第25話 終幕
俺達の前に立ちはだかった黒衣の男。
以前ボス攻略をしていた時に、突如現れ俺達を助けてくれた人物とどことなく似ていた。
何も言わずに立ち尽くすそのシルエットは、夜闇に浮かび上がると不気味な雰囲気を醸し出していた。
俺達は突如現れたそのプレイヤーに警戒しつつも、相手の出方がわからないので迂闊に動く事ができなかった。
するとその男性と思しきプレイヤーが口を開く。
「まずはゲームクリアおめでとう。僕は君のお姉さんのギルドに所属していた、<ミライ>と言う名のプレイヤーだ。いきなりで悪いけど、君達がゲームクリアの報酬として受け取ったアイテムを譲ってはくれないかな?」
いきなり現れてとんでもない事を言い放つと、その<ミライ>さんは笑みを浮かべた。
警戒心を抱きつつも、ユイのお姉さんの顔見知りらしいので無下にも扱えない。
俺は一歩進み出ると話だけでも聞こうと思った。
「どうして俺達がゲームクリアした事を知っているんですか?」
「それは…僕があの場にいたからに他ならない。以前のボス戦同様、ひそかに君達の事を見守っていたのだよ」
「そんな話を信じろと? あの場に他のプレイヤーの気配はなかった。たとえあなたが気配を絶っていたとしても、隠し通せるものではない。あなたは何者なんですか?」
俺が真剣に問うと、そのプレイヤーは突如として笑いだした。
声高らかに嘲笑し、何がそんなに可笑しいのか手を額に乗せて、堪えきれないといった様子で笑い続けている。
突然の事に俺達はどうしていいかわからなかった。
ユイのお姉さんはすぐそこにいるのに、こんな所で足止めをくうなどと、誰が考えられようか。
そしてひとしきり笑い終わると、静かに真実を語り出す。
「僕が君のお姉さんのギルド、<暁の騎士団>に所属していたって話はさっきしましたよね。僕はそこで副団長をしていたんだよ。あれだけ有名なギルドの副団長だ。正直周りからはちやほやされ、嫌な気分はしなかった。でもある日、君のお姉さんが突然言ったんだよ。<暁の騎士団>というギルド自体を解散するってね。僕には意味がわからなかった。これだけ大きなギルドが解散するなんて、もはや一個人で決めれるような事じゃない。それに僕には理解できなかった。これだけ大きくしたギルドを解散させる理由がね」
そこまで一息に喋ると、ふーっと深い息を吐く。
少し喋り疲れたのか、その顔には疲労の色が見えた。
しかしその瞳に宿るのは、怨嗟の色。
何かに執着しているような怨念めいた雰囲気を感じた。
俺達は口を挟まずに、続く言葉を待つ。
すると一呼吸ののち、また静かに<ミライ>は語り出す。
「さて。話はここからが本題なんだ。そんな突然切り出された解散の話に納得いくはずもなかった僕は、君のお姉さんに問いただしたんだ。どうしてギルドを解散するのか教えて欲しいってね。でも、明確な答えが返ってきたわけじゃなかった。それからギルド内でも解散派と存続派に内部分裂するのに、時間はかからなかったよ。僕はもちろん存続派だけどね。まあそれからのギルド内は殺伐としててひどい有様だったなー。相反する組織が敵対して影でPKする事すらあったからね。でもそんな時間も長くは続かなかった。僕が存続派のリーダーになって、君のお姉さんをどうにかしようと思い立ったんだ。正確には彼女をどうにかして排除したかった。それで思いついたのが、ボス戦での不慮の事故という演出だった。それなら誰にも怪しまれずに彼女を排除する事ができると思ったんだ。いいアイデアだと思わないかい?」
何の感情も表に出さず、真実を語るミライ。
俺達はそのアイデアとやらに同意する事はできなかった。
なぜなら狂っているからだ。
その内包された狂気はもはや俺達の理解を超えている。
俺は震える声を押さえつける様にして言った。
「あんたは狂ってる。そんな理由でユイのお姉さんをあんな風にしたのか!?」
「理解してもらおうなんて思ってないよ。ただゲームをクリアした君達には、真実を知る権利があると思ったから喋ったんだ」
「それで何で今更のこのこ現れて、ゲームクリアの報酬を要求してきた?」
