後編
葉月さんの隆盛 後編
八月も残り僅かのその日。暑さは以前、厳しいものの、時折、秋の訪れを感じさせる涼しさもある。そう言えば、以前はうるさかった蝉の声もいつしか聞こえなくなり、代わりに秋の虫が鳴いている。
僕は花火大会の時以来、葉月さんとは会っていない。あの後も、精力的な彼女は山でキャンプに海でバーベキュー、お寺で肝試しと夏のイベントを満喫していたらしかった。ただ、八月も残り僅かになった今、彼女の話があまり聞こえてこないことに気づいた。きっと、今でも何らかのイベントで忙しいのだろうと思っていたが、意外にそうではないのかもしれない。
僕にも覚えがあることだが、子どものときは八月最後に近づくとカウントダウンのような心境だった。そして、提出期限が迫る夏休みの宿題、これから訪れる新学期への不安。まさに悪夢のカウントダウンである。
月の擬人化した女性である葉月さんなら、これと同じ心境なのでは?と僕は心配になった。しかし、あんなに自信に満ち溢れた葉月さんが夏休みの宿題に追われる小学生の気分になるだろうか?そんなことを思っていると僕はこの先に佇む女性の姿を見つけた。
僕は息を呑んでゆっくりと女性に近づいていった。Tシャツにジーンズ、サンダル履きというラフな格好だったせいか、彼女が葉月さんだと気づくのに時間がかかった。前は鮮やかな浴衣姿だけにギャップが大きい。そして彼女はゆっくりと僕の方に振り向いた。
「あら、久しぶりね。花火大会以来かしら・・・・」
彼女の声は元気がなく、どこか寂しげだった。僕はそう対応していいのか分からず、すぐに返事が出来なかった。
「あ、あの、こんなところで何をしているんですか?」
「少し疲れてしまってね。それに何だか、寂しい気分なのよね・・・・」
そう言うと彼女は少しだけ口角を上げた。元気がなさ過ぎてそれが笑顔なのかも分かりにくい。これはいつもいじられ役の水無月さん以上だ。
「そうだ、花火でもしない?」
そう言うと葉月さんは市販されている花火のセットを取り出した。あの壮大な花火大会と比べるとすごく地味だが、僕は彼女の提案を受け入れることにした。
花火セットはコンビニとかで普通に売られているものだが、意外に種類があって楽しめた。ロケット花火やねずみ花火、簡単な打ち上げ花火とかあって、最後に最も地味な線香花火が残った。
「まるで私みたいね。こんなに豪華な花火が揃っていても、最後に残るのは地味な線香花火・・・・」
「いやいや、そんなマイナスに考えないでくださいよ。線香花火もきれいですから」
「そうよね・・・・」
彼女はそう言って線香花火に火をつけた。線香花火からは小さな火花がバチバチと出始める。腰を下ろして、その小さな火花に見入る葉月さんはどこか弱々しく頼りなさげだが、違う美しさも垣間見えた。派手とか地味とか関係ない。彼女はやはり綺麗な人だったのだ。僕は彼女の横顔に見とれた。
「私、線香花火をしているとすごく切ない気分になってしまうのよね。特に最後に光の玉が少しずつ大きくなって、もう少しというところでちぎれて落ちてしまうじゃない。ああ、そのとき、夏も終わるんだって気になるの・・・・」
まるで自分自身も終わってしまうみたいな言い方だ。確かに八月ももう少しで終わりであることは確かなのだが。僕は夜空を見上げた。当然、この時期に花火大会は行われていない。ただ月があるだけだ。
「ああ、来月になったら月を見て綺麗ねなんていうんだわ。本当に寂しいわね」
葉月さんは心底悲しそうな顔で夜空を見上げていた。八月というモノは前半と後半で全く違った心境になる月らしい。隆盛の後には衰退しかないということだろうか。僕まで少し切ない気分になった。




