夢か現実か
「ーー…症ですね」
見たこともないインテリ眼鏡な医師にそう告げられた。
この病気の症状は2段階ある。
普段から頭がフラフラし、ある日気絶…これが第一段階。
「ここでも死にそうになるのですが、何故か100%生きています」
「ですが次に気絶した時、確実に死にます」
そう言われて…拒否権などありはせず…眠りにつかされた。
言われたのは…麻酔で約3年ぐらい眠ってもらい、病気が自然と消えるのを待つ、というものらしい。
仲間たちにも説得され…考える暇もなくそのまま眠りについた。
…そして、目を覚ます。
なぜ、病院…?
近くの机に置いてあったスマホを起動する。
自分無しにすさまじい数が飛び交っていたSNS上の会話。
パッと流し読みをしていると、その中にはフィーリアもいたものだから驚いた。
そのグループでの会話も、ある時期を境に消えてしまっている。
…恐らく、機器が変わったのだろう。
ポケベルから一般的な携帯へ、そこからスマホに変わったように。
そんな時、病室の扉が開いた。
ーー彼女の顔は、なぜか見ることができなかった。
白い光が不自然なまでに入り込んでいて…まるで本能が拒否しているようだった。
彼女の他にも友人たちが来ていて…それは完全に偶然だったらしい。
「今、何年だ…?」
そう尋ねて、お互いに見合わせて…男が口を開いた。
「…お前が眠ってから、20年経った」
……は?
あれから20年か〜、懐かしいね〜…なんて話をしている友人達。
自分の知らない間に、彼らもいろいろあったのだろう。
…20年も経てば、人は確実に変わる。
彼らは…もう全員、俺の知ってる彼らではないのかもしれない。
顔は、やはり“自分”に拒否されて見えなかったが…雰囲気、手のシワ、服装…全て、大人のそれになっていた。
「…灰様」
…どうして、マスターと呼んでくれないんだ。
声は出ない。それはそうだ、ずっと眠っていたんだから。
涙がこぼれた。
「はは、余程嬉しかったんだな」
誰かの声。
違うのに…声は届かない。
「3年だったはずなのに、おまえがずっと目を覚まさないから…」
「さぁ、また忙しくなるなぁ〜お前にはやってもらうことが山程あるんだ」
「とりあえず暫くはリハビリだろ、またそれも1年ぐらいかかりそうだが…20年に比べたらあっという間だろ?」
ははは…と軽くジョークが飛び交い、誰だか知らない皆が笑う。
…ふざ、けないでくれ。
なんで…俺がこんな目にあっている。1番頑張った俺が…どうしてこんな目にあわなくちゃならない。
いやだ。お前らは、違う…。絶対に、俺の知ってる奴らじゃない。
知り合いぶった、能力目当ての詐欺集団だろ?
自分のいない間に世界もだいぶ変わったらしい。紙一枚ぐらいの薄いテレビには見たこともない街の景色が映り、謎の流行語、何が面白いのかわからない芸人に笑いが飛んでいた。
恐る恐る…なんとか腕を持ち上げ、自分の顔に手を触れる。
…しわが、あった。感触も、ぜんぜん…“何かに侵食された”ような…。
…いや、だ。いやだ。いやだ。どうして、こんな…!
叫びそうになったその時…
…瞳が光を受ける。
………部屋の電気ではなく、窓の外からの朝の光。
視界には、いつもの天井。
眠っていたのはいつものベッド。
何が起こったのかわからず固まっていたが…暫くしてようやく頭をフル回転させる。
自分の枕元の携帯を取り、日付を確認。
…あの日から、一日と経っていない。
ホッとして、少し大きめに息を吐く。
どうやら夢だったらしい。
だが…心は冷たいままだ。
腹が…痛い。
あれは…本当にただの夢か?もしかしたら…ifの世界。或いは、未来…?
いやだ…っ!
どうしたら、どうしたら回避できる!
どうして俺があんな目にあっている!
なんで、俺、だけっ…!
一人、布団の中に包まって…流れる涙をそのままに、瞼を閉じて、心の中で叫んでいた。
…どれほどそうしていただろう。やがて…部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
「おはようございます、もう起きていますか…?」
声は何故か、出なかった。
まるで、何十年も眠っていたかのように…喉が音を出そうとしない。
フィーリアがそっと扉を開けて入ってくる。
そして布団の内に包まって震える彼の側へ。そこでまた一言。
「おはようございます…もう、朝ですよ〜?」
そっと優しい声で起こされれば、いつもの彼ならすぐにベッドから起き上がる。
……その日もまた、それに従う。
布団から顔を出し、掛かっていた布団を上半身から剥ぐ。
重い瞼をなるべく開け、傍に立つフィーリアの顔を見ずに、零すように尋ねる。
「…マスターって、呼んでくれないのか?」
最初に出たのはそんな言葉。
起きてたんですね、というホッとしつつも首を傾げた彼女の様子を、彼はまだ見れない。
「?…マスター。おはようございますっ」
瞳の正面に捉えた彼女の姿は…いつも通りの、変わらない姿だった。
ピンクの長い髪。ロングスカートのメイド服。心配そうに覗き込んできた表情。…全てが、彼女なのだということを思わせる。
「…大丈夫ですか?昨日、灰身滅智を覚醒させたと聞いたのですが…」
「…夢を、見たんだ」
ぽつりぽつりと、夢の内容を話す。弱音も…少し。
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「…たかが夢だ。だが…何か、嫌な気がしたんだ」
メンタルはすでに、弱りに弱っていた。
情けなくて…フィーリアを直視することができない。
度胸があるなら、或いはもっと弱っていたなら、腕の中に引き入れたかもしれないが…理性は残っていたらしい。
「…灰身滅智は、本来の限界を超える力です。それの更に先の力まで至ったとして…すぐに戻って来ないと、本当にそうなってしまうかもしれません」
そもそもの、所謂普通(?)の灰身滅智も、デメリットを背負っているのだ。そうなるのは当たり前の事だった。
「…ごめんなさい」
小さい、その一言には…確かに想いがこもっていた。
そして…いてもたってもいられなくなったのか、フィーリアは膝を曲げ、それを床につけようとした。
彼女が次の動作へ進もうとする気配で…何をしようとしているのか仁は察する。
「待て。…やめろ」
布団を剥ぎ、ベッドから跳び起きる。
ベッドから椅子一つ分以上離れた位置、そこに座りかけた彼女の前へ、立て膝で座る。
フィーリアの下がった肩を掴み、それを阻止した。
…彼女に、そんなことをして欲しくない。…当たり前だ。
「今後無茶をしなければいい。それに素に近づいたんだ、結果的に良しとしよう」
掴まれた肩、触れる手に視線を移す。
フィーリアはそして、彼の瞳の黒を直視した。
「マスターは、黒い瞳をしていたんですね」
「あ、ああ…」
まじまじと覗き込まれ、思わず少し後ずさった。
…慣れていないのだから、仕方あるまい。
心は痛みに震えていたが、これ以上そのままでいるわけにはいかない。
気持ちを新たに…頬が赤くなる前に、話を戻す事にした。
「謝るのは大事な事だ。だが…そんなことは、2度としようとするな」
「…はいっ」
懸命に笑顔を見せ、フィーリアは頷いてくれた。




