第21話 天空への旅路
あのハロウィンのイベントから数日が経過した、2020年11月某日。
俺達は気を取り直してゲーム攻略に勤しんでいた。
俺達のレベルも順調に上がり、現在俺のレベルは32まで上がっていた。
ユイは30。ハロルドが35。もう第四フィールドの中ボスクラスなら戦えるレベルになっていた。
そんなある日、俺達の耳に第四フィールドのボスの居場所が発見されたと報告が届いた。
情報によると、ボスのレベルは37。水に生息している巨大魚だと言うことだ。
ボス戦に挑んだプレイヤーの話では、ボスの強さはレベルよりも強く感じたと言っていたらしい。
俺達はボス戦に挑むべく現在もレベル上げを続行中だった。
少し遠出をして、この第四フィールドで経験値がおいしく稼げるポイントを探し当て、そこで重点的にレベル上げをする。
そしてそれから数日が経過して、ゲーム内でも冬の足音が聞こえて来るような寒さの日。
俺達は万全の態勢を整えてボス攻略に挑もうとしていた。
俺のレベルは37まで上がり、ユイが35、ハロルドに至っては40になっていた。
ボス攻略におけるレベル的な問題はクリアした。後は俺達がレイドを募集して挑むだけだ。
俺達<黄昏の月>はボス攻略のため、レイドを募集する。
すると数日中にかなりの人数を確保することができた。
五人のパーティーを四組。計二十人でレイドを組むと俺達はボス攻略へと乗り出した。
情報によると、ボスが存在するのはこの【ウルガス】から遥か北に進んだ所らしい。
あくまで情報としてしか知らないので、実際に目にしてみないと大した対策も立てられなかった。
挑んだパーティーは全滅したらしく、生半可な戦力では返り討ちに合うだけだと言われていた。
しかし俺達はレベルも安全圏だし、何よりそんな悠長にしていられる時間など最初からなかった。
そして俺達レイド組が町を出て北へと進むこと二時間。
ようやく噂のダンジョンが見えてきた。
そのダンジョンは全長一キロ程の湖で、話によるとこの湖に生息している巨大魚がボスらしい。
俺達は湖の近くで一旦休憩を挟み、しばらくボスが出てくるのを待つ。
しかしどれだけ待っていてもボスが現れる気配はなかった。
「本当にここにボスがいるのか。待ってても一向に現れる気配がないんだけど」
「ゆっくり待ちましょうよ。もしかしたら湖を泳いで散歩してるのかもしれないですし」
ユイはそんな呑気なことを言うと、太陽を見つめ眩しそうに眼を細める。
そんなユイを見ていたら俺も落ち着いてきて、それどころか眠くなってくるような気さえしてくる。
ゲーム内でそんなことは起こり得ないのだが、気持ちの問題だろう。
そうして俺達がゆっくりとした時間を過ごしていると、突如湖が波打ち始めた。
水は大きく波打ち、俺達がいる沖へとどんどんその勢いを増して押し寄せてくる。
一旦俺達は避難するとその大きなうねりの中心を眺める。
出てくるのはボスなのか、はたまた違う別の何かなのか。
俺達が息を呑み待っていると、ついに謎の生物が姿を現した。
その体躯は魚そのもので、例えるならば鮭の巨大版だろうか。
鋭く尖った牙を持ち、全長は五メートル程はあろうかという巨体。
尻尾を一振りしただけで湖の水を波立たせ、その膂力は見た者を凍りつかせる程の力強さだ。
俺達は現れたボスめがけ特攻を心みるが、いかんせん相手は水の中にいる。
どうしてもこちらからの攻撃は届かなかった。
俺は後方に控えている弓部隊を呼ぶと言った。
「ちょっとここからボスまで攻撃してみてくれないか?」
ユイを筆頭に五人いる弓部隊は、弓を構えるとボスめがけその矢を射る。
鋭い風鳴り音を響かせながら飛んで行った矢は、しかしボスに届くことなく途中で失速すると、水の中へと落ちてしまった。
