13話
ボスが変身を遂げてから俺達は様子を見ていた。
何しろボスの攻撃パターンが変わったはずなので、迂闊に攻める事ができない。
こちらの余力もさほど残っていないのだから……。
ボスはこちらを鋭い眼差しで見つめたまま攻撃してくる気配がない。
どうやら向こうもこちらを敵と認識したらしい。
それだけ高い知能を有している事が既に驚嘆に値するのだが……。
「なあハロルド。俺が突っ込むからバックアップ頼めるか? 俺のスキルももう後二分ぐらいしか持たない。ボスのHPを削り取れるかはわからないが、このまま攻めあぐねていても埒があかない」
「任せろって! 俺が援護してやるから、お前さんは思う存分暴れていいぞ!」
「よし! じゃあ俺が合図したら同時に突撃だ。ユイ! 君は後方から回復アイテムで俺達を援護してくれるか?」
「わかりました! いちおアイテムは五個持ってるので、安心してください!」
「よし、じゃあカウント行くぞッ! 一…二…三……GOッ!!」
「はあああああ!」
俺は雄叫びをあげながらフィールドを疾駆する。
遅れまいとハロルドも付いてきていた。
俺達の突撃に気付いたボスがこちらを一層睨みつけると、その長い前足を高々と振り上げる。
「攻撃くるぞ! 横に躱せッ!」
「おうともよ!」
俺達は左右に散るとボスの攻撃を回避した。
俺達が居た場所をボスの鋭い一撃が穿つ。
地面は陥没し巨大なクレーターを作りあげる。
それを見た俺は身も凍る様な戦慄を覚えた。
「あんなのまともに喰らったら一発で死ぬぞ……」
「ちげーねー。俺が先