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世界  作者: hiraku
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日常のはじまりとおわり

 熱い、暑いではなく熱い。

 夏はどうも好きになれない、冬場は着込みに着込めば大抵の寒さはし凌げるが。夏は例え全裸になったところで決してその暑さから逃げることは出来ない。

 只でさえ苦手な夏場の、こんな真昼間なのに加え流石に日陰には入っているが既に駅前のベンチに腰掛けてから四〇分が経過している。

「熱い・・・。」声に出せば更に暑くなるのは分かっていても、口をついて出てしまう言葉。 彼女からの連絡は、まだ来ない。


  流石に耐え切れなくなり、駅に繋がっているコンビニへ飲み物を買いに行きながら念の為スマートフォンを見るも当然連絡はない。

「ふぅ・・・。」冷房の涼しさに体を冷ましながら、ドリンクコーナーでお茶を手に取ると、シンプルな通知音がポケットから響く。

 漸くか、という思いでスマートフォンを取り出し確認すると「今修也と新宿に居るんだけど、仕事中?休みなら飯でもどう?」と、期待を大きく裏切る友人からのメール。

 悪くない、こいつは純粋に好意で誘ってるんだから、他意はないんだから。

  理不尽な怒りをグッと堪え「ごめん、今日予定入ってるんだわー。でもまだ夜の予定はわからんからもし行けたら夜だけ行くわ!」と全力で冷静を装い返信、ついでにドタキャンも想定に入れた内容、完璧。


 だが毎回、毎回毎回。

 こんな風に保険をかけたり諦めて帰ろうとすると、狙ったかのように連絡がくる。

 ジリリリリリリリリリリン、と今度は黒電話のような着信音が手元から流れる。

 通知名は「唯」、誰かの唯一無二の人になりなさい、とご両親が名付けた・・・と聞いたその名前が表示されている。

「やっと起きたかアイツめ。」文句を垂れながら電話を取ると開口一番で割れる程の音量で「ごめん!!ごめんなさい!!!!」と謝罪の声が響いた。

 若干スマホを耳から遠ざけながら、短く「おはよう。」と伝えると慌てふためいた様子で「あ、はい今起きました!本当にごめん・・・。」と、一気にトーンが下がり泣きそうな声が聞こえてきた。

「んで?後どれくらいで来れるの?」

「えっと、三〇分!いや二〇分!!」

「OK四〇分な。」

「・・・急ぎます、ごめんなさい・・・。」

「どっか涼しいところで待ってるね、多分駅前のドトールにいるわ。」

 噛みあっていないようで、しっかりと噛みあいのある会話。これも殆ど二週間に一度の恒例の会話となりつつある。

 といっても、約束の時間よりも一時間遅刻は流石に久しぶりの事だった。

 最後に「ごめん!本当にごめん!!」と謝る彼女に「ダッシュだー」とだけ伝え電話を切り、涼しいがコーヒーの不味い喫茶店へと向かった。


 その喫茶店は、煙草が吸えるという以外何も利点のない店だった。アイスコーヒーを注文し席に着くやいなや煙草を取り出し火を点ける。

 残念な事に今の様に人を待つ際に時間を潰せる術を僕は持っていなかった。

 周りを見れば大抵のお一人様は老若男女問わずスマホをにらみつけ機械の様に画面を触っているがゲームには特に興味を持てず、SNSという物も若干の恐怖はあれど関心は全くと言っていい程にない。だから僕はそこから三〇分強の時間を、ただ煙を吸って吐く作業で潰した。


  約束の時間から一時間と三十分が過ぎた頃に再びスマホが鳴り、僕らは感動の再会を果たした。

「じゃあ言い訳と謝罪の時間を君に上げようではないか。」

「いや本当、本当ぐうの音も出ない程に、寝てました・・・何も言い訳はありません・・・本当にごめんなさい・・・。」余りのも真剣に落ち込んだ顔で反省する彼女を見て、ついつい笑いながら「そんなに落ち込むならちゃんと起きなよ。」と冗談めかして言うと「違うの!聞いて!目覚ましの電池が切れてね!!」「あれ?言い訳は無いんじゃないの?」嫌がらせもかねて聞いてみると、彼女はまたしょぼんとした表情に戻り。ただ「ごめんなさい・・・。」と謝った。


  一通りからかうのも終わり、本題に入ろうかと思ったが彼女は切り替えが出来ていないようで、今にも泣き出しそうだ。「もう大丈夫だよ、そんな凹むなよいつもの事だろ?」「いっつもいつもごめんなさい・・・!」止めを刺してしまったようだ。


 これが、僕達の日常。

 ありきたりなカップルの日常だった、きっといつまでも続くような。

 一つ、普通でない事があるとすれば。 僕が、彼女の事を想っていない事くらいだ。


  喫茶店を出ると、どちらともなく手を繋ぎ「今からでもいいの?水族館で。」と僕に問いかけるその表情は未だに申し訳なさそうに眉尻を下げていた。

 感慨もなく、ただ無感情と悟られないように「いいよ、その代わり深海魚コーナーに時間かけるからクラゲコーナーは短めな。」と、さも怒った振りをして茶化す様に演技をする。いつからだろう、こんなに取り繕った会話をするようになったのは。

