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03 現代のヒーロー

バイザー越しに見えるノースカロライナの空は見慣れた日本のそれに比べると少し違和感がある。


恐らく、見渡す限り続く陸地と、その上に敷き詰められた見慣れない街並みがそうさせるのだろう。


ふとそこで、最初の頃は飛ぶことで精一杯だったのに、他のことに頭を使えている自分に気付くリサ。


そう、彼女は今、足に付いた二機のジェットエンジンでアメリカのノースカロライナ上空1万5千フィートを一人で飛んでいる。


ジェットエンジンと言っても見た目は金属製のパーツがエッジを効かせて取り付けられた銀色のブーツといったところか、しかし空気抵抗を考慮してフォルムはとてもなだらかだ。


オレンジとホワイトでカラーリングされたダイビングスーツを身に纏い、ラインを主張する体は黄金比という言葉がこの上なく相応しい。


両目を一体的に覆う大きなオレンジ色のバイザーと、そこ以外から除く純白に近い肌の色、そして一番目を引くのは、空気の流れによって後方へ一直線にたなびくオレンジ色の長い髪。


染髪技術が著しく向上した昨今でさえ、見紛う事無き天然の髪色であり、さらにその質感はファイバー繊維を思わせるほどきめ細かい。


目的地到達までまだ時間があるので、瀬野の言っていたバイザーのアップデートを確認するためにヘッドアップディスプレイを目のウインクで操作して、通話機能と詳細表示を起動する。


すると、それまで視界の端に小さく表示されていた高度や速度などの情報の他に、基準飛行路や、地表の地名などが実際に文字が浮かんでいるように表示される。


最新の自動車などには似たような機能があるらしいが、正直リサとしては、普段は不要な機能として使うことはあまり無いものだ。


それは、リサの常人より数倍強化された平衡感覚や反応速度の前ではそのような情報は不要、というのもあるが、せっかく自由に空を移動出来るというのに、視界に文字がゴチャゴチャと入ってくるのに興がそがれるという思いがあるからだ。


「リサ?通信は良好かい?」


起動したインカムから声が発せられた。


少年のようで穏やかな口調、先ほど別れた瀬野からだ。


適当に返事をして右下に表示された瀬野の静止画を見ながら返す。


「お前の顔が視界の左端を占領しているんだがまずこれの消し方を教えてくれ。」


わざと真剣な口調で答えると、瀬野は笑いながらしかし真面目にそこには本来映像が映る事を説明した。


「それと、画面端のこの人型のマークは何なんだ?」


「それは、君の血液量だよ。正確には正常時の血圧を現在の血圧で割った値だね。ジェットの性能も格段に良くなって、超長距離飛行が出来るようになったけど、気付かず貧血になってしまう可能性もあるからね。」


「おい、ひとの血を燃料計みたく表示しおって、こちとら飛行機じゃないんだぞ。自分の血圧ぐらい見ないでもわかるっつーの。」


そう、彼女の両足のジェットの燃料は彼女自身の血液である。


血液という表現は、人間本来の働きという前置きが付くとこの場合かなり異なった働きをしている。


彼女のそれは再生を命令されたプログラミングウイルスの膨大なエネルギー元として存在している。


もはや正常な細胞は存在すら出来ない高エネルギー環境となった体内で、そのウイルスは通常の生物では考えられない精度と速さで不変とも言うべき恒常性を保ち続ける。


「まあ、それも一応ってことで。それより長距離飛行試験を帰りにやるって本気かい?」


「ん、何か悪いか?帰りにやれば一石二鳥だろ?ここはアメリカでお前らの出航チケットは今日限り、そんでこのガソリンメーターが有れば余裕だろ?」


この急な事件が無ければ彼らは今日中に日本へ帰国する予定だったのだ。


長距離飛行試験というのは、その帰りに瀬野は軍用機に乗り、それをリサがジェットブーツでランデブーして航続距離を計測する、というもので今までにも何度か行われている。


「その前に、今回の案件は戦闘になる可能性が高い。十人前後の武装集団が相手だ、今までの半奉仕活動とは訳が違う。」


「こないだやったあの、バーチャルなテストではその数倍の数を相手にしてたし大丈夫だって。」


「今回は人質もいるし、相手も一応プロだ。信頼してない訳じゃないが飛行試験は戦闘が無かった時のみってことでいいね?」


「分かったよ、じゃもう目的地だから切るぞ。んじゃまた。」


まだ、小言を言いたそうな瀬野の返事を聞くと通信を切る。


バイザーには上空からでも分かるように目的地に空に向けてホログラムの柱が映っており、それが大分近づいて来た。


都心とあって摩天楼がそびえ立っており、目的地の地表が目視できず、ビル避けて降下をして現場が見えてくると、そこのはハリウッド映画さながらな厳重な警戒態勢が引かれていた。


