その1
――10月29日(土)
「ねぇ、週末さん」
母親に頼まれたお使いの帰り道、あることに気がついた寺宮春太はその手に収まる一冊の本へと声をかけた。
「あれ、助けてあげられないかな」
陽が落ちるのも早くなり、いよいよ冬が近づいてくるのを感じられるようになった今日この頃。あたりも夕闇に包まれつつある中、春太の指さす先では薄暗い公園で一人の女の子が肩を震わせていた。
その少女は時折「ママぁ……どこぉ……」という悲しげな声をもらしている。
「迷子のお母さん探し、ですか。私にとっては全く持って余裕ですけど、いいんですか?」
意思疎通が可能なのはもはや当たり前だとでもいうように、『週末さん』と呼ばれた本が応答を示す。
「まぁこの休日を使ってあの子のお母さんを探してあげたってことで」
「わかりました。……あなたがそうおっしゃるのなら私には止める理由がありませんので」
暗い道の真ん中、春太の手の中にあった本――週末さんが淡い輝きを放ち始める。
「要求を確認。母親とその娘を引き合わせる。相違ございませんね?」
「あぁ。やってくれ」
刹那、週末さんは大きな輝きを放つと再びその輝きを失った。
「それで、今回はなにをしたんだ?」
「あの少女の母親に、それとなく少女の現在位置を伝えました」
「それとなく、ねぇ」
春太と週末さんがそんな会話をしながら待つこと数分。
「あゆみ!」
「ママ!」
一人の女性が公園内へと駆け込んできた。おそらくあの少女の母親だろう。
少女もその姿を認めると走り寄り、母親にひしっと飛びついた。
「ごめんなさい……もう家出なんてしないからぁ……!」
「うん、うん」
それからしばらく抱き合ったままの二人だったが、ふと何かに気付いたように少女が顔を上げる。
「どうしてここがわかったの?」
「この公園にいるんじゃないかなぁってなんとなく思ったのよ。それで来てみたらあなたがいたの」
「そうなんだ!」
先ほどの暗い顔はどこへやら、「えへへ~」と明るい顔で少女が笑う。
「さ、おうちに帰りましょうか」
「うん!」
仲良く手をつないで公園を後にする二人。
「いやぁお母さんにあえたようでなによりなにより」
それを見ながら春太は満足そうにうなづいていた。
「さて、僕達も帰ろうか」
一度止めてしまった足を再び家へと向ける春太。
その家路の途中、おずおずと週末さんが声をかけた。
「本当にあれでいいのですか?」
「んー?なにが?」
「確かにあの親子は救われました。でも、あなたは……!」
「またその話?」
始めこそ話を聞く姿勢をとっていた春太だったが、途端にその興味が失われてしまう。
「毎度毎度あなたがやっていることは、最低限感謝の一言だけでももらっていいはずなのに……」
「僕の時間を僕がどう使おうとそれは僕の勝手。そういうふうに決着がついたんじゃなかったっけ?」
「それは……そうですが」
納得はしていない様子でもそれきり黙ってしまう週末さん。
「母さんが待ってるだろうから僕らもちょっと急いで帰ろうか」
「はい……」
――10月31日(月)
「……さん、はる……ん、春太さん。起きてください」
まどろみの中にあった意識が引き上げられていく感覚。春太はゆっくりと目を開き、声の主へと視線を合わせる。そこには机に置かれた一冊の本が。
「おはよう、週末さん」
「はい、おはようございます。早く起きないと遅刻しますよ?」
「大丈夫大丈夫。準備は土曜日の段階で大方終わってるから」
「それでも時間があるに越したことはありませんよ」
どういうカラクリかカーテンがひとりでに開き、朝日が容赦なく部屋へ差し込んでくる。
「さぁ、新しい一週間の始まりです!」