5-2
夕ご飯を食べようという真白に促されて、隣接しているデパートに入ることに決めた。
あと五日。果たして俺の貯金が持つのかどうか不安になる。
「さて、雪貞」
最上階の中華料理屋で晩飯を食べ終えると真白の表情が切り替わった。
「誰かがずっと私たちを見ているけれど、雪貞は私を守れるのかしら?」
悪魔のように微笑んで真白が首を傾げたとき、閃光が眼球に直撃した。
続いて轟く爆音。視界の先にあるトイレの入り口から爆炎が噴きでて親子を飲み込んだ。
敵襲だ。真白の細い手首を掴んで走り始める。
まさしく想定外。迂闊に建物の最上階に上がってしまった。頭の片隅にも思い描けなかった最悪の事態に思考が絡まる。
まさか魔術師が表立った行動にでるとは思わなかったのだ。
裏を返せばそれぐらい真白に脅威を感じているということなのだろう。
「どうするの? まさかこのまま一階を目指すなんて悪手は打たないよね?」
変わった声色、口調。
そのまさかを実行しようとしていた俺は、その直後に崩落するエスカレーターを見て瞳孔が開く感覚と悪寒に襲われた。
どうする? 悲鳴と人が死ぬ悪臭が混ざり合ってとても平静を保てない。
自問に頭痛さえ覚えた。五階建ての五階。飛び降りるのは些か現実的ではなく、階下に移動する手段はたった今奪われた。
じきにこのフロアも、いや、きっとこの建物そのものを爆破するつもりだろう。
こちらの勝利条件はただ一つにして単純明快。自分と真白が無事に脱出すること、だ。
「エレベーターだ」
「あら、スリリングな選択」
若干嘲笑を孕んだその声に目を細めながら、逃げ惑う群衆を蹴散らすようにしてエレベーターへと向かう。
悪いのだけれども俺たちは正義の味方じゃあないのだ。多少の犠牲には目を瞑って、というか見て見ぬを振りをして、突き進む。
五階に止まっている鉄の箱を発見して、腕力で扉をこじ開ける。
既に電気系統はやられているようで、ボタンを押しても反応なしだ。
とはいえそれは予測済み。
もちろんエレベーターに乗って降りるなんていうある種の自殺行為に及ぶつもりもない。
鉄の棺は永眠するには冷た過ぎるだろう。中には入らずに、外側から両の手を内部の壁に押し当てた。
「本当にその魔術は素敵よねぇ」
朽ち始める箱を見ながら真白は頬に手を添えている。
一分――この状況ではあまりに絶望的過ぎる時間が流れて、エレベーターだった物が崩壊する。
残ったのはがらんどうの空間に釣り下がるワイヤーだ。
「抱っこ」
真白が真白に戻ったので安堵する。
抱っこではなくおんぶをする為に背中を差し出した。
「本当にスリリングだな、オイ」
建物内に穿たれた空洞は漆黒に包まれて、まるで地獄への入り口のようだった。
意を決してワイヤーに掴まり、そのまま身体を宙に投げ出した。
物凄い勢いで落ちていく。
両手でブレーキをかけようにも、熱くて痛くて泣きそうになる。
それでもこのままでは地面に叩きつけられるので、靴と靴下を魔術でタダの塵に変えてから、足の裏でもワイヤーを挟んだ。
「さあ、どうするのかな?」
手を足の皮を犠牲にしてブレーキに成功。
身体の反動を利用して隣に止まっていたエレベーターの上に飛び乗る。
足許に手を当てて、天井に穴を開けて三階に止まったエレベーターの内部へ。そして扉を強引に開けて三階のフロアに移動した。
「……イテェ」
ベロリ、とお辞儀するように向けた自分の皮膚に心が挫けそうになる。
それでも自分を鼓舞して、おてての皺と皺を合わせて、魔術を行使。皮膚を再生する。
「いいな、いいな、それ」
「ご覧の通りあまり役に立ちませんが」
何せ殆どアクション映画である。個人的には魔術で華麗に立ち回りたいのに。
「如意棒とかやってみたい」
「如意棒ねぇ」
触れた物の時間を操る能力――というのが表向きの俺の魔術で、実状は真白が言うように触れた物体を自在に操作するという物だった。
簡単に言ってしまえば、ビッグライトとタイム風呂敷がセットになったお得な商品だ。
オマケ程度にスモールライトと重量操作の機能もついてくる。
「ああ、そうか。簡単な方法があるじゃねぇか」
「うん、ゆきりんは馬鹿だよね」
床に接した足で魔術を発動、腐って底が抜けて二階へと落ちる。
それをもう一度繰り返して、無事に一階へと到着した。
急いで飛び出すと俺たちを待っていたかのようなタイミングで、デパートが派手に吹き飛んだ。
粉じんから逃げるように国道を横断して振り返る。
敵の姿は見えない。というか視界が限りなく悪い。映画風に表現するのなら「やったか?」の状態だ。
「死んだよ」
「ええ!?」
やったか? はやっていない、の法則がくるのかと思っていたので拍子抜けだ。
「だって最後の爆発は自爆だもの」
「壮絶な無駄死にだな」
「まるでベジータだよね。チャオズでもいいか」
「まあ俺の靴が犠牲になったけれども」
「じゃあ栽培マンだね。ヤムチャがお亡くなりになりました」
俺は一年間山道を共にしたスニーカーに合掌してから、雪の上を歩き始めた。
さあ、地獄の登山の始まりだ。