「やっぱりか。これじゃ俺達の攻撃は届かないな」
「どうしましょう。レンさん何かいいアイデアはないですか?」
「今の所は打つ手なしだな」
ユイが心配そうにこちらを見つめてくるが、俺には一つだけ策があった。
こうなることを予測して、実は釣竿を用意しているのだ。
しかしあんなでかい魚を釣れる確信はない。
それに、そんな突拍子もないことを言って馬鹿にされるのも恥ずかしかった。
するとレイド組の中の誰かが言った。
「だったら釣ればいいんじゃないか?」
その一言によりその場の空気が凍りつく。
まさかそんな馬鹿みたいな発言をするとは思ってもいなかったのだろう。
しかし俺は心の中でその案に乗りたい気持ちでいっぱいだった。
せっかく釣竿を用意したのだ。試さずに終わるのは気持ち悪い。
俺はその誰かが言った案に乗ることにした。
「俺はいいと思う。やってみる価値はあるんじゃないか?」
「レン本気か? あんなでかい魚を釣る道具なんてないぞ?」
「実は俺が用意してるんだ。それを使ってみよう」
「レンお前。もしかして最初からそのつもりだったのか?」
「何のことだ。たまたまだ。たまたま」
俺は気恥ずかしさからそそくさと釣竿を取りに行く。
その間メンバー達は俺の一挙手一投足を興味深そうに見ていた。
俺は視線を無視しながら、一人もくもくと作業に集中する。
集中すること十分。釣竿の用意が整った。
その釣竿は全長三メートルはある業物で、名を<ビッグハンター>と言う。
第四フィールドの町【ウルガス】で売っているのを見つけて買ってしまったのだ。
しかし本当に役立つ時が来るとは思ってもいなかった。
その釣竿を両手でしっかりと持ち、ステータス強化のスキル。<ストレングス>を自分にかける。
筋力パラメーターが強化された俺は、難なく<ビッグハンター>を後ろに引き、そして勢いよく前方に振り被る。
糸の先には団子状の練り餌を引っかけ、その餌で魚を釣る仕組みだ。
糸がギュルギュルと音を立てボスのいる手前三十センチ程で水の中へ落ちていく。
俺はボスが食いつくまで辛抱強く待つつもりだった。
しかし餌が水の中に沈んでからものの数秒で、竿が勢いよくしなり、リールから糸が物凄い勢いで出て行く。
俺は間違いなくボスが食いついたと確信した。しかし今焦って合わせてしまっては意味がない。
俺は限界まで待って完全に食いついたタイミングで竿を起こした。
すると俺の体が馬鹿力で引っ張られていく。
俺は足に力を入れて何とか堪えようとするが何の意味もなかった。
どんどんと湖へ引っ張られる俺を見て、仲間達が慌てて俺の体を支えてくれる。
「ありがとう。このまま強引に釣り上げるぞ。俺の体をそのまま引っ張ってくれ」
俺以外の十九人の力を結集して、俺の体を湖とは反対方向へと引っ張る。
徐々に沖へと向かってくるボスを見て、一心不乱に引っ張る。
途中小休止を挟みながら格闘すること数十分。ついにボスが沖へと釣り上げられる。
「最後の力を振り絞れ。いくぞ、せーの!」
全員で一息に引っ張るとボスが水中から地上へとお目見えする。
水中のアドバンテージをなくしたボスは、地上でのたうちまわるように暴れた。
一旦暴れるボスから距離を置くと、俺達はボス戦に備えて各々準備をする。
準備が整ったら俺の合図で戦闘開始だ。俺は口を大きく開いて息を吸い込むと、一気に吐き出した。
そして戦闘開始の合図を告げる。
「これより第四フィールド、ボス戦の開始を始める。必ず皆で倒して先に進もう。いくぞ!」
まず予定通り俺を含める剣士組がボスへと突撃を開始する。
水中にいない魚など赤子も同然だった。
俺達の攻撃は全てがクリティカルヒットを叩きだし、物凄い勢いでHPを削り取って行く。
