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141 因縁の戦い(上)


 真也は、伊織から受け取った箱を開ける。

 中で三つ折りにたたまれ、主人の手に収まるのを待ちきれぬとばかりに光る黒い武装を、ゆっくりと手に取った。


 真也が手に馴染ませるように一振りすると派手な金属音が響き、長い柄も、三枚の刃も、その全てが正常な位置に収まる。

 『臨戦態勢』を表すその音に、真也は心の中で『派手なギミックだな』と、製作者の公孝の趣味に苦笑いした。


 この武装は『象徴』。

 人類の敵を滅する、ハイエンドの象徴。


 真也がじっと組み上がった武装を見ていると、遠くから木が倒れる音が鳴り響く。

 文化祭の学園に似つかわしく無い暴力的な音に真也は奥歯を噛み締めた。


(ごめん、まひる)


 本当は、今すぐにでも妹のところへ駆け出したかった。

 無線越しにまひるが人型殻獣との戦闘を開始したと聞いた時、真也は気を失うかと思った。


 それでも、真也はこの場から動かなかった。


 自分が一番信頼する友人に、伊織に『どうか頼む』と伝えるのが精一杯だった。


 直後に続報が飛び込んできて、レイラの元にも人型殻獣が迫っていると言われた。

 全部で4体の人型殻獣が学園内にいる、レイラとレオノフの元に向かっている。無線越しでも動揺が分かるウッディの声を聞き、真也も心臓が激しく脈打った。


 しかしそれでも、真也はこの場から動かなかった。


 それら報告から予想を得た光一から、援護を送るかと言われた。


 真也は、それを断った。


 皆を守るために。そして、終わらせるために。


 『あいつ』は、自分しか倒せない。『あいつ』を、自分が倒したい。


 二つの想いは真也の中で同じ分量芽生え、彼を奮い立たせながら、彼を悩ませた。


 自分が、(おご)り高ぶっているのは、分かる。

 奴がいくら普通の攻撃を避けられるとはいえ、多人数で掛かった方が安全かもしれない。


 しかし、犠牲をもたらす『かもしれない』。

 誰かが傷つくのを見るのは……短い間とはいえ、知り合い、その人となりを知った皆が傷つくのは、想像の上でも真也には耐えられなかった。


 『完全防御』できる自分であれば、奴と一対一でもいい勝負になるはず。


 誰も呼ばなかったのは、合宿で奴に負けた自分の甘さを排除するためでもあった。

 あの時、レイラを守れたことは真也にとって『勲章』だったが、今回は、違う。


 『あいつ』を、終わらせるために、戦わなければいけない。

 そのためには『あいつ』以外を気にかける余裕など、無い。


 真也は、覚悟と共に口を開く。



「……出てこい。いるんだろ」



 ぼそり、と呟く真也に対して返されたのは、背後で轟く衝撃音だった。


 真也は驚くこともせず振り向きながら大鎌を振るう。

 彼を襲撃から守った大楯は大鎌の一閃を邪魔せぬよう直前でかき消えるが、大鎌の黒い刃はひゅおん、と風切音を立てただけだった。


 死角からの急襲。そして、ハイエンドとしての膂力を発揮した間髪入れずの反撃を回避。その動きが、人であるはずがなかった。


 真也は大鎌を構えなおし、空中に浮かぶ姿を見上げる。


「プロスペロー……やっぱり『お前』か」


 真也は『波紋』の異能者ほどでは無いにしろ、人型殻獣を感知できるようになっていた。


 だからこそ、ここを動くわけにはいかなかったのだ。


 合宿の時にクーと会った時に感じた『不安感』。オーバードとしての心の奥底を震わせるような感覚は、九重流の稽古を経て鋭敏化され、その感覚だけで林の中から自分をじっと見るプロスペローの存在に気付くことができた。


