海の底で眠る
私が、役目を終えてここで眠りについたのは、いつのことだっただろうか。
珍しく意識を浮上させてあたりを見回すと、いつもと変わらない穏やかな海の底であった。陽の光を浴びた水面が、宝石のように煌めき、空色に色を染めている。体をうずめる海底ですら、美しい藍色に照らされているのだから、今日はとてもいい日和なのかもしれない。我が主も見ているのだろうか、共に海底で眠りながら。
遠いあの日の、爽やか青空。いたずらに行き来する海風を、私は帆で抱き、滑るように駆け回っていたことを今でも私は鮮明に思いだす。カモメの歌声と、潮の香りに包まれた活気ある港を飛び出せば、海は私だけが躍る大きな舞台になった。体にはいつも多くの人々や、宝物が載せられ、夏の太陽に照らされたそれらはみな輝いて見えたものだ。
体の前に、朽ち果てた女人の像が口を開けて倒れている。体が腐食して、支えられなくなった金の女神。今はその輝きを失い、私のこの運命をただ一人永久に嘆いている。
かつての姿は、今はない。母なる海に強く強く抱かれたあの日から、長い時の流れの中、少しずつ朽ちていった。宝物やたくさんのお客をのせていた甲板いるのは、美しい極彩色の魚たちや、珊瑚。時折訪れる鯱の群れが、周りをぐるぐるとまわって速さを競い合っている。風を追いかけていた帆も、今は潮の流れに踊っている。
主よ。あなたの動かない体を抱きもう百年になろうとしています。
まだ永久の眠りは訪れないようなのです。
ふと、意識が遠のいた。また浅い眠りに入るのだろう。
そして海を、風を切って世界を走る夢を見続ける。これからも、ずっと。
物言わぬ、主を抱いたまま。
その筈だった――
光。月明かりのような淡い光が、この日は私のもとに降りてきたのだ。水の流れに揺れてゆらゆら、ゆらゆら、と。それは人の形をつくり、あろうことか私に語り掛けてきた。
行きましょう
手が伸びて、私の体に触れたぬくもりは、久しく感じたことのなかった、陽だまりのような暖かさだった。光は微笑んだ。愛おしそうに、朽ちた体を抱きしめた。私は昔船長が朗読していた、“天使”を思い出す。
ああ。ようやく眠りにつくのですね。
すべてを理解したように、視界が薄れて、私は体が浮く感覚を覚えたのを最後に、意識を手放した。
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空が青く澄み渡る航海日和。その日の新聞に一面に飾られたのは美しい海の写真と
“失ワレシ海ヨリ、朽チタ客船崩壊シタ状態デ浮上セリ”
百年の時を超えて、還ってきた、私の曽祖父の愛船だった――
いつもの1000制限の練習文です。とあるイラストを見てかきました。まいど、オチがなく意味のわからない文の羅列で申し訳ありません。
まあ、最近わかったのは、わたしは海や水の描写を書くのが好きらしい、ということでした。
では、失礼いたします。