 彼女はまだ申し訳なさそうではあるが、笑顔で「はい…!」と答えるのだった。僕の予想通りに。


 僕は彼女を想っていない、愛していない、更に言うのであれば興味がない。

 なぜ付き合っているか、それは完全に只の惰性だ。モテないからキープの為、いい女だからステータスとして、体の相性がいいからセックスドールとしてなんていう下種な考えがあればまだいい。僕には何もないから。

 こんな自分自身に嫌気がさす事もある、こうやって無感情を隠して取り繕う自分に吐き気を催す事もある。

 しかし変えようとは思わない、思えない。


 彼女の手の感触を確かめながら、感慨に耽ると「やっぱり怒ってる?」と直ぐに不安そうな顔が僕をのぞき込む。「ん?あぁ、いや。考え事してただけだよ。怒ってないよ本当。」と笑顔で答えたところで少しだけ限界が来た。僕はなんでこんなに彼女に気を使っているんだろう。

 どうしたいのか、どうなりたいのか。きっと僕と彼女はその内結婚でもして子供が生まれ幸せに暮らすのだろう、別れるという考えは不思議と浮ばずに惰性のままハッピーエンドという光景しか思い浮かばなかった。


 それでいいのだろうか、いい訳はない。もっともっと良い未来があるはずだ、だけども別れるまでに至れない。

 自問自答と自己嫌悪を繰り返していると、いつの間にか彼女の手を放し横断歩道を渡り切っていた

「待って!」今の状態に気づき、振り返ると慌てた顔で横断歩道を渡る彼女の顔が。

 一瞬で消えた。


 当分僕は固まっていたようだ、その不思議な現象を理解するまでに時間が掛かった。

 白い服を着た彼女が一瞬で居なくなり、今目の前には真っ赤なスポーツカーが止まっている。異世界物か悪くないな。 そんな荒唐無稽な頭の中とは無関係に「唯!!」と、彼女の名前を叫ぶ声が驚くようなボリュームで口から飛び出てきた。


 何だ何だ、僕は何を叫んでるんだ。


 徐々に周りの状態も把握し始めた、赤いスポーツカーに乗っている人は運転席で項垂れ道路の反対側では叫び声をあげる女性と喜々としてスマホで写真を撮るサラリーマン。

 その被写体は、何だかわからない形容し難い赤い塊。そこに駆け寄る僕。

「唯!!唯!!!」唯?それが?相変わらず口は制御ができず自動で彼女の名前を呼ぶが、その先に彼女はいない。

「誰か!!救急車!!早く呼んでください!!」何言ってるんだ、誰か怪我でもしたのか?みんな元気そうだけど。あるのはそう、目の前の肉の塊くらいの物で。

「唯!唯!!!!!早く!誰か救急車を!!」そこで漸く思考が追いつき、冷静に悟った。誰も急いで救急車なんか呼ばないだろう、と。

 もう、手遅れだから先に警察に電話するだろう、と。


 その後の事は、不思議とあまり覚えていない。こんなにも冷静にも関わらず流れ作業の様に感情のない警察官の作業を見届け同じく流れる様な質問に答え気が付いた時には最寄りの警察署で血で濡れた手をタオルで拭き取る作業をしていた。

 服も汚れている。着替えがいるな、この服はもう駄目だろうな。あれ?なんで僕こんな血まみれなんだっけ?そこで初めて事の顛末をすべて思い出した。そう彼女が死んだのだ。


 思い返すや否や鳴り響くベルの音に驚き電話に出ると、聞きなれた男の声がした。

「もしもし?俺だけどー、どう?結局夜くんの?何なら唯ちゃんと一緒でも構わんよー?」と場違いに明るい声が耳に響く。普通なら、きっと涙しながらでも取り乱し相手を混乱させる場面だが、僕は自分でも驚くほど冷静だった。「あぁ、すまない。無理だ、というか唯は、死んじゃったんだ。」その一言をきっかけに電話の向こうから「は?」だの「え?」だの混乱する声だけが漏れる。


「だから、死んだんだ。さっき交通事故で、俺の目の前で。今は警察署。」そこまで端的に伝えると、明らかに怒気のこもった声で「いくらなんでも笑えねえぞ。冗談にしては質悪くないかそれ。」と現実を拒絶するセリフが返ってきた。疲弊した頭ではそのセリフを返す都合の良い言葉が見つからず、最低ではあるが浮かぶのは「面倒臭い」という言葉だけだった。


  「何黙ってんだよ、聞いてんのか?そんな冗談笑えないって言ってんだよ!」今度は確実に「嘘だと言え」という焦燥を孕んだ口調で声が飛んできたが、僕の耳には只の雑音でしかなかった。「おい!聞こえて」「本当だ、本当に死んだ。 もう、いないんだ。唯は目の前で死んだんだ。」耳元の叫び声を遮断するように言葉に言葉を押し当て無感情に伝えると、その後耳に響くのは不愉快な鼻をすする音と嗚咽だけとなった。

 義雄、電話の向こうで泣きながらもう一人の友人である近藤へ状況を説明する僕の数少ない友人の反応。これが人が死んだ際の模範的な状態なんだろう。そう、今の僕は異常だ。完全に彼女の死を受け入れてしまっている。


 抗うこともせず、世界を呪うこともなく、後悔すらもしていない。まるで冬の澄んだ空の様な冷静さじゃないか。あまつさえ口をついて出た言葉は「良かったら、着替えを持ってきてくれないか。」だ何て。



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