「それは……僕にはもっと強い力が必要だからだよ。この世界を支配できるぐらいのね。だから素直に渡してくれれば君達に危害を加えるつもりはないよ」
「はいそうですかって素直に渡すと思うか? 悪いが俺達は急いでるんだ。あんたの戯言に付き合っている暇はない」
「そうか。それは残念だね。本当に残念だ」
そう言ったミライは、背中から剣を抜くと正眼に構え俺達にその切っ先を突き付けてきた。
「何のマネだ。俺達を殺して奪い取るつもりか?」
「しょうがないだろ? 素直に言う事を聞いてくれないなら、こうするより他にないからね」
しょうがないと言いながらも、その顔には好戦的な笑みが浮かんでいた。
ユイの姉さんを助けるためには、ここでコイツを倒す他ないようだ。
俺は剣を静かに抜き放つと、一歩前に出て剣の切っ先を相手に突きつけた。
「俺と一対一の勝負で決着をつけるってのはどうだ?」
「へえ。随分と強気じゃないか。僕は別にそれでもいいけど、本当にそれでいいのかい?」
「ああ。その代わり、もし俺が負けたとしても他の二人には手を出さないでくれないか?」
「分かった。君が負けたら他の二人に手は出さないと誓おう」
するとユイの悲痛な声が俺達の戦闘を遮る様にして響き渡った。
「ダメです! レンさん一人で戦うなんてダメですよ! これは私の問題だから、私が戦います!」
俺はユイを落ち着かせる様に諭す様にゆっくりと言った。
「悪いけどここは俺に戦わせてくれないか? ユイがもし死んだら俺は自分を許す事ができないと思うから」
「そんなの私だって同じですよ! もしレンさんが負けたら私だってどうすればいいか……うっ……うぅ……」
突如泣き出したユイに戸惑いながら、ミライを見るとやれやれとばかりに首を振っていた。
俺は弛緩した空気の中、ユイの元へと歩いて行くと、その肩をゆっくりさすってあげた。
すると堪えきれなくなったのか、俺の胸元に顔を埋め本格的に泣き始めてしまう。
俺はユイの頭を優しく撫でながら、少し落ち着くまでそのままの体勢でいた。
数分ののちユイが目を赤く腫らしながら面をあげ、ごめんなさいと涙混じりの声で言うまで俺はしっかりとユイを抱きしめていた。
ユイが落ち着くと場を仕切り直すように、ミライが言う。
「もういいですかね?」
「ああ。悪いな。さあ、始めようか」
お互いの距離はわずか数メートル。
スキルを放てばすぐに詰められる距離だった。
しかし俺はスキルを使わずに相手の出方を慎重に窺っていた。
ここでスキルを使えば、エフェクトでばれてしまう。
だからあえて俺は何もせずに、相手の攻撃に合わせてカウンターを入れるつもりだった。
二人の間に緊迫した空気が流れる。
時間にしてまだ数秒しか経っていないだろうが、数分にも感じられる程硬直状態は長かった。
俺がいまだに隙を窺えずにいると、ミライが先に仕掛けてきた。
大地を勢いよく踏みしめ、そこから放たれる脅威の膂力を持って彼我の距離を詰めてくる。
一瞬ののち俺の眼前まで迫ると、その切っ先が鋭い一撃でもって突きこまれる。
俺は寸での所でその剣を躱すと、流れた体を立て直す様に足を踏みしめる。
踏みとどまった俺の眼前に、上段からの斬り下ろしが襲いかかる。
それを後方に倒れ込む事により、何とか凌ぐ事に成功する。
倒れ込んだ後すぐ体制を立て直し、剣を正眼に構えなおす。
ミライはあえて追撃せず、余裕綽々の態度で構えていた。
チッと舌打ちしてから、俺はミライに向かって駆け出した。
剣を腰に構え、ミライの数センチ手前で勢いよく抜刀する。
鞘から奔った剣は音高く響き、しかしミライを切る事は叶わなかった。
ミライに届く前に防がれたその剣戟は、嫌な音を響かせ鍔迫り合いとなる。
俺は持てる力の限りを尽くして押したが、相手の剣は一ミリたりとも動かなかった。
まるで子供と大人の力比べの様だ。
歯を食い縛り押し込もうとするが、それでもミライの顔には笑みすら浮かんでいる。
暗にそれは己の勝利を確信している強者の笑みであった。
力では勝てないと判断し、俺は剣を後方に受け流すと一旦距離を取った。
