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133 襲来、止まらず


 マクベスは魔女の予言に踊らされ、妻の甘言に惑わされ、自身が王となるべく現王・ダンカンを手にかける。


 赤い閃光。地に附したダンカン。自身の手を睨みつけて荒い息を繰り返すマクベス。


 ふと、どこからともなく黒いローブの少女が現れる。いつからそこにいたのか、誰も分からなかった。


「マクベス、お前は眠りを殺した……」


 静かに語るのは『三人の魔女』役である間宮まひる。


 笑みを浮かべるまひるの後ろから、するりともう1人のまひるが現れ、マクベスを取り囲む。

 マクベスの目には魔女の姿が見えていないのだろう。どこからともなく聞こえる声に、マクベスは翻弄される。


「お前は王と共に、平穏をもその手にかけたのだぁ!」

「マクベス、お前は平穏を殺したぁ!」


 三人の魔女、もとい三人のまひるはぐるぐるとマクベスの周りを歩き、そして言い放つ。


「「「マクベス、お前はもう眠れない!」」」


 揃えて出された大声に観客が小さく反応し、それに応じたように魔女のまひるが客席を睨む。


 反応を返した客席に向けて、魔女たちが『これを知ったお前たちも眠れないのだ』と言わんばかりに鋭い視線。観客たちはまひるの好演にハッと息を呑み、そしてマクベスが(うずくま)って、シーンが切り替わった。


 まひるのクラスは異能発現許可を学園へと提出し、異能をうまく演劇に活用して『20分でわかる世界の名作』と銘打って様々な作品を用意した。

 そんな中、まひるはシェイクスピアの四大悲劇の一つ『マクベス』に出演しており、真也へと見に来て欲しいと言っていたのだ。

 まひるの『鏡』の異能を利用して行われる1人三役。それは異能士官学校ならではのギミックで、観客たちも度肝を抜かれる。


 最後にマクベスが勝てぬ戦いへと去っていくところで演劇は終わり、観客たちは中学生の演劇とは思えぬクオリティに熱い息を吐きながら拍手を送った。


「なかなか面白かったですわね。日本人ではないわたくしも、共通概念会話のおかげで楽しめましたし!」

「うん。まひる、頑張ってたなぁ……」

「妹様、名女優でしたわね! マクベスが王を殺し、魔女が現れるところなんて、怖くって……抱きついちゃいました」

「……うん、そうだね」


 まひるが客席を睨んだ時、ちょうどソフィアが小さく「きゃあ」と可愛らしい声を上げて真也の腕に抱きついた。

 真也は腕に柔らかいものを感じながらそれでもまひるの演技に集中しようとしたが、そのタイミングでまひるが客席を睨むという演技をするものだから、真也は静かに冷や汗をかいたのだった。


