第24話 その未来(さき)に待つ者
ダンジョン内に咆哮が轟く。
三つ首の魔獣は獲物を前にして待ちきれない様子だ。
俺達めがけその鋭い咢で攻撃してくる。
俺達はそれを難なく躱すと、反撃の態勢を整える。
「左翼からハロルド。俺は右翼から攻める!」
俺とハロルドが挟撃する。
しかし三つ首の魔獣はしっかりと俺達の動きを捉え、反撃のチャンスをことごとく潰してくる。
牽制するようにして首を前に突きだし、噛み千切ろうとその口を開ける。
口から滴り落ちる唾液は、俺達に嫌悪感を与えるにふさわしい異臭を放っていた。
卵の腐ったような匂いが鼻孔をくすぐり、たまらず鼻を押さえる。
五感を感じるこのゲームで、異臭を放つ物はプレイヤーにとって天敵だった。
不快感に体の動きは鈍り、下手すれば麻痺のバッドステータスまで付与される。
もし唾液が直撃すれば、確実に麻痺状態になり体が一定時間動かせなくなってしまうだろう。
それだけは避けるべく、俺とハロルドは懸命に動いていた。
時折体のすぐ横を唾液が通り抜けていく。
その度に冷や汗を流し、緊張した時間だけが過ぎて行った。
戦闘開始から数分経った今。
俺達はまだ均衡状態を保ったままだった。
均衡状態と言っても、決め手に欠ける俺達の方が追い詰められていると言っても過言ではない。
この均衡状態を破るため、俺は苦肉の策に出る。
オンリースキル<神速の踊り手>を発動させると、武器を<ナイツオブナイツ>に切り替え、単身特攻を試みる。
強化された俺の体は縦横無尽に戦場を駆け巡り、敵を撹乱するように肉薄していく。
敵との距離わずか数センチの所まで迫った俺は、剣を腰だめに構えると、スキル<クロスエッジ>を叩き込む。
剣閃が十字を引き、敵の胸部を深々と切り裂いた。
苦痛に咆哮をあげると、苛烈な反撃が俺を襲う。
三つ首全てが俺に焦点を合わせ、唾液を雨のように浴びせてくる。
その全てを薄皮一枚で躱すと、俺は一旦距離を取るべく、大きく後方に飛んだ。
俺が後ろに後退すると、横にハロルドが並び立つ。
「何とか一太刀浴びせたか。この後はどうする?」
「俺がまた突っ込むから、隙を見て俺に続いてくれないか」
「わかった。いける所までいくか!」
俺とハロルドは同時に大地を蹴る。
俺がジグザグに動き、ハロルドはターゲットを取らないように慎重に行動する。
するとボスがまた俺めがけ唾液を飛ばしてきた。
俺はそれを冷静に躱し、剣を後ろに引いて<イニシエーション・スパイク>を放つ。
彼我の距離を一気に埋める神速の突きが炸裂する。
俺の剣がボスの腹部に吸い込まれるようにして突き刺さる。
一際でかい咆哮をあげると、ボスは後ろにノックバックした。
その隙を突く様にしてハロルドが横合いから戦斧を思いっきり叩き込む。
重量の乗ったその一撃に、ボスもたまらずたたらを踏む。
「今がチャンスだ! 一気にたたみかけるぞ!」
ユイが後方から散弾銃のように矢を射る。
ハロルドは怒涛の連撃を叩き込み、ボスのHPを削り取って行く。
「うおおおおおお!」
俺は声が枯れる程叫びながら剣を前へ前へと押し出す。
残りのHPを削りながら肉を貫き絶命させようと沈んでいく。
最後に渾身の力を振り絞り、体内の奥深くまで剣を突き刺すと、絶命の雄叫びをあげながらその身を散らして逝った。
絶命と同時に俺の体を包みこんでいた力も失われていく。
俺は地面に膝をつくと一気に脱力した。
弛緩した体を支える力もなくそのまま仰向けに倒れ込むと、俺の事を心配そうに見つめるユイの丸い瞳と目が合った。
上から覗きこむ様にして見てくるユイの不安気な瞳。
俺は安心させるため残り少ない体力を振り絞り微笑んだ。
「大丈夫ですか。肩貸しましょうか?」
「大丈夫だよ。少しすれば歩けるようになるから。今は少し休ませてくれ」
それでもまだ不安気に見つめるユイを俺は少しだけ頼った。
しばらくユイの肩に顔を乗せて休ませてもらう。
気を使ったのかハロルドの姿が見当たらなかった。
それから俺の体力も回復して歩ける様になった時。
頭上から再びアナウンスが聞こえた。
ザー。ザーっとノイズに交じり、味のある深い声が聞こえて来る。
