5話
────2020年 8月13日 日曜日────
昨日から一夜明けた翌日、俺はまどろむ意識の中、部屋の時計に目をやった。
デジタル表示は10:00を示しており、時間に余裕はあったが、ベッドから起き上がる事にした。
今日はいよいよボス戦だ。
12:00から攻略開始なので、まだ時間に余裕はある。
念のため早めにログインする事にした。
家を出た俺は、いつもの設備に行きそのままログインする。
ゲーム内へと降り立った俺はユイに連絡して、合流する事にした。
遠くから走ってくるユイを発見した俺は、右手を挙げる事で自分の場所を教えた。
「おはようございます、レンさん! 今日は早いんですね?」
「結構早くから目が覚めちゃってな。俺もいちお緊張してるのかもしれない」
「えーレンさんが緊張って、何か似合いませんね!」
フフフと笑いながら言ってくるユイに、とりあえずゲンコツを落としておいた。
いたーいと言って叩いてくるが、俺はそれを無視すると今日のボス戦の最終確認をする。
「今日はボス戦で、俺達は二人パーティーだから、役回り的には大した事はないんだ。でも初めてのボス戦だし油断だけはするなよ」
「ハイッ! ちゃんとレンさんの後ろに隠れてますねっ!」
「いや隠れちゃ意味ないだろ……ユイは後方からボスに狙われない位置で支援だ。できるか?」
「任せてください! レンさんとの連携ならバッチリです!」
「今回は他のプレイヤーも大勢いるんだ。他の奴も支援してやれよ?」
「わかりました! ところでこの後どうしますか? まだ時間に結構余裕ありますよね?」
「そうだな……今日はまったり武器屋とか防具屋とか、店を周って見てみるか?」
「楽しそうですねっ! 賛成です!」
ユイは緊張とは程遠そうな顔で答えると、足取りも軽く歩き出した。
(あいつ緊張とかしないのかな)
ユイの器の大きさにびっくりしつつも、俺もユイの後を追って歩き出した。
その後は二人していろんな店を見て周り、途中でユイがあれもこれも欲しいと言い出したが、全部シカトしておいた。
とあるアクセサリー屋で足を止めたユイは、花の飾りがついたネックレスをジッと見つめていた。
花飾りが精緻に作られており、緑色の綺麗なネックレスだった。
「ユイはそれが欲しいのか?」
「────!? いえ……ちょっと綺麗だなって思って。お姉ちゃんに似合いそうだなって……」
しばし沈黙が場を支配したが、俺は励ますように言った。
「欲しいなら無事にボスを倒せた後で買ってやるよ」
「え!? 悪いですよ!」
「俺がプレゼントしたいんだ。それじゃダメか?」
「レンさん……じゃあ今日無事に帰還できたら、買ってくださいっ! それで二つ買って記念にしましょうよっ!」
「ペアかよ……」
「ダメですか……?」
(またコイツは子犬のような目で……)
「わかったよ。じゃあ無事に帰還できたら、そうしよう」
「やった! 約束ですよ?」
「わかったわかった。じゃあそろそろ広場に集合するか」
時間を確認すると正午に差し掛かろとしていた。
広場に着くと大勢のプレイヤーが集合しており、皆緊張した面持ちで佇んでいる。
数分後【円卓騎士団】が現れ、今日の各役割について説明があった。
今回は1パーティー5人で構成しており、それが全部で10パーティー存在する。
全体の人数では50人が参加して攻略を行う事となる。
俺達は二人でパーティーを組んでいるので、主に周りのサポートに徹してくれとのことだった。
俺達レイドパーティーは【スノーヘブン】を発ち、ボスが待ち受ける【古代からの訪問者】目指して出発するのだった。
道中は何事もなく進み、たまに出てくるモンスターを難なく倒して、ひたすら目的地まで歩く。
途中の戦闘を見ていたが、どうやら皆レベルは同じくらいで連携も取れていた。
たぶんこのまま行けば、ボス戦は大丈夫だろうと思った。
俺達が出発してから1時間後、ようやく【古代からの訪問者】と呼ばれる遺跡に到着した。
目の前に呼びえる遺跡はボロボロで、所々岩が欠けていたりする。
もし崩れでもしたら、全員死ぬなと思った。
【円卓騎士団】を先頭に、俺達レイド組は後に続く。
遺跡の内部も所々岩が欠けたりしていて、非常に建物自体が脆い事をうかがわせる。
通路の両脇に火が灯っているが、内部は割と暗かった。
