社会とは
「お疲れ様でした」と同じ時間にシフトに入っていた大学生の男が先に帰路へとついた。
口から吐く白い吐息なのか煙草の煙なのか匂いでも判断できないような珍しい12月上旬だった。
この寒さだと帰りたくなるよななど思いながらも、
気づけば店長の渡部さんとバイトが終わってから、かれこれ1時間は店の外で話し込んでしまっていた。
渡部さんとは出会ってから三年ほどたつが、
いつもお互いの趣味であるインディーズバンドを紹介し合っていた。
最近はジャンルが変わってきただの、高校生の頃にはあのバンドを聞いていたといった、
きっと一度はお互い話したであろう話題をなんども繰り返し話していた。
25時を少し過ぎた時、渡部さんが「そろそろ帰ろうか。」と僕にはっきりと聞こえる声でいった。
禁煙を初めて1週間程度の渡部さんを横目に、何か恨みでもあるのだろうかといったほど、
煙草を吸っていたからだろうか。
少し嫌味のように聞こえながらも、帰りそぶりを見せた渡部さんの後ろを僕もついていった。
「また鍋でもしよう」と先ほどの嫌味をかき消すかのような帰りの挨拶で渡部さんは帰路についた。
少し考えれば、渡部さんと僕は一回り年も違っているし、
子どもこそいないがまだ結婚して2年ほどで家庭もある。
あまりの自分の浅はかな考えに嫌気をさしながらも、僕も帰路へとついた。
バイト先であるファーストフード店から、僕の家まで歩いて30分ほどである。
この帰り道が僕にとって一番自由で世の中の全てを分かった気にさせてくれる時間だった。
スマートフォンにイヤホンを差し込んだ瞬間に、僕だけの世界が広がっていく。
インストゥルメンタルの楽曲が流れてきたが、なんとなく今の気分に合っていたので
それを聴きながら、僕は歩き出した。
この時間が好きだからこそ、僕は夜が好きだと胸を張って言える。
朝焼けは気味が悪いと感じてしまうし、趣味の音楽だって夜に合うものばかりで
早朝に聞いたって気怠い気持ちになってしまう。
でも心のどこかでは6時に起きて、朝食を摂り、良い時間の使い方をするような
いわゆる「社会人」と言われるものになりたがっていた。
いや、ならなければいけないと思っていたというのが正しいのかもしれない。
いつからこうなってしまったのだろうか。
よく考えれば子どもの頃から早起きは苦手で夏休みのラジオ体操も行けなかったし、
周りとの協調性もあまりなかった。
といった、よく考えてもいない浅はかな理由を思いつき、また自分に嫌気をさした。
天才でもないのに、自分が奇を衒うような少年であったように、書き換えたくなる自分が嫌だった。
そんなことを考えているうちに、いつも寄って帰るコンビニの灯りがみえてきた。
僕は特に用もないのにその灯りに引き寄せられていった。
「いらっしゃいませ」の声はない。
僕はいつもそのコンビニの自動ドアが開く前にイヤホンを耳から外し、首へとかける。
何も変わっていないと少し胸をなでおろし、イヤホンを外したのと同時に現実へと戻る。
小腹も空いていたので、僕はいつも通りミートソーススパゲティを手にし、レジへと向かう。
店員はレジの下からすっとフォークとカフェラテ用のカップを出し、ミートスパゲティを温めてくれる。
僕もそれに負けじと、電子マネーを必要とさせない速さで580円をレジへとだす。
店員はミートスパゲティとフォークとおしぼりを同じ袋に入れて会釈した。
僕も軽く会釈をし、カフェラテをカップに注いで、カップに蓋をし、自動ドアの外へと出た。
もう一度僕はイヤホンを耳に押し込み、また自宅へと歩き始めた。
だいたいコンビニから自宅まで五分程度でつく。
猫舌の僕が自宅に帰る頃には、ミートスパゲティは食べ頃になっている。
左肘にコンビニの袋をかけて、煙草に火をつけ、カフェラテをすすっていればちょうど自宅につく。
いつも通りの行動をして、僕は自宅へ到着した。
僕はイヤホンを耳から外し、グルグルとスマートフォンに巻きつけて、
友人からもらったソファーに腰をかけ、ミートスパゲティを勢いよくすすり、五分程度で食べ終えていた。
再び煙草に火をつけて、カフェラテをすすりながら一服した。
ふと気づけば27時になっていた。またあの奇妙な朝がくるなと憂鬱になりながら、
僕は風呂場へと向かった。
この時もうすでに僕は眠りたかったが、シャワーを浴びないと少し気持ち悪くて眠れない。
だが、シャワーを浴びて、「社会人」より少し長めの髪を乾かしていると眠気が冷めていた。
寒さが嫌いな僕はそのまま布団に入り、スマートフォンでネットサーフィンをしていた。
29時半頃トラックや新聞配達の音に包まれながら自然と眠りについていた。
きっとまた昼過ぎに起きるのだろう。
朝はきちんと起きた時には気持よく、物事がすべて上手くいっているのではないかと錯覚させる。
皆、そんな錯覚に騙されて動き出す。
毎日毎日騙され続け、一種の麻薬のようなものだ。
朝食もとらず満員電車に揺られ、会社に行き、デスクに座りネットサーフィン別に仕事をする訳ではない。
朝起きたら仕事と錯覚しているだけと自分に都合の良い妄想をしながら眠っていた。