俺にだけ。
…ちいっ。
決定打足り得る一撃を与えることができず、灰は小さく舌打ちをした。
全力を出せば…あの雷を全開にすれば、勝負は一瞬。
だが…。
まだ…足りねぇ。
どうして、こいつが“こっち”で俺が“向こう”なんだ。
その理由に…まだ、達することができていない。
投影と投影とがぶつかり合う。
それはつまり…それを構成する想い同士がぶつかり合うということ。
…衝突した瞬間に、何か…水のような形をした“何か”が流れ込んでくる感覚があった。
一撃、一撃がぶつかり合うたびにそれは流れ込み…そしてまた、流れ出しもして…脳裏に見たことの無い光景が映る。
それは…自身が辿ることのなかった記憶。
笑って喜び、抱きついてきてくれた、彼女の姿…。
「っ…ああああああああああ!!!」
想いが溢れ出す。
無限に湧き出る赤黒い雷が身体中を包み込み、その剣を更に加速させるーー。
1度目。アッパーカットのように斬り上げるとも、仁のナイフはそれを防ぐ。
しかし2度目。上に投げ出された右手は、次いで繰り出された剣舞を防げはしなかった。
肉を貫く音。腹を突き刺したその剣はそのまま上へ。
肩の骨を真っ二つにして通り抜け、剣の軌跡を辿るように、彼から血が噴き出す。
「っぐぁ……ぁ……」
自分は存外にしぶといらしい。
魔力を腕に集中し、その光る手で傷を抑え、なんとか血を止めようと足掻く。
「…この世界がどうなろうといい。ここまでしようが灰身滅智を深めないなら…それがお前のエンディングなんだろ」
剣をくるりと一度回し血を飛ばし払うと、牙突の構え。
……。
息を吸い、吐く。
緊張しているわけではない。
…体が悲鳴をあげているのか、手が痛む。
だが、そんなことはどうでもいい。
地面を全力で蹴り飛ばし、体をロケットのように急加速させる。
踏まれた草が空に舞うが、彼の意識にはない。
風が吹き、髪を撫でる。
…何故かそれは、優しかった気がする。
…最期に頬に触れてくれた、彼女の小さな手を思い出した。
放たれた音速の突き。
心臓へ向けて放たれたそれを、仁は刀身を両手で掴み、止める。
しかし力の拮抗はやがて終わり、刃は肉の奥へ入り、心臓まであと数cm…。仁は痛みで力が入らないながらに、それでも生きてみせようと、なんとか必死にもがき続ける。
まさに死の直前…それでも仁は、灰とは化さない。
筋力差は歴然。力がまたも拮抗し、剣が震えていたが…じりじりとそれは押され、仁の心臓へ進んでいく。
…左手の指が悲鳴をあげていたが、知ったことじゃない…っ!決めてやる…!
どくり、どくりと、心の早まった音が届く。そしてそこへついに…。
…紅だ。
紅い、赤い、朱い…血。噴き出したのは、どこから…?
…灰の左手。そこにあった筈の人差し指が宙を舞い、血を出して落ちた。
そしてもう一つ…舞う指の隣に、光る何かが同じく、寄り添うように飛び…灰はそれを、人差し指の無くなった左手で掴んだ。
今がチャンスと剣を押し返され、灰はされるがまま、2、3歩後ずさり…そして、握った左手を開いた。
…掴んだのは、赤い線の走る鉄の塊。それは血を全身に帯びていた。
それは再び円形に戻り、指輪としての形をまた取ることになった。
…どうやらそれが縮まっていき、指を吹き飛ばしたらしい。
記憶が蘇る。
『じぶんを、ころさないで』
彼女の…フィーリアの最後の願い。
彼女の首輪から線が消えたのは、繋がりが消えたからではなかった。
彼女の絶対命令権が使われた…願いを、託されたからだったのだ。
新たに繋がりが結ばれていた…その事実が、彼の心に届く。
「…そうか。…約束、したもんな。…お前の頼みは、なんだって聞いてやるって」
杖を取り出し天使に、今にも死にそうな仁を回復をさせる。
そして仁に背を向け、灰は瞳を閉じた。
ーーいつかの選択。例えば俺が、命令権を使ってフィーリアを家に帰していたら、或いは家から出さないようにしてたら、彼女は殺されることはなかったのか。いいや、家が襲撃に遭う可能性だって0じゃない。
結局…全て、偶然なのだ。
イヤホンしながら自転車に乗ろうが、スピードを最低限にして常に警戒して歩いていようが…死ぬ時は死ぬ。いままでの苦労が全部泡になりもする。
…選択を間違えたかどうかなんて、後になっても分かりはしない。
同じ行動を取ろうと、結果が違う可能性だってある。
…それほどまでに、この世界は理不尽だ。
死ぬべき人間が死なず、生きるべき人が生きれない。
だが…その結果、得ることだってある。
…きっと何処かに、自分よりも幸せな自分がいる。
それでも…そいつは知らないんだろう。
俺だけが…彼女の願いを知っている。
“この俺”に対してだけ、あいつは託したんだ。
…彼の右の口角が上がっていることに気付く者はいない。
「…じゃあな」
「…ああ」
互いに多くは語らない。
落ちた指を拾い、“何処か”へしまう。
天使の残った魔力で、草原についた血を浄化、まるで“自分”がいなかったかのように。そして天使は杖へ戻り、杖もまた“何処か”へ。
灰は振り返り、自分を正面に見据える。
…薄れ行く体。
世界という闇そのものの空間で、俺と彼は、別の道を辿った。
…元にはもう、戻れない。
彼には彼の物語があるのだろう。
灰は歩みを進め…そして立ち止まらず、仁の横を過ぎて行く。
視えない壁があるかのように、2人はもう同じ道を進めはしない。
どちらからともなく同時に…右手と右手の甲をぶつけ合う。
血と血が、骨と骨が、響きあって伝わり合う。
“自分”に別れを告げる。
そうして彼が仁に背を向け歩き出すと…彼の体は風に舞う灰のように消え去った。
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…いつか、語り合えたら嬉しい。
俺のとこだとこうだったんだぜ!みたいな…そんな世界があってもいいかもしれない。
…後ろを振り返ることはしない。
真っ直ぐに、自分がこれから選べる道達…そこへ向けて一歩また、進むことにした。
感想もらいました!その為執筆速度加速中…今日中にもう1話上げます。
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更新通知などしていく予定です。そちらでの感想もお待ちしています。