視界が悪い中、俺達はどんどん進んでいく。
すると目の前に階段が見えてきた。
どうやら下に続く階段みたいだ。
俺達が階段を下りると、一直線に伸びる通路を、たくさんのモンスターが徘徊していた。
見た目はゲームでよく見るゴブリンにそっくりだ。
そのゴブリン達を、俺とユイのパーティー、他3パーティーぐらいで相手をする。
【円卓騎士団】はメインのため、極力戦力を温存しておきたいのだろう。
俺達がモンスターを倒すと、もう通路にモンスターが出てくる事はなかった。
ゴブリンとの戦闘中、俺はレベルが22に上がり、少し気持ちに余裕が出てきた。
通路を真っ直ぐ進んでいくと、目の前に大きな扉が見えてきた。
一旦扉の前で止まると、スタンさんが前に出てきて皆を見回した。
「皆! ここがボスへと続く扉だ! この扉を開ければボスとの戦闘になる。もし帰りたい者がいれば、戻ってくれても構わない。誰だってデスペナは嫌だからね」
その声に耳を傾けていた俺達の中で、帰る者は一人もいなかった。
「皆は強いな。俺何か緊張して手が震えてきたよ」
スタンさんが冗談交じりに言うと、場の空気が和やかになった。
(あの人は根っからのリーダー気質だな)
俺は心の中で彼を評価した。
これだけの人数を率いて戦うには、それなりの資質が問われる。
彼ならばこの先も、皆を引っ張っていく存在になるだろう。
【円卓騎士団】だってトップギルドになるかもしれない。
そんなメンツとボス戦ができる事に、俺は内心わくわくしてきた。
やがてスタンさんの話が終わると、いよいよボス戦に突入だ。
「レンさん……私少し怖くなってきました」
「大丈夫だよ。君は俺の後ろから援護してくれればいい。必ず死なせはしないさ」
「はい……頼りにしてますね」
ユイはキュッと俺の服の袖を掴むと、深呼吸を一つしてキッと前を見据えた。
(やっぱりユイは強い子だな)
俺も気合を入れて、目の前にそびえる巨大な扉を潜った。
────ケラケラケラケラ
部屋に入った瞬間、乾いた笑い声が耳を打った。
俺は部屋を見渡し、敵の存在を確認すると叫んだ。
「前だッ! 散れッ!」
目の前には巨大な骸骨が、右手に巨大な剣を振り構えて待っていた。
レイド組は慌てて両サイドに分かれて、その巨大な剣を躱す。
振り下ろされた剣は、地面を抉ると大きなクレーターを作った。
(おいおい! あんなの食らったら一撃で死ぬんじゃないか)
俺は戦慄を感じながら、ボスに視線を固定する。
するとボスのステータス画面が目の前に表示された。
名前:デッドマン
HP:15000
レベル:22
レベル22か……少しきついかもしれない。
正直ボスを攻略するなら、ボスよりもレベルが2は高くないと厳しい。
同じレベルだと長期戦に縺れ込む可能性が高く、それだけこちらは消耗してしまう。
アイテムに上限があるので、長期戦は不利なのだ。
ボスは巨大な剣を構えると、再びケラケラケラケラと笑い出した。
すると周りに10体ほどの小さな骸骨が現れ、俺達へと向かって攻撃してきた。
どうやらボスは攻撃せず、周りの小さな骸骨に任せるみたいだ。
ならボスに攻撃するなら今がチャンスだ。
「よし! 俺達がボス本体を叩くから、君達は周りの骸骨を頼むッ!」
スタンさんの掛け声で、レイド組は各々敵を相手に開戦する。
俺とユイも小さな骸骨相手に奮闘していた。
こいつらは大した強さではなく、俺とユイの二人でも余裕で相手にできた。
周りを見ると、他のレイド組も余裕で相手にしている。
隙あらばスタンさん達に加勢に行けるぐらいの、余裕はあった。
ボスのHPバーが丁度半分を切った時、ボスが大剣を振り回し始めた。
大剣の剣圧に耐え切れずに、スタンさん達も一時撤退する。
一旦距離を開けると、ボスは大剣を振り回しながらこちらへと突っ込んできた。
「皆一旦散開するんだッ! あれを食らったら死ぬぞ!」
スタンさんの号令で散り散りになった俺達は、手を拱いていた。
あれだけ大剣を振り回されては、簡単には近づく事ができない。
そこでスタンさんは、レイド組の内盾を装備しているタンクチームに前線に出てもらう事にした。
タンクチームが大剣を受け止めると、防御しているにもかかわらず、HPバーが少しずつ削られていく。
これでは大して持ちこたえる事ができない。
「今だッ! 今の内に全員で突撃ッ!」