「お兄ちゃん!」


 先ほどまでの魔女から一転、満面の笑みで走ってくるまひるに真也は微笑みかける。


「まひる、お疲れ様。面白かったよ」

「えへへ、よかった!」

「でも、今度はちゃんと全部出演しなよ? 最初のとこしか出てなかったでしょ」

「えへへ、バレたかー」

「どういうことですの……?」


 2人の会話に、ソフィアは首を傾げる。『ちゃんと出演』もなにも、先ほどまで彼女の演技を見たところのはずだった。


「ああ、まひるったら途中から異能の分身に全部やらせてたんだ」

「そうだったんですか。わたくし、差なんて全く分からなかったのですけれど……」

「え? そうだった?」


 真也が不思議そうに返答し、まひるはそんな2人のやりとりを逃さず真也の腕に抱きつく。


「ですよね! お兄ちゃんがトクベツなんですよー。お兄ちゃんは、まひるが分身か本物かひとめでわかっちゃうんですよ?」


 まひるはにこにこと笑いながら真也を見上げて、言葉を続ける。


「……で、お兄ちゃん。その人はどちらさま?」


 まひるの言葉には、真也に気がつかれぬほどの小さなトゲが含まれていた。

 まひるの好演……『客席を睨む』という演技は、むしろソフィアに向けての個人的なものだった。


「はじめまして、妹様。わたくしはソフィア・サーヴィシュナ・スミルニツカヤ。ロシアの合宿でシンヤ様と一緒に過ごしましたの。ソーニャ、とお呼びくださいまし」

「間宮まひるです。お兄ちゃん……間宮真也の妹です。

 ……で、スミルニツカヤさんはなんでお兄ちゃんと一緒に?」

「ソーニャ、でいいですわよ?」

「いえ、結構です」


 にっこりと微笑んだまひるは、今度は真也へと向き直す。


「お兄ちゃん、この人とはどういう関係なの?」

「え、いや、ロシアの合宿で同じ班になっただけだよ」

「いいえ。それだけではありません。運命の人ですわ。今後ともよろしくおねがいしますね、まひるさん」


 ソフィアの言葉に、まひるの瞳からスッと光が消える。


「……は?」

「まって、うん。運命というか、たまたま意匠が一緒なだけだよ」

「そう、同じ意匠の、運命の相手ですの」


 一歩も引かないソフィアと、光のない瞳で見上げるまひる。


「意匠が同じ『だけ』ですよね? じゃあ、お兄ちゃんのお友達ですね。スミスミツカヤさんは」

「世界的にも珍しい『棺』の意匠の、運命の人ですわ。あと、スミルニツカヤ、ですわ。ソーニャでいいですけど」

「すいません、ロシアの方の名前って、難しくて。スミルニツヤヤさん」

「スミルニツカヤ。長いファミリーネームではなく、ソーニャ、の方が簡単ですわよ?」

「ああ! ごめんなさい! ちゃんと覚えないと」


 てへ、と頭に拳を当てたまひるは、仄暗い瞳で言い放つ。


「今後もちゃんと『苗字』で呼ばないといけないから、しっかり覚えますね?」

「へぇ……そうですの。よく分りましたわ。今後とも『よろしく』お願いしますわね? まひるちゃん?」


 うふふ、と笑い合う2人の間には、バチバチとした視線のやり取りが繰り広げられる。

 挟まれた真也は、生きた心地がしなかった。


 まひるは夜の公演で『ハムレット』のオフィーリア役をするため、面会もそこそこに2人は教室を離れる。

 まひるがオフィーリアをやると聞いたソフィアは、「お似合いですわね」と微笑み、まひるもそれに笑顔で「スミルニツカヤさんこそ、ぴったりですよ」と微笑み返した。


 絶対零度の空気の中、その『オフィーリア』がどんな役か知らないほうがいい気がした真也は夜の作品を見るのを止めておこうと決意し、ソフィアとあてもなく構内を歩く。

 あてもなく、というのは、2時間一緒に文化祭を回るといったものの、これ以上ソフィアを知り合いに会わせるのは躊躇われたからだ。


「なぜ、皆さん仮装してらっしゃいますの?」

「ああ、なんか……名物なんだって」


 文化祭を楽しむ客たちは思い思いにコスプレを楽しみ、学生たちもそれに合わせて有名なアニメキャラなどの格好で彼らを迎える。


「ハロウィンでもないのに、不思議な名物ですわね」

「まあ、日本人って、何かにつけて騒ぎたい人種だから」


 興味深げに周りを見るソフィアに、真也は心の中で『今自分は、仮装の際たるものをしているけどね』とツッコミを入れながら、口には出さずに彼女の隣を歩く。


「何かにつけて、騒ぎたい……じゃあ、シンヤ様も、ハメ、外しちゃいます?」


 悪戯な笑みを浮かべたソフィアは、これでもかと真也へと体を寄せ、真也は自分の左腕に当たる柔らかいものから全力で意識を遠ざけながら、少し体をずらした。


「あーちょっとごめん何言ってるかわかんないや」

「……いけずぅ」


 態とらしく頬を膨らませるソフィアに愛想笑いを返していると、隣を歩く女性2人の何気ない会話が、真也の耳に飛び込んでくる。


「さっきのコスプレの子、すごかったねー」

「ね、全身緑色だったけど、あれ、なんのコスプレなんだろー? 全身緑に、コート姿。そんなキャラいたっけ?」


 真也は、嫌な予感がして立ち止まる。


「全身、緑色……? あ、あの、すいません!」


 真也は不安から、女性たちに話しかける。

 普段なら見知らぬ女性に話しかけるなど、真也にとってハードルが高すぎる行為であるが、今ばかりはそうもいっていられない。


「えっ、は、はい?」

「わ、この子男の人!?」

「どうも、性別反転メイド喫茶やってます。じゃなくて!」


 全身緑色。そんなキャラクターはこの世界で見たことがない。それは、緑色のキャラクターが『殻獣』を連想させることがあるからだ。

 どんなマスコットも、全身緑色というのは野菜の擬人化でもない限り存在しないのが、この世界での基本だった。


 そんな中、真緑の『女の子』。真也の頭の中に、1人の少女が思い浮かぶ。


 人型殻獣乙種『クー』。

 もしも彼女が勝手にここへきているとしたら大問題である。津野崎が連れてきたとしても、それはそれで大問題。


 人型殻獣は秘匿されるべきものであり、この世界の常識を覆しかねない存在なのだ。


 もしも『波紋』のオーバードが気まぐれに異能でも発現させようものなら、一発で『見つかって』しまう。

 それはなにがなんでも避けなければいけない。


「全身緑色、ってどんな子でした!?」

「ちっちゃな女の子でしたよ。なんか、ぶかぶかのコートを羽織ってて」

「どこで見ました!?」

「向こうの広場の奥の方で。すぐに奥の林に入って行ったから、今もいるかは……」


 真也は「ありがとうございます」と女性二人組に礼を言うと、ソフィアへと振り向く。

 ソフィアも合宿中に人型殻獣と遭遇しており、真也がどのような懸念を抱いているのか直ぐに理解できた。


「シンヤ様、緑の肌って」

「違ったらそれでいいんだけど、まさか……」


 真也は嫌な予感を感じ、女の子らしいポシェットに入れていたスマホを取り出し、電話をかける。

 電話先は、『津野崎真希』。数コールの呼び出しの後、テレビの音をバックに、眠たげな津野崎が電話口につながる。


『ふぁ……ハイハイ津野崎です。間宮さん、どうされました?』

「津野崎さん! 今どちらですか!?」

『え、どちらも何も、今日はオフでして、久々に家にいますネ。いま起きたとこです、ハイ。

 あ、文化祭ですかネ? 明日、伺おうと思ってますよ』

「クーは……クーが研究所にいるか、確認できますか!?」

『……どういうことです?』

「文化祭に、クーの特徴をもつ女の子が来ているみたいなんです」


 真也の言葉に津野崎は眠気が吹き飛んだようで、『待っていてください、確認します』と電話口を離れた。

 津野崎がほかの電話機で数言交わした後、大きな声で『何やってるんですか!』と叫ぶのが真也の方にまで聞こえてきて、真也は自分の嫌な予感が現実のものになろうとしていると予感する。


 再度、真也との電話口に戻ってきた津野崎は、大きなため息とともに、口を開く。


『えー……間宮さん。非常に、お伝えしにくいんですけど、ネ……』

「津野崎さん……?」

『どうやら、昨日の夜に確認して以降……研究所にクーの姿が無いそうです、ハイ』


 津野崎の言葉に、真也は今度こそ実際に頭を抱えた。


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