第17話 リベンジ戦 パート1
あのボス戦の敗北から一週間の時が過ぎていた。
俺達は現在第三フィールドのモンスター相手にレベリングの最中である。
一週間みっちりレベリングに勤しんだかいあって、俺達のレベルはあの時より大幅に上がっていた。
現在俺のレベルが28。ユイが26。ハロルドが30になっていた。
ボスのレベルが30であったことを考えると、ハロルドがやっと同等のレベルである。
正直今の状態だと勝てる見込みは薄いのだが、俺達はそれでも挑戦してみようと思っていた。
なぜなら囚われているユイの姉を早く助け出してあげたいからだった。
俺は目の前のモンスターを倒すと、剣を左右に振りそれから鞘に納める。
そして俺は皆の顔をしっかりと見ながら言った。
「俺は準備を整えて再度ボス戦に挑戦してみようと思う。皆の意見を聞かせてほしい」
ユイは嬉しそうに笑いながら賛成してくれた。ハロルドもリベンジに燃えているのか賛成してくれた。
これで俺達の心は決まった。後は準備を整えてもう一度アタックするのみだ。
一旦町に戻った俺達は、アイテムの補充などを済ませ町を後にする。
それからもう一度氷に閉ざされたあの遺跡へと向かうのだった。
今回リベンジ戦をするにあたって、俺達のギルド<黄昏の月>はレイドパーティーを募集して、それなりの形にはなっていた。
前衛で壁役になってくれるタンクが五人。アタッカーが五人。後方で支援してくれるパーティーが五人。
俺達を含めると総勢十八人の大所帯になっていた。これだけの人数がいれば攻略は可能だろうと思われる。
しかしボス戦とはいかなるアクシデントが発生するかわからない。それを考えれば油断はできないと言うことだ。
そんな俺達レイド組はボスが待ち構える氷の遺跡に辿り着く。
ボスまでの道順は完全に覚えているのですんなりとボスが待つ部屋の前へ行くことができた。
一旦扉の前で立ち止まると、俺は先頭に踊り出て皆の顔を眺めながら言った。
「これからボス戦に突入する。今日俺達のレイドに参加してくれた人はありがとう! ボスを倒して全員死ぬことなく第四フィールドに行こう!」
『おお!!』
皆の覇気ある声が俺の声に応えてくれた。俺達の士気は高い。これなら十分ボスと渡り合えるはずだ。
俺はそっと扉を押し開くと、ボスが待ち構える部屋へと足を踏み入れた。
前回同様部屋の中央まで進んで行くと、どこからともなくボスが現れる。
氷雪の女王と名付けられたそのボスは、前回と同じく俺達を見ると小馬鹿にするような笑みを浮かべ言った。
「また来たのですかか弱き人間たちよ。人数が増えようが私を倒すことは不可能ですよ」
ボスの存在感と放たれる威圧に萎縮したプレイヤーもいるだろうが、今回は人数が多い。
前回とは違い善戦はできるはずだと俺は思った。
俺は一歩前に出るとボスへ向かって宣言する。
「悪いが今回は倒させてもらうぞ。ユイのお姉ちゃんを取り戻さなきゃいけないんでな」
「それはどうでしょうか。そんな簡単にやられるつもりはありませんよ」
「タンク組前へ。まずはボスの攻撃パターンを分析するんだ」
俺の号令により、盾装備の壁役が前に出る。これで一定時間ボスの攻撃に耐え、その間にある程度の攻撃パターンを把握しようという作戦だ。
後方では回復役としてユイを含めて六人待機させてある。回復といってもこのゲームに魔法は存在しないので、アイテムで回復するしかないのだが。
その回復アイテムを常備させて、仲間のHPの減り具合に応じて回復してもらう手筈になっている。
前衛の壁役となるタンク組に対して、ボスの鋭い攻撃が襲いかかる。
前回同様手に氷剣を顕現させると、それを振りかぶり一気に叩きつける。
前衛のタンク組をすさまじい圧力が襲った。
上段から振るわれたその一撃は、プレイヤーごと押しつぶすかのように地面を陥没させる。
もしこれが防御力に特化した壁役でなかったら、今の一撃で死んでいたかもしれない。
そんな風に思わせる程の一撃だった。
何とか凌いだタンク組のHPは、軒並三割程減っていた。
「たったの一撃でこの威力か。でもこれならアイテムの回復が追いつく。その間に俺達はボスに攻撃するぞ!」