スタンさんの号令を皮切りに、全員で突貫する。
俺の近くでは剣が固い骨を打つ音、斧が粉砕する音、ボスの大剣を盾で防いだ時に発生する金切り音。
さまざまな音が入混じり、戦場はまるで不協和音を奏でているようだった。
全員で突貫したおかげか、ボスのHPバーが残り3割まで減る。
すると今度は、咆哮をあげたかと思うと、いきなり大きな口を開けて、紫色のガスを撒き散らし始めた。
前線に全員が立っていたため、回避する事ができず、その不気味な紫色の霧に全員が包まれてしまった。
俺達は後方で待機していたので被害はないが、霧が立ち込めたせいで、前線の状況がわからなかった。
しばらくして霧が晴れると、前線にいたプレイヤーは全員地に伏していた。
「おい! 大丈夫か!? 何があった!?」
「……クッ! どうやら呪いのバッドステータスにかかったみたいだ……。俺達は身動きが取れない。君達だけでも逃げてくれ……」
【円卓騎士団】のリーダー、スタンはそう言うと麻痺する体を懸命に動かそうとしていた。
しかし呪いのバッドステータスを付与されると、一定時間はどう足掻いても動けない。
だから俺達だけでも逃げろと言ってくれたのだろう。
「ダメだよッ!! レンさんどうにかできないですかッ!? このままじゃ全員死んじゃうッ!!」
悲痛な面持ちでユイが叫ぶ。
それは俺だってどうにかしたいが、俺達二人だけではどうにもできない。
可能性があるとしたら、あの《オンリースキル》とかいう不思議な力を使うしかない……。
しかしあれはまだ誰にも知られていない、未知の力だ。
正直こんな大勢の目がある中で使ったら、もう噂が立つのは防げないだろう……。
俺がしばし思案していると、ユイは俺の服を力強く掴みながら懇願してきた。
「レンさんッ!! 私達だけでも戦いましょうッ! それで皆が回復するまで持ちこたえるんです!」
「無茶言うなよ……この状況でそれは無理だ。ユイだってそれくらいわかるだろ?」
「わかりませんッ! レンさんは皆を見殺しにするんですか!?」
「わかってないのはユイだ。ここで全滅したら、元も子もない。俺達だけでも逃げるべきだ」
「見損ないました! 私だけでも戦いますッ!!」
ユイは弓を片手に駆け出すと、一人でボスへと突っ込んで行ってしまった。
ボスはユイをその窪んだ眼窩に捉えると、口を開けて毒ガスを吐き出す。
ユイは大きく迂回して、何とか躱す事には成功した。
しかし迂回していたユイの体を、横から大きく振られてきた大剣が殴打する。
ユイは大剣の存在に気付かなかったのか、思いっきり転がっていった。
「ユイッ!!」
俺は両足に力を込めると、一気に加速してユイの所まで行く。
ユイは着ている服がボロボロになり、目は虚ろだった。
HPバーは残り三割程まで減少しており、とても戦える状態ではない。
それでも動かない身体に力を入れて、どうにか立ち上がろうとしていた。
「やめろ! これ以上はやめてくれ……目の前でユイが死ぬのは見たくない……」
「レンさん……お願いします……皆を助けてください……レンさんならきっとできます……」
何を根拠にそんな事を言うのかわからないが、俺は決意した。
今ここで皆を見捨てるくらいなら、やるだけやって死のう……。
俺はキッとボスを睨むと、剣を右手に構え《オンリースキル》を発動する。
身体全体を青色のオーラが一瞬包むと、力が漲ってくるのを感じる。
(制限時間は5分……ボスの残りHPは3割程度。やるしかないッ!!)
俺は両足に力を溜め、床を踏みしめながら、一気に解放した。
解き放たれた力は俺の身体を、グングン加速させ、あっという間にボスへと接近する。
「はああああああ!!」
俺は裂帛の気合と共に、剣を上段から一気に振り下ろした。
ボスの身体を切り裂いた剣は、止まることなく下段からの斬り上げに繋がる。
2段攻撃がヒットすると、ボスのHPが僅かに減少した。
俺が追撃のモーションに入ろうとしていると、ボスの大剣が唸りを上げて迫ってくるのが視界の端に見えた。
俺は剣を横這いにして迫りくる大剣を防ぐ構えを取る。
衝撃が俺の身体を突き抜け、俺は堪え切れずに後方へと飛んだ。
直撃は避けられたものの、HPが僅かに減少して、残り三割程となる。
これでお互い条件は同じ、なら俺は行くしかない!
