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104 『純東雲』と『編入生』


「純東雲がなんだっていうんですかっ! むかつく!」


 選挙事務所として利用を許された多目的室の中、まひるは配りきれなかったパンフレットをテーブルに置くと、腰に手を当てて吠える。


「中等部だとわかりにくいかもしれないけど、高等部だと純東雲かどうかって、割と大きな問題だからね」


 そんなまひるに声をかけてきたのは、苗の友人であり2年生の北田雄基きただゆうきだった。

 タレ目の柔和そうな雰囲気を持つ彼は、いつもとは違う理由で目尻を下げながらまひるに話しかける。


「でも、まひるちゃんのクラスにも、そういう人いるでしょ。東雲生は、編入組の先輩より偉いんだー、とか言う人」

「え? えっと……その……」


 まひるは雄基の指摘に言葉を濁すと真也の方をちらりと見る。


 その様子は、実際にまひるが口に出すよりも雄弁に、現在の東雲学園を表していた。


 編入生は基本的に高等部からしか入学しないため、まひるの所属する中等部2ーAは純東雲と呼ばれる予定の生徒たちしかいない。そのため、『編入生』が話題に上がることはほとんどないが、たしかに先輩の雄基が言っていたようなことをしゃべっている人間を見たことがあった。


 まひるの反応に雄基は息を吐き出しながら言葉を続ける。


「やっぱり、急に入ってきた人相手だと、気心が知れてないからちょっと攻撃的になっちゃうのかも知れない。いじめ、ってほどではないけど、やっぱり軽んじられるというか……高等部はラウンジの優先使用権は純東雲にあるし、食堂なんかも、実は座れる席が決まっていたりとかね……」

「そうなん……ですか……」

「僕は編入生だからね。……色々と気を遣うし、『遣わされる』のさ」


 全く知らなかった事実に真也は驚く。しかし、そんな真也の驚きよりも大きな反応を返したのは、まひるだった。


「お、おにいちゃん、大丈夫!? いじめられたりとかしてない!? もしそうなら相談して! お兄ちゃんをいじめるやつ、まひる、こ……やっつけるから!」


 急に肩を掴まれ、必死の形相で真也に言いよるまひるに、真也の驚きの要因は『東雲学園の闇』から『妹の大声』へと変化する。


「え!? だ、大丈夫だよ!?」

「ほんと!? ほんとに!?」


 ガタガタと肩を揺さぶられる真也は、なんとか妹を落ち着かせようと自分の両肩に乗せられた手に自分の手を重ねる。


「ほ、本当に大丈夫だって。……っていうか、ラウンジの優先権? とか初めて聞いた……」

「まあ、間宮くんはAクラスだからね。Aクラスの生徒は、純東雲だとかいう以前に『特別な存在』だから。

 しかも間宮くんはAクラスの編入生の中でも有名人だし、他の編入組みたいに扱える人間はいないだろうね」


 思いもよらぬ言葉に、真也は雄基に聞き返す。


「有名人?」

「編入組の間宮くんとレオノワさんがオリエンテーション合宿で女王捕獲したでしょ? ニュースではレオノワさんの名前しか出てないけど、みんな知ってるよ。そんな間宮君の前で、編入生を無下にできるような人間がいない、ってだけだと思うな。裏では色々とね、あるよ?」

「……そうだったんですか」

「うん。実際僕も、そんな間宮くんと一緒に選挙補佐をやるなんて思わなくて、驚いたよ。

 ……たぶん、相模くんも、そんな間宮くんが苗さんの選挙補佐に入っているから、あんな風に牽制してきたんだと思うな」


 生徒会長候補は4人。


 報道部による事前調査の中で今一番その席に近いのは去年光一の選挙補佐をし、今朝に真也たちに苦言を呈した相模満流。残りの3人がほぼ横並びで、『九重』である苗が僅かに優勢、といったところだ。

 苗のみが『純東雲生』ではないが、現会長の妹というのが大きく関心を集めている状態である。


「それって、お兄ちゃんが目障りだからってあんなことを言ってきたってことですか!?

 ……あんな人が生徒会長になるとか、絶対いや! 純東雲だからってお兄ちゃんより偉いわけないのに! むかつく!」

「まひる、落ち着いて」

「お兄ちゃん! いい!? 純東雲だからって、あんな人ばっかりじゃないんだよ!」

「し、知ってるよ。クラスの大半は純東雲生だけど、みんないい奴らだし……」


 まひるの頭の中では、今朝の光景が反芻されていた。

 純東雲生でないことを強調し、真也をこき下ろす姿はまひるにとって殺意しか湧かなかった。

 なまじまひるは『純東雲』と今後呼ばれるような存在である。それを盾に真也を傷つけられたせいで、真也が純東雲という存在に苦手意識を持てば、万に一つ、自分にまでそれが及ぶかもしれない。

 それは、まひるにとって恐怖でしかなかった。


「お、落ち着いて、まひるちゃん」


 怒るまひるを雄基はどうどう、と制し、そんな様子のまひるに、苗が声をかける。


「……まひるさん、純東雲、というのは大きなことなんです。生徒の約7割は純東雲生ですから。

 彼らの票を大きく得る事が、生徒会長になる最短ルートなんですよ」

「なら、去年も『そんな理由』で、九重先輩は生徒会長になったんですか!! 一年生の頃は投票権なかったけど、もし投票権があったら絶対九重先輩には入れなかったもん!」


 まひるの怒りは収まらず、今度は去年の生徒会長である光一を引き合いに出し、苗にまで噛み付く。

 兄のことを悪く言われた苗は、怒るでもなく困ったように眉を下げるのみだった。


 返答に困る苗を見かねて、再度雄基が口を開く。


「……まひるちゃん、九重先輩は多くの公約を掲げて当選したんだよ。純東雲だからってだけじゃないよ」

「でも、純東雲なんですよね? それだけで有利なんておかしいです!」

「……まあ、その、『有利』というか」


 まひるに押されながらも、なんとか返答しようと口を開きかけた雄基の言葉を継いだのは、苗だった。


「これまでの生徒会長は……候補すらも、全員が純東雲生でしたから」


「え?」


 苗の言葉にまひるが驚き、苦虫を潰したような顔で雄基が続く。


「……苗さんは中3からだから他の高校からの編入性とは違う。けど、確かに純東雲ではない。

 今まで純東雲しか立候補した人間がいないから、対立候補がそこをついてくるのは定石では、あるよね……これほど露骨に言ってくるとは思わなかったけど」


 まひるは驚いた表情のまま、苗に質問する。


「え、じゃあ、苗先輩が生徒会に立候補した、はじめての編入組ってことですか?」

「本当に初めてかは分からないけど……でも、遡って調べたところでは、私だけですね」


 真也は、重くなった空気を吹き飛ばさんと明るい表情を作る。


「へえ! なんか、こう、政治革命……って感じですね」

「……そうなると、いいんですけどね」


 そんな真也の言葉にも、苗は薄く笑うだけだった。


「苗先輩、そんな弱気じゃダメですよ! 私たちが応援しますから!」

「そうそう、一緒にがんばろ、苗さん」

「俺も力になります!」


 選挙補佐として、そして友人として、3人の補佐は苗に励ましの言葉をかける。


 そんな言葉に、苗は少しだけ微笑みを強める。


「……みなさん、本当にありがとう。未熟者ですが、精一杯頑張りますね」


 深々と頭を下げる苗に、真也はより一層気合いを入れた。


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