「ふざけたことをしてくれますね……」


 膨大な敵意を受けたプロスペローは、空から呟く。

 真也が自分の存在に気付いていた事は、プロスペローも分かっていた。


 林の中で隠れる自分に向かって、真也が『敵意』を向けていたのだから。


「危険すぎる……やはり、貴方は殺さなくては」

「その言葉、そっくり返させてもらう。……お前だけは、絶対に『俺』が倒すッ!」


 真也は口上を返し、大鎌を構えてプロスペローへと走り出す。

 プロスペローは真也を迎撃するように、空中から銛を突き刺すように急降下してくる。


 二人の間に黒い大楯が現れ、真也は蹴りを止める。


「ほう、やりますね」

「あの時と同じと思うなよ……!」


 真也は飛び上がって大鎌を振るうが、翅を持つプロスペローは自由自在に飛び回り、鎌は再度空を切った。

 びゅおぅん、と聞きようによっては間の抜けたその音は、何者をも分断しそうな勢いと、鋭さを伴っていた。


 プロスペローは真也の背に回り込むと、今度は拳を振り抜く。またもや異能の盾が止める。

 他の盾を足場に真也は再度斬りかかる。避けられる。


 埒が明かない戦いは、それでも止まることはない。

 林の中を舞い踊り、どぉん、どぉんという大楯がその身にうける圧倒的な暴力を表す衝撃音と、びゅぅん、と風を切る死神の鳴き声が交差する。


 そんな中、痺れを切らしたようにプロスペローが口を開く。


「なぜ、邪魔をするのです。本当に、本当に! さっさと死ねば良いモノを」


 プロスペローは忙しなく羽を動かし、空中を動き続けながら真也へと吐き捨てる。

 飛び石のように浮かぶ大楯を渡る真也は、空中を飛び回る複雑な動きを見逃すまいと睨みつけたまま吠える。


「邪魔も何も! お前がしでかしたことで南宿で人が死に……そしてロシアでも、人が死ぬかも知れなかった!」


 プロスペローに反論し、真也は複数の大楯を差し向けた。

 大楯が次々に襲いかかるが、プロスペローは自在に宙を舞い、真也の攻撃を躱すと後ろに回り込こむ。


 死角からの一撃を予見した真也は大鎌を反転させ、振るう。


「平然と人を傷つけておいて……何が、『邪魔をするな』だッ!」


 怒りに満ちた言葉と裏腹な、冷静で流れるような燕返しの一撃がプロスペローを捉える。


 鎌の背に位置する斧がプロスペローの上腕、ガントレットのような甲殻に浅く食い込み、つぅ、と緑の線を滴らせる。

 大鎌はプロスペローに———人型殻獣に己が鋭利さが十分通用することを主人に示した。


 真也はプロスペローの腕に刺さった大鎌に力を込めながら叫ぶ。


「それに、お前は……まひるの兄を手にかけた。

 それだけで十分だ。それだけで、俺はお前を決して許さないッ!」


 お互いの力が拮抗し、真也は思い切り力を込めてプロスペローの腕から斧の刃を抜くと、今度は上から叩きつけるべく振り上げる。


 びゅおん。


 真也の一撃はまたも空を切り、プロスペローは距離を取って叫び返す。


「アレはこの世界にいてはいけない存在なのですよ!」


 居てはいけない存在。

 プロスペローの言葉の意味は、真也には何も分からなかったが、しかし聞き捨てならない言葉だった。


「知るかぁぁぁぁぁ!」


 真也は激昂し、再度鎌を振りかぶる。


 まひるの兄が、この世界の『シンヤ』が、この世界にいてはならなかった。

 それは、まひるの兄が、そして、レイラの友人が……この世界の『自分』が、いてはならないなど、認められるわけがなかった。

 人間の敵であるプロスペローの戯言であると一笑に付すことすらできないほど、聞き捨てならぬ言葉だった。


 真也からの怒りを受け、プロスペローの怒りも天を衝く。


「あ……浅はかなガキがァァァァァ! 『あの方』の真意も分からぬ、青二才がァ!

 もういいッ! どうせお前は……ここで、お前は死ぬのだからッ!」


 プロスペローも真也も、もはやこれ以上の問答は不要であると、再度お互いの命を奪い合うダンスを再開した。


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