「うおおおおおおお!!」
剣を横に構えると、紫色の眩いエフェクトが剣を包み込む。
俺は一気に片を付けるため、奥義を発動した。
「いっけえええええ! 【カウトレス・パージナル】!」
剣は一層輝きを増すと、規定の軌跡を辿る。
まずは左からの斜め斬り、ついで右からの斜め斬り。
三撃目は横薙ぎの一閃、間髪入れずに四撃目の突き。
五撃目は突きを戻すと、右からの斜め斬り。
最後に返す剣で、左斜め下からの斬り上げ。
ボスはグオオオっとくぐもった声を上げると、ノックバックして仰け反る。
僅か一割程HPを残したボスは、最後の反撃とばかりに大剣を一息に突き出してきた。
俺は普段ならば躱せないその攻撃を、《神速の踊り手》の力により、一瞬にしてボスの背後に回り込む事によって躱した。
最後は剣を思いっきり上段に構え、一気に振り下ろす。
「う……うおおおおおッ!」
気合と共に振り下ろした上段斬りは、見事ボスのHPを刈り取り、最後に奇声を発しながらボスは散って逝った。
戦闘が終わると、耳を裂くような沈黙が下りる。
俺は肩で息をしながら、地面へと倒れ込むようにして座り込んだ。
すると不安気な顔で見守っていたユイが、俺に向かって走って来るのが見えた。
「レンさーん!! やりましたね! すごいです!」
ユイは叫びながら走って来ると、そのまま疲れ切った俺の身体へとダイブしてきた。
グフっと声にならない悲鳴を上げた俺を無視して、すごいすごいと言いながら、ユイは顔をすりすりしてくる。
俺は正直恥ずかしかったが、疲れた身体はもう一ミリたりとも動かせる余裕はなかった。
しばらくユイにされるがままになっていた俺は、周りを見渡して死者がいないか確かめた。
幸い今回のボス戦で死者は出なかったようだ……。
ホッと一息ついた俺の耳に、物凄い歓声と拍手の音が響いた。
「すげえ! すげえ! アイツ一人でボスを倒しちまったぞ!」
「ああ! それに最後のアイツの動きやばくなかったかッ!?」
「とんでもない速さだったよなッ!? あれはなんだったんだ!?」
「まあ何でもいいじゃん! ボスを倒したんだぜ!? 今はそんな事どうだっていいさ!」
レイド組のプレイヤー達がお祭り気分で騒いでいた。
俺もその声を聴いて、やっとボスを倒したんだという実感が湧いてきた。
しばらく座って聞いていた俺に、今回のパーティーリーダー、スタンさんが話かけてきた。
「おめでとう! 君のおかげでボスを倒せたようなものだ! 最後に見せたあの力は、何だったんだい?」
「ありがとうございます! すいません、あの力についてはまだよくわからなくて……」
「そうなのか……まああまり詮索してもしょうがない。でも今回の件で、君は有名人になってしまうかもしれないな」
「えッ!? それは困りますよ! 俺は別に目立ちたいわけじゃないし」
「それは無理だろう。一人でボスを倒したあげくに、あんな力を見せられたんだ。噂にならない方が、おかしいさ」
笑いながら言ったスタンさんは、俺におめでとうともう一度言うと、仲間の元へと去って行った。
俺はユイに向かって離れてくれと目で合図すると、疲れた身体に力を込めて、何とか立ち上がる。
「これから第3フィールドの解放に行くぞ。それでもう今日はログアウトしよう。疲れたから早く眠りたいんだ」
「わかりましたッ! じゃあ早く行きましょう!」
そう言うとユイは、俺の手を掴んで走り出した。
俺は掴まれた手からユイの温もりを感じて、あの時ユイを死なせずに済んで、本当に良かったと思った。
もし今ユイが死んで町に戻っていたら、俺はあの時戦う決意ができなかったかもしれない。
そう思うとユイには感謝しないとな。
恥ずかしいから直接言う事はないけど、心の中ではありがとうと言っておいた……。
そのまま第3フィールドを解放して、俺達は別れの言葉を告げて、一緒にログアウトした。
現実世界へと帰還した俺は、急いで自宅に帰ると、そのまま死んだように眠りにつくのだった。