いかにも特殊部隊といった暗い戦闘服を羽織い、両手で持つような大きめの銃を持った男達二十人余りが研究所正面の一番内側に、それぞれゴツい車の裏に控えており、その外縁に数多の警察官が控えている。


リサがビルを旋回した辺りで空飛ぶ彼女の存在に気付いた警官の一人が指を指し、発音良く彼女の名前を叫んだ。


どうやらこちらでの活動も幾つかこなして知名度もあるようで、他にも続々彼女の存在に気付き、歓声が外野の方からも聞こえてきた。


当然日本での活動も国際的に報道されるが、日本でもここでも彼女は「リサ」の愛称で呼ばれており、初めは空を飛んでやってくるヒーローなんてものをもてはやしていろいろなメディアでその存在を検証したり議論したりされたものだ。


しかし、実際単独で飛行すること自体はかなりの前から成功しているし、高額であるが所有する事も出来るご時世だ。


それでも専門家からすると、リサのブーツ型ジェットのみでの飛行は人知を超えたものに思われることも多い。


そこに抱くリアルなギャップは人それぞれであり、多くの人間はひと足先の技術を慈善活動のついでに宣伝している、程度の感想がほとんどだというのが瀬野の見解であったが、現代において彼女のことを宇宙人などと本気で言っている人が居ないというのは、リサ自身にも多くの人が自分の存在を現実に受け入れることが出来るぐらいに、現代の技術の発達はめざましい事を実感させる。


外人が自分を見た時のリアルな反応を見て、そんな事を一瞬考えていたリサは減速のタイミングをミスして、すぐさま地面に向けてスロットルを開いて緊急着陸を試みるが、周りの人だかりもあって、全開とはいかず、勢い余ってパトカーのすぐ横のコンクリートの道路に突っ込んでしまった。

直前の逆噴射も相まって辺りに粉塵が飛び散って、それを見た周囲の警官から悲壮な声が漏れるが、すぐに何事も無かったかのように煙の中から現れたリサは一見しっかりとした足取りで現場に向かっているようで、このアウェイな空間に珍しく緊張していることに内心自分でも気付いていた。


コンクリートは剥がれて下層が露わになっているが、このブーツには見たところ傷一つない。


一体何で出来ているのか不思議に思いつつ大勢の警官の中を道を開けられながら歩いていると、急に瀬野から着信があった。


「大丈夫かい、リサ。」


瀬野にしては慌てた口調だったが、瀬野自身も何かしらで現場を見ているだろうから、見れば分かるとは思いつつリサは無事を伝える。


「ちょっとしくじっただけだよ。ああ、それより外人ばっかだと、何だ、アウェー感がすごいな。」


「アウェー感?君もそういうの気にするのかい?大丈夫だよ、見たところみんな君を歓迎してる。」


「あの特殊部隊っぽい奴に合えばいいんだよな?・・・おい、みんなホンマモンの銃持ってるぞ。」


「まあ、そのための部隊だからね。じゃあさっそくだけどバイザー新しい機能を使ってみてよ。」


リサは、そういう瀬野の指示に従って、バイザーを操作すると、急にそこかしらに黄色いレーザーのような光線が表示された。


「おい、なんだこれ、レーザーみたいなのがいっぱいみえるぞ!」


「落ち着いて、それもただのホログラムだよ。まずその光線の発信源を見てみて。」


落ち着いて光線を辿るリサ。


そうすると特殊部隊の持つ銃にたどり着き、そこに焦点を合わせるとそこから噴き出しで「hk416」と表示が追加された。


「その光線は視界に入った銃の銃口の向きを視覚的に解析して、弾道をホロで表示したものなんだ。でもこれも万能じゃない。銃の形をしていなければ反応しないし、遠距離からの狙撃などには効果がない。」


「へー、これはすごいな。」


「これも不必要ならば消してもいい。君の場合、光線を頼りにするより、銃を構えられる前にかわした方が速いからね。」


「そんなに信用されてもね。でも今回はありがたく使わせてもらうよ。じゃあ、あちらさんがお待ちだ、また後で。」


通話を切って、前衛の部隊の所まで来ると、その中の一人がリサの元へ駆け寄って来る。


長身なリサの更にジェットブーツで底上げされた身長と同じくらいの大男だ。


さらに厚着していても分かる筋肉量で、瀬野とは全く逆の印象を受ける。


そんな壁のような大男とヒリヒリと来る周りの視線に、一瞬気押されそうになるリサであったが、あえてリサは大振りで、右手を前へ出しシェイクハンドを求めたのだった。

読んで頂きありがとうございました。

こんな文章に時間を頂けてただただ感謝です!

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