本来であれば水中戦が展開されていたのだろう。しかし運営側もボスが釣り上げられるなど思ってもいなかったはずだ。
予想外の展開により、俺達は順調すぎるペースでボスのHPを削り取って行く。
ボスは反撃の手がないのかずっと攻撃を受け続けるばかりだ。
「このまま最後まで押し切ろう。全員で突撃するぞ!」
俺の合図を聞きつけた他のメンバーも攻撃に参加する。
後はもうひたすらHPを削り続ける単純な作業になってしまった。
ボスと格闘すること一時間。ついに決着の時が訪れた。
俺達は何の危機もなくボス攻略に成功することができた。
正直こんな簡単にボスが倒せるとは思っていなかったし、あっさりしすぎていて逆に変な気分になってしまった。
残るフィールドは第五フィールドを残すのみなのに、手前の第四フィールドがこんな簡単に終わってしまっていいのだろうかという不信感。
いくらイレギュラーな事態だっとはいえ、こんなにも簡単に倒せてしまっては何かを勘ぐってしまっても無理ないことだ。
俺達は第五フィールドへとその足を伸ばそうとしていた。
しかしその時突如アナウンスがボス部屋へと響き渡った。
この感じには覚えがある。第三フィールドでボス攻略が終わった瞬間、聞こえてきた声と全く一緒のものだった。
「プレイヤーの諸君。第四フィールド攻略おめでとう。まさかここのボスを釣りあげるなどとは我々も考えつかなかったよ。それでもクリアした君達を我々は祝福したいと思っている。さて、これから君達には最後のステージ。第五フィールドへと足を踏み入れることになる。しかしその前に言っておきたいことがあるので聞いて欲しい。次の第五フィールドは知っているとは思うが、天空ステージとなる。つまりは空に上がってもらうことになるわけだ。それによって一つ障害が発生してしまう。それは何かと言うと、空に上がったら最後、地上には戻れない。つまり今まで君達が歩いてきたこの地上へは戻ってこれないのだ。それでも君達は第五フィールドに行く覚悟があるかい?」
長々と口上をのたまった運営側の人間は、最後にそう締め括った。
しかし何を言われても俺とユイには果たすべき使命がある。
ユイのお姉さんを目覚めさせるにはこのゲームを最速でクリアしなければならないのだ。
そのために俺達はここまでがむしゃらに進んできた。
今更何を言われた所で引き返すつもりなど毛頭なかった。
俺は虚空を見据えながらしっかりとした声で答える。
「悪いが俺達には急ぐ事情があるんだ。今更何を言われても俺達はこのままゲームクリアまで突っ走るぞ」
俺が答えると、しばしの間が空いた。そして空気を吐き出す音が聞こえると続いて声が聞こえる。
「そうか。君達の考えはわかった。なら私から言うことはもうないよ。今から目の前の扉を潜ったが最後、そこには空へと旅立つ飛行船が用意してある。それに乗車したらもう後には引き返せないからね。それだけはよおく肝に銘じておくように」
その言葉を最後にもう声は聞こえなくなった。
そして訪れるしばしの沈黙。俺は自分の考えを伝えたが、他のメンバーはどうだったのだろうか。
ふとそんな不安に駆られてしまった。俺が恐る恐る後ろを振り返ると、メンバー全員が俺のことを見ていた。
その顔からは何の迷いなど感じられず気持ちは一緒だったんだと思えた。
俺はちょっと気恥ずかしくなってコホンと咳払い、一呼吸の間を置いてから話始めた。
「じゃあ今から最後の第五フィールドに向かおうと思う。いちお確認しておくけど、まだやり残したことがある人はここに残ってもいいんだぞ?」
俺は一人一人顔を見渡しながら確認を取って行く。
しかし誰も名乗り出る者はおらず、そればかりか早く行こうぜと言いたげにこちらを見てきていた。
俺は全員の意志を確認して、ほっと心の中で一息吐くとその足を扉へと向ける。
