キャンピング・カー
憧れのキャンピングカーは、他人のものになっていた。無謀にも「俺」は、それを奪い返すことを決めた。
「私たち、これで四国一周旅行を始めたばかりなんです。いま、徳島を経由してこれから高松のうどん屋さんにでも行こうかと思っています」
たまたま観ていた朝のテレビの情報番組で、まだ30代と思われる夫婦が、可愛らしい軽キャンパーの前で笑顔でインタビューを受けている。
「あれ?この軽キャンパー、こないだまでオークションサイトに出てて俺が入札したヤツじゃんか?このストライプのデザインといい。確かにこれだよ!ははーん、こいつらが落札したってことか?」
なけなしの貯金でこの軽キャンパーを買い、プチ日本一周旅行をしようと、俺はひそかに計画を立てていた。調理コンロやトイレなどが備わる本格的なヤツは500万以上するから、とても手が出ない。ナリがデカイから置き場所の問題や、運転にもコツが必要だ。折りからのキャンピングカー・ブームも手伝って、もう少し安く買える軽キャンパーはオークションの世界でも大人気だ。条件の良いものはあっという間に落札されてしまう。
ウォッチリストに登録し、俺が真っ先に入札したのがこのクルマだった。だが、同じことを考えるライバルは多く、きっとこいつらが俺が入札する度に少しづつ上乗せ入札を繰り返していた張本人に違いない。
俺は決めた。こいつらからこの軽キャンパーを奪い返す。無謀ながらも決心した俺は矢も盾もたまらずマイカーに乗り込み、彼らの行方を追うことにした。
高松に着いた。ナビで検索し、テレビ画面に映っていた道の駅を探し当てた。
「ああ、このキャンピングカーね。うん、ナンバーの下二桁は11。テレビカメラが来とったわ。インタビューの後?たしかその県道を左に曲がっていったと思うで」
道の駅でパフェを売る車内販売のおじさんが優しく教えてくれた。
俺はピンと来た。この先は温泉が多い。立ち寄っている可能性はあるかも知れない。俺は、その町で最大級の温泉施設に目星を付け、クルマを飛ばすことにした。
…あった!いや、似たような車種だが、ナンバーの末尾が違う。
週末だけあって、乗用車やRV車も混じる施設の駐車場は、客のクルマで満杯だ。だが、キャンピングカーの大半はワゴン車がベースだから、遠くからでも形だけはすぐにわかる。
よーし、絶対、見つけ出してやる!
とりあえず落ち着こうと、煙草に火を付けようとした、その瞬間だった。
俺の追い求めていた、ナンバー末尾11のあの軽キャンパーが、目の前でいま、まさに走り去ろうとしているではないか!色もナンバーも、運転席の夫婦もテレビに映っていた人物に間違いなさそうだ。
俺は、追いかけた。キャンピングカーとはいえ、車体の軽い軽自動車なのでけっこう速い。郊外の県道は週末でも、いや普段からガラガラだからか、アップダウンの激しさをもろともせず、北に向かっている。
ルームミラーに映る不気味な赤い光を感じたのは、それから10分ほど経った頃だった。
…ウー、ウー…。
「はい、前のクルマ止まりなさい。速やかに止まりなさい」
貧すれば鈍する。いま、俺はそれを実感している。不覚にも俺は、ネズミ取りに引っかかってしまった。
俺は、軽キャンパーを追いかけるのに必死で「取り締まりやってるよ」と教えてくれた対向車のパッシングに気付かず、制限速度をオーバーしていたのだ。
「ハイ!お兄さん。調書取るんで車検証と免許証持って、あれに乗り込んでくれる?」
白バイから降り、ヘルメット越しに警官が指さしたのは、形こそキャンピングカーに似ているものの、誰も乗りたくない白と黒のツートンカラーの、ワゴンタイプの警察車両だった。