「どうしましたか? あなたの実力はこの程度のモノだったのですか。正直に言って幻滅です。この程度の実力でクリアしたとなれば、この<EOW>もそろそろ潮時かもしれませんね。世の中にはいくらでもゲームはある。別にこの世界に固執する理由もありませんしね」
俺はその身勝手な言い分に心底腹が立った。
ユイのお姉さんを罠に嵌め、自らがギルドを乗っ取ろうとしたミライ。
しかし今はどうでもよさげに、つまらなそうな顔をしていた。
そんなミライの身勝手な考えがユイのお姉さんをあんな目に合わせたと考えるだけで、腸が煮えくり返りそうだった。
俺は軋む体に鞭打つと、スキル<神速の踊り手>を発動する。
体全体を包む見えないオーラ。
剣を<ナイツオブナイツ>に切り替え、俺は全身全霊を以てミライに斬りかかった。
一陣の風となり駆ける俺の先には、目を見開いたミライの姿。
さすがに俺のオリジナルスキルについては予想外だったのだろう。
俺はその隙を見逃さずに、鋭い踏み込みと共に剣を振り下ろす。
しかし、俺の振り下ろした剣がミライの体を切り裂く事はなかった。
ミライは、俺の剣閃を捉え、しっかりとその一撃を防いでいた。
ミライの顔にはニヤリとした笑みが浮かんでいる。
俺はその顔を見て悟った。
ミライはワザと隙を作り、俺に攻撃させるためにあえて芝居を打ったのだと。
そしてそれにまんまと嵌ってしまった俺は、自分の愚かさを呪った。
「くっくっく。驚いた顔をしてどうしたのですか? もしかして、僕に勝てると…そんな甘い幻想を抱いてしまいましたか?」
人を小馬鹿にした様な笑みを湛え、嬉しくて仕方がないのだろう、お腹を抱えながら言ったミライの顔は、とても底意地の悪い顔をしていた。
俺は自分の単純な行動に幻滅し、戦う意志すら失いそうになっていた。
もういいんじゃないか?
お前がそこまでする意味はあるのか?
心の声が俺の体から力を失わせていく。
俺にはもう戦う気力はほとんど残っていなかった。
俺が剣を下ろし、戦いを放棄しようとしたその時。
凛としたユイの声が響く。
「レンさん! 諦めないでください! レンさんなら必ず勝てます。だから、だから最後まで戦ってください!」
その声を聞いた瞬間。俺の中で得も言われぬ不可思議な力が漲るのを感じた。
その力は、俺の体の奥底から溢れる様にして湧きだし、止まることを知らない。
温かくも落ち着く、そんな不思議な安堵感に満たされていた。
「今ならどんなやつが相手だろうと負ける気がしないな。悪いけど、もう決着を付けさせてもらう」
両手を左右に開き、いかにも人を馬鹿にした様なポーズを取るとミライは言った。
「それはどんな冗談ですか? 不可能な事を口にするものではありませんよ」
「不可能かどうかは、もうすぐわかるさ。行くぞ!」
俺はついに自分でも追い切れない程のスピードで駆けると、一瞬の内にミライを斬る。
ミライは自分が斬られた事にも気付かずに、遅れて声を発した。
「くっ。今何を……。この僕が見えなかった? そんなはずはない。君ごときが、僕を超える何て事あっていいはずがないんだ!!」
最後に子供が駄々をこねる様にして地団太を踏むと、俺めがけて剣を突きこむ。
俺はその剣を上に弾くと、剣は硬質な音を響かせてミライの手から離れた。
遥か彼方……地面に突き刺さったその剣は、使い手を失い寂しげに煌めいている。
無防備となったミライの腹部に、俺の剣が深々と突き刺さった。
信じられないといった顔をして、突き刺さる剣を見つめるミライ。
どんどん己のHPが削られていくのを見ると、途端に喚き散らす。
「う、嘘だ! 僕が負けるはずない。僕はこの世界を支配する人間なんだ。こ、こんな所で負けていいはずがないんだ!」
最後には化けの皮が剥がれ、子供の様なうわ言を呟いていたが、次第にHPがゼロに近づいていくと、最後には目を閉じてそのままポリゴンの塵と化した。
長かった戦いに終止符が打たれると、俺の体から力が失われていく。
最後にこちらに駆け寄るユイとハロルドの姿が見えた。
微睡む意識の中、俺は安堵の笑みを浮かべると、そのまま意識を手放すのだった。
次話で最終話となります!
今まで長い間、お付き合い頂きありがとうございました!
それでは最終話も宜しくお願い致します。