「おめでとうプレイヤーの諸君。君達はもっとも速くこの<EOW>をクリアした最初のプレイヤーである。よって諸君に我々から細やかなプレゼントがある」
俺達はその言葉に大いに戸惑った。
まだこのゲームは終わっていないはずなのである。
この第五フィールドには三つの島が存在し、その全てに存在するボスを倒して、初めてゲームクリアとなるはずだからだ。
「どういうことだ!? まだゲームは終わってないはずだろう!」
「それが我々の都合により、ここでこのゲームはクリアとなる。諸君には誠に申し訳ないが許して欲しい。それではこれが我々からのプレゼントだ」
その言葉を最後に声は聞こえなくなってしまった。
戸惑う俺達をよそに、メッセージが目の前に表示された。
そこにはこう書かれていた。
『ゲームクリアおめでとうございます。最初にこのゲームをクリアしたレンさんには、|《大器の秘宝》(オーバーレリック)をプレゼントさせて頂きます』
簡潔に記されたその文章を見ても、俺は何の感慨も覚えなかった。
まだゲームは続くと思っていたのに、急にこれで終わりだと言う。
俺はやるせない気持ちを抱えながらも表に出すことはせず、心の中に留めるに至った。
ユイにとってはまたとない朗報だ。
俺はユイの方に視線を向け、ぎこちなくならない程度に笑みを浮かべた。
するとユイは目から大粒の涙を音もなく流し、歓喜に打ち震えていた。
声を押し殺して喜んでいるその姿がとても印象的で、俺はしばしの間見惚れてしまった。
俺の横ではハロルドがそっぽを向きながら、隠れて男泣きしていた。
ああ見えてハロルドも情にもろい所がある。
今ではそんなハロルドの事が仲間として好きになっていた。
俺はユイが泣き止むまで一人遠くの方に離れ、しばらく時間を潰す事にした。
しばらくしてからユイが俺の所へと歩いてやってきた。
座っていた俺の隣に腰を下ろすと、静かに語り始める。
「今までレンさんには本当にお世話になりました。本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げるとまた少し涙が頬を伝い始める。
俺は人差し指でその涙を掬い取ると、ユイへと笑いかけながら言った。
「こっちこそ今までありがとう。たぶん俺一人の力じゃゲームクリアはできなかったよ。あの時ユイに出会っていなかったら、今頃まだ地上にいたんじゃないかな」
おどけながらそう言った俺に、ユイは笑顔を返すとこう答える。
「それじゃあ、おあいこって事ですね」
涙で腫らした真っ赤な瞳に俺の姿が映り込んでいた。
俺とユイの視線が交差する。
しばらくの無音。やがてどちらからともなく二人の距離が近づいて行った。
あと数センチ近づけば唇が触れそうなその時。
空気の読めない一人の闖入者が現れた。
「おーい! そろそろダンジョンから脱出しようぜ!」
大声を出し手を上げながら近づいてくるハロルドに、二人して刺々しい視線を送る。
訳も分からず睨まれたハロルドは、後頭部をかきながら近づいてくると、バツが悪そうにしていた。
そんなハロルドを見て俺達が笑うと、ハロルドもつられて笑う。
俺達はその場を後にするとダンジョンを入り口へと戻り、そして脱出した頃には日が沈んでいた。
そのままユイのお姉さんが無事かどうか確かめるべく、俺達は疲れた足を引きずって来た道を引き返していた。
空を見上げれば無数の星が煌めき、天の川の様相を呈している。
道中モンスターとエンカウントする事なく、ユイのお姉さんが囚われているダンジョンに着く事ができた。
扉を潜ってダンジョンに入ろうかというその時。
突如雷鳴が轟き稲光が大地を穿つ。
轟音に耳を押さえ立ち尽くす俺達三人の目の前に、見知らぬ人影が立っているのが見えた。
暗闇に光るその出で立ちは全身を黒く染め、背中に一振りの剣を背負った男のように見えた。
次第に雷鳴も収まり、暗闇に目が慣れてくると、しっかりとその人物を見分ける事ができた。
そこに立っていたのは、以前俺達を助けてくれた謎の人物に他ならなかった。
久しぶりの更新になってしまい申し訳ありません。
話も最終話に向かって進んでいます。
後もうしばしお付き合い頂けたら幸いです。