『おお!』
俺とハロルドを含めたアタッカー組七人が同時に駆け出す。
タンク組がボスのターゲットを取ってくれているので、俺達は安心して攻撃できた。
何分間か攻撃していると、ボスの残りHPが半分まで減少する。
「これから攻撃パターンが変わるはずだ! 全員攻撃に備えて一旦退避!」
俺の号令により前衛にいた全てのプレイヤーが一旦後方に下がり、ボスの攻撃に備えるようにしてじっと待つ。
すると、ボスは氷剣を地面へと突き立て、氷の波を作り出す。
氷の波が俺達へと到達する前にタンク組が前へ踊り出て防御の姿勢をとる。
そのタンク組へと氷の波が殺到した。すべてを飲み込むかのようなその破壊力に、さすがのタンク組も顔に焦りが現れていた。
氷の砂塵が舞い、一気に視界が悪くなる。
俺は砂塵が収まるのを待ってから前方に視線を向ける。
するとHPが全快していたはずのタンク組が、全員残り三割程まで削られていた。
「う、うそだろ。たった一撃であんなにHPが持っていかれるのか。もし俺達があれをまともに喰らったら」
俺はあまりの威力に冷や汗をかいていた。正直勝てると思っていた。だが今の攻撃を目の当たりにして一縷の望みが音を立てて崩れ去った気がした。
「支援部隊回復頼む!」
後方で待機している支援部隊がアイテムでHPの回復を図る。
しかし回復途中のタンク組を、ボスの強力な一撃が襲った。
今度は地面から氷の檻が出現し、何人かが閉じ込められてしまったのだ。
「うわー! 助けてくれ!」
「何だよこれ!」
いきなりのことに取り乱したプレイヤーを氷の檻は逃がさない。
いくら攻撃しても檻は破壊されず、また見る見る内に囚われたプレイヤーは氷漬けになってしまった。
タンク組が何名か物言わぬ彫像と化す。それを見た他のタンク組が恐慌を起こすのにさほど時間はかからなかった。
取り乱して逃げ惑うプレイヤーを無慈悲な一閃が襲う。
背中を一閃されたプレイヤーはそのまま消滅した。
辛くも防御したプレイヤーは戦意を喪失しており、二撃目三撃目と続く攻撃をまともに喰らう。
そして気が付くと、五名いたはずのタンク組は全員が戦闘不能に陥っていた。
「くっ。このままじゃマズイな。一旦退却するか」
「レンさん! 私も前衛に行きます。少しでも役に立てるなら私戦います!」
「ダメだ! 今は無闇に動くべきじゃない」
後方からこちらへ走り寄ろうとしているレンへ俺は制止の声をかける。
しかしこちらへと走ってくるユイへボスの攻撃が放たれようとしていた。
「ユイ。止まれ!」
叫んだ俺の声をかき消すように振るわれた氷剣は、無残にもユイの体を切り裂いていた。
俺の目にユイの体から発せられる真紅のダメージエフェクトが焼きついた。
そして崩れ落ちるユイの体。全てがスローモーションに見えた。
固い氷の地面へと倒れ伏したユイのHPは残り一割。
俺は急いでユイの元へと駆け付ける。焦る手を落ち着けて、アイテムストレージを開くと、回復アイテムをユイへ使う。
ギリギリ死なずには済んだみたいだ。俺は安堵の溜息をつき、ユイを抱きしめる。
「頼むから無茶はしないでくれ。お姉さんを助けるんだろ」
「ごめんなさい。いつも心配ばかりかけてしまいますね」
俺がユイの体を放したその時。ハロルドの緊迫した声が聞こえた。
「レン! 後ろだ!」
俺がその声で後ろを振り返った瞬間。迫り来る氷剣が俺の視界を埋め尽くした。
今からでは回避は不可能。ならばせめてユイだけでも守ろうと、俺は再度ユイを抱きしめる形で背中を氷剣に差し出す。
しかしいくら待っても来るはずのダメージが来ない。
不審に思った俺はそっと後ろを振り返る。
すると氷剣を受け止める一人のプレイヤーが背後に立っていた。
無骨な片手剣を手に持ち、その細腕のどこにそんな力があるのかわからないが、ボスの苛烈な一撃を簡単に防ぐプレイヤー。
漆黒の服に身を纏い、全身黒一色で統一していた。まるで闇に溶け込む暗殺者のようだ。
しかし俺達のレイドにこんなプレイヤーは存在していない。
俺はいきなり現れた闖入者に問いかける。
「あんたは誰だ?」