の身勝手な行動を、ウィルがいつまでも許す訳がないだろう」

「そん……な……」


 プロスペローは、愕然とする。

 まさか、自分は見捨てられたのか。


 項垂(うなだ)れるプロスペローへと、ユーリイは笑いかける。


「最後に、いいものを見せてあげよう」


 ユーリイは、今まで纏っていた異能の一部を解除する。


 その瞬間、次々にプロスペローへとユーリイの感情が伝わってきた。


 『怒り』『嘲笑』『安堵』。そして、『軽蔑』『侮蔑』『嫌悪感』……人型殻獣という存在に対する、圧倒的な『敵意』。


「おまえ……お前ェ!」


 プロスペローは、ユーリイのことを『他人に興味のない、特異な人物』だと思っていた。

 それ故に、プロスペローは彼を信用し、人型殻獣の仲間へと引き入れたのだ。


「少し考えれば気がつくと思うんだけどね。

 ……僕の異能は、様々な事柄を『認知されなくする』もの。

 どうだい? 初めて見る僕の本心は」


 ユーリイの異能によって隠されていた『本心』。それは、人型殻獣が最も注意すべき、国疫軍人の……敵の想いそのもの。


「そんな……そんな……」

「お前が一番厄介だった。僕の異能は、果たして『感情』まで消せるのか、ってね。

 うまくいってよかったよ。質の良い情報を有り難う、プロスペロー。さよなら(ダ スヴィダーニャ)


 ユーリイは静かに別れの挨拶を終えると、再度異能を発現させ、プロスペローの視界からすらも完全に消えた。


「裏切り者ォォォォ!」


 ざっ、ざっ、という音と共に、プロスペローの目の前に一対の足と大きな鎌が現れる。


「さっきから何を言っているんだ」


 真也の声に、大量の棺に組み伏せられたプロスペローは己が境遇を思い出す。

 今の自分は動くことさえ叶わず、目の前には文字通りの死神が立っている。


「ぐぅぅ……くそ、なぜ……なぜ、払い除けられない……! 一体、何がこれほどまで……」


 腕に力を込めて必死にもがくプロスペローに、真也は告げる。


「決意だよ」

「……は?」

「プロスペロー。知ってるか?

 オーバードは、本人が分かる所までしか異能を扱えないんだ」


 真也はプロスペローに語りかけながら、大鎌をゆっくりと持ち上げる。


「これは、俺の、決意だ。

 あの時、俺は……レイラを失うかもしれないって、恐怖した」


 黒い鎌の刃が木漏れ日を反射し、ぎらり、と怪しく光る。


「お前に、『負けるかもしれない』って、そう思った」


 真也はゆっくりと足を開き、大鎌を肩に担ぐ。

 その目線は、プロスペローの首筋へ。


「今は……お前には、負けない。そう、俺は信じてる。だから、俺の異能はお前には決して『負けない』」

「し、信じてるからァ!? そんな馬鹿な話が!」


 信じてるから、強くなった。覚悟をしたら、負けなくなった。

 そんな理由で異能が強化されるなど、聞いたこともないバカバカしいものだった。


「これが……ハイエンド(おれ)の実力だ。

 世界なんて、大層なものじゃない。俺が、俺の手の届く範囲を守るのに、必要な実力。

 いろいろ迷ったし、今も迷ってる。でも、俺に必要な……『守る』ために必要な力を……やっと得られた」


 真也の異能は確かに自意識に縛られており、その力はどこまでのものなのかなど、誰も知らない。彼自身すら。


 自分がどこまでできるのか、本当に『最強』なのか。


 それを信じられない彼は、合宿の時、自分の異能の強さよりも人型殻獣の方が『強い』存在だと思っていた。

 自分に自信のない少年は、自分の力を過小評価していた。


 しかし、本来の彼の異能は『ハイエンド』。誰もその本来の力を知らぬ、可能性の力。


「お前なんか歯牙にも掛けない。これから先、誰にも、誰も傷つけさせやしない。

 これが……俺の決意だ」


 木漏れ日を背にした真也の顔は、プロスペローには真っ暗な『(あな)』に見えた。


 守ると決めたら、負けることはなく、覚悟と決意が、現実になる。


「ひっ……お、お前は……」



 お前は、本当に『人間』なのか。



 プロスペローの呟きは、掲げられた斧と槍と鎌の『歪な十字架』を前にした恐怖から、最後まで発されることはなかった。


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