俺を先頭にレイド組全員がその扉を潜ると、目の前には飛行機より更に一回りは大きい巨大な飛行船が待機していた。
よくゲームで目にする飛行船と同じ形をしており、飛行船に乗り込めるようにと足場が確保してあった。
外観はそんなに豪華な感じではないが、一度乗車してみるとその快適さに驚くことになった。
見た目に反して広いスペース。メンバー全員が乗り込んでもまだまだ余裕がある。
そして室内は数えきれない程の部屋数が用意されていた。
俺達全員で寝泊まりしてもまだまだ部屋は余っている。
たぶんこれからどんどん第五フィールドになだれ込んでくるであろうプレイヤーを見越して、これだけの設備を整えているに違いない。
フルダイブすることにより極めて繊細にゲームの中に入り込んでいる感覚を味わえるのがこの手のゲームの強みだが、それゆえにプレイヤー自身が快適に感じられる部分というのはかなり助かる。
これだけゲームの中で体を動かしたりしていると、架空の体とはいえ疲れてくるものなのだ。
俺達は豪勢な設備にうつつをぬかしつつ、この飛行船での旅を大いに満喫するのだった。
それから一時間程飛行船に揺られつつ各々時間を過ごしていると、ついに最後のステージである、第五フィールドが垣間見えてきた。
飛行船の窓から見るのももどかしく、デッキ部分へと急いで走り出す。
すると考えることは同じなのか、自然と全員がデッキ部分に集合する形となった。
俺達はただただ空の景色に圧倒されるばかりで、何も言葉を発することができなかった。
その内、いくつも空に浮かぶ島が見えてくる。
何と言えばいいのかわからないが、浮遊大陸とでも呼ぶのが妥当か。
「レンさん。すごいですね! 私なんだか圧倒されちゃいます」
「だな。俺も今言葉を失ってるよ。まさか本当に空に大陸を作っちゃうなんて、スケールが大きすぎる」
俺とユイは二人揃ってそのまま静かに到着するまでの時間を過ごした。
それから数分が経ってようやく空の大陸へと到着した。
一番近くの島に無事着陸すると、俺達はひとまず第五フィールドへの記念すべき一歩を刻む。
「やっと最後のステージだな。後はここをクリアすればユイのお姉さんを助け出せるはずだ。最後まで頑張ろうな」
「はい! 私も一生懸命戦いますよ。お姉ちゃんを助けるためにここまで来たんですから。最後まで一緒にいさせてください」
俺は一先ず近くに町がないか探索することを提案する。
とにかく一旦町に入って今日はログアウトしたかった。
現在浮遊大陸を歩いているが、特に空だからといって何かがあるわけでもなかった。
飛行船から見た限りでは、大陸の先端まで行けば岩肌が剥き出しになっており、落ちる危険があるぐらいか。
そんな浮遊大陸を散策すること数十分。ついに俺達は最初の町に辿り着く。
町中に入るとたくさんのNPCで溢れ返っていた。
地上同様様々な露店を構え、人で溢れている。
俺達は一旦宿屋に行くと、別れの言葉を交わし今日の所はログアウトすることにした。
現実世界へと帰還した俺は、自分でも驚く程に高揚していることに気付く。
知らず知らずの内に最終ステージへの期待が昂ぶっていたのかもしれない。
俺は外へ出ると冷たい夜風にその身を晒し、昂ぶった感情を落ち着けるようにしてしばしその場に佇む。
通りを歩く人が奇異な視線を向けてくるが、今の俺にはそんなこと些末な問題だった。
「ついに最後のステージに辿り着いたな。ユイのお姉さんを取り戻せるんだ。このゲームが終わったら俺達の関係も終わるのかな」
冷たい夜風に呟いた言葉は溶け消え、俺は一人歩き出す。
現実世界の俺は無力だ。でも後少しで約束を果たせる。
俺は落ち着かない感情を抱えて家路を一人歩くのだった。




