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しがない私と天使な彼女  作者: 東雲
3/5

しがない私と天使な彼女

第三話にこのサブタイトルを持ってきたくて、三話に四話をくっつけました。

カチッ…カチッ…カチッ…と時計の音が規則的に聞こえる。

あれからどれくらい経ったのだろう。

ふと気になって壁にかけてある時計に視線を向けるが、暗くてよく見えない。

仕方なく立ち上がり電気を点ける。

すると今までずっと暗い部屋に居たからか、目がちかちかする。

改めて時計を見やると、もう日付が変わっていた。

朝三時を少し回った所。


「今日、バイトだ…。」


今日は朝からバイト。

このまま寝る訳にもいかず、取り敢えず風呂に入る事にする。

湯船に浸かりながら今日、いや正確には昨日あった事を、ぼんやりと思い返していた。



「父は死にました。」


そう言う彼女の顔は恐ろしく冷え切っていて、十五歳のそれにはとても見えなかった。


「それってどういう…。」

「そのままの意味です。」

「そういう事じゃなくて…!」


尚も冷静に話す彼女に恐怖すら覚えている自分に気付く。


「…父はとある女に殺されたんです。」


それから彼女は淡々と話し出した。

私はそれをただ黙って聞いている事しか出来ない。


「父と母は不倫関係にあったみたいです。」


十五歳の少女から「不倫関係」なんて生々しい言葉が出るとは…。


「それで私が生まれて…三年程前に前の奥さんに刺されて死にました。」


えらく簡潔に言ってのける彼女。


「それから私は母と二人で暮らしてました。でもいつからか「時間がない」ってなにかを調べはじめたんです。」

「それって…。」

「今考えてみると、恐らく真琴さんの住所を調べていたんだと思います。」


何故あの人が私の家を知っていたのか、ずっと疑問に思っていた。

そういう事だったのか。


「それであの日突然私には姉が居ると聞かされ、今から会いに行くと連れられたんです。」

「そうだったんだ…。」


それで今に至る、という訳らしい。

ここまで聞いてやはり疑問に思うのは…。


「時間がないってなんなんだろうな…。」

「さあ…。」


そしてまた沈黙。


「今日は帰ります。」


それを破ったのは今度は彼女の方だった。


「帰るって…一人で大丈夫なの?」

「はい。大丈夫です。」


そう言って立ち上がる彼女。


「…どうしたんですか?」

「あ…。」


いつの間にか掴んでいた彼女の腕を慌てて離す。


「えっと…。」

「?」


彼女はきょとんと首を傾げて私の顔を見ている。

だってこれじゃまるで…。


「…君まで居なくなったり、しないよね?」

「…。」


これじゃまるであの日の母みたいじゃないか。


「…大丈夫ですよ。」


そう言うと彼女は私の頭を撫でた。

精一杯背伸びをしながら。


「め…ぐみちゃん…?」

「大丈夫です。私はまた来ますよ。」


彼女は満面の笑みでそう言った。



ああ…。

いつの間にか寝てたのか。

遠くで鳴り響く着信音を聞きながら寝惚けた頭で今の状況を整理する。

そして導き出される一つの答え。

そうそれは…。


「ね、寝坊した…。」


慌てて今度ははっきりとした頭で状況を整理する。

いや、その前にさっきから引っ切り無しに鳴っている携帯をなんとかするのが先だろう。

携帯を手繰り寄せて恐る恐る画面を見るとそこには「店長」の二文字。


「ああ…これはやばい…。」


震える手で電話に出ると開口一番に怒鳴られた。


「す、すみません!すぐ行きます!」


電話を切ってからすぐに身支度を整える。

そこでふと、昨日の夜からなにも食べていない事に気付く。

それでも不思議と空腹感はない。

まあ、あんな話を聞いた後だ。

食欲だって失せるだろう。


「ああ!早く行かなきゃ!」



数時間後。

バイトが終わってふうと一息。

今日は天気がいい。

息を吸い込むと冬の澄んだ空気が肺に広がる。

携帯を開いて時間を確認すると十五時を少し過ぎたところ。


「買い物して帰ろうかな。」


冷蔵庫の中身を思い出しながら独り言を漏らす。



買い物を終えて家路につく。

バイト中も買い物中も今も、頭の中は昨日の事で一杯。

そんな憂鬱な気持ちでふと顔を上げると見慣れたマンションが。


「もう着いたのか。」


考え事をしているとうんざりする程遠く感じる家路もあっという間だ。


エレベーターを降りて廊下をしばらく歩いていると、自分の家の前に人が居る事に気付く。

その人もこちらに気付いたのか、立ち上がり軽く会釈をした。


「…めぐみちゃん。」

「こんにちは、真琴さん。」


彼女はあの笑顔を私に向ける。


「…来るなら連絡くれればよかったのに。」


荒々しい言い方になってしまった、と少しだけ後悔。

昨日の事を思い出してしまって気恥ずかしい。


「すみません。連絡先を知らなかったもので。」

「ああ、そっか…ごめん。」

「いえ。後で教えてもらえますか?」


そう言って彼女は笑う。


「…いいけど。」


またぶっきらぼうに言ってしまった。

こういう性格をいい加減なんとかしたいものだ。

なんて思いながら鍵を差し込み扉を開ける。


「取り敢えず入りなよ。」

「はい。お邪魔します。」


リビングに通し買ってきたものは取り敢えず全部冷蔵庫へ。


「コーヒーでいい?」

「あ、はい。」


コーヒーを二人分淹れ、片方を彼女に手渡す。


「今度はちゃんと砂糖入ってるから。」

「子供扱いしないで下さい。」

「じゃあブラック飲む?」

「…。」


そう言うと彼女は黙って砂糖が入ってる方を受け取る。


「…こっちでいいです。」

「そっか。」


そんな彼女に思わず笑みが零れた。


「それで、今日はどうしたの?」

「あ、はい。」


彼女は受け取ったコーヒーを一口飲むと、こちらに視線を向けた。

今度は咽なかった。


「実は、今の家に居られなくなってしまって。」

「え?」

「母が失踪したと大家さんに話したら、中学生じゃ家賃は払えないだろうから行く所があるなら出て行けと言われてしまって。」

「なるほど。」

「それで…えっと…。」

「あー…。」


言わんとしている事は後ろの大荷物を見ればわかる。

こんな捨てられた子犬みたいな目で見つめてくる少女相手に「そんなの知るか」なんて追い返せる人が居るだろうか。

いや、少なくとも一人は居るか。

本当に酷い奴だ、あの大家は。


「…言っておくけど、贅沢な生活なんてできないぞ。」

「えっと…。」

「明日、合鍵作ってくるから。ここに居ていいよ。」

「!ほ、本当ですか!?」

「うん。」


そう言って頭を撫でてやる。


「あ…えへへ…。」


すると嬉しそうに目を細めた。

…。

なんだこいつ可愛過ぎるだろ。


こうして、しがない私と天使な彼女との共同生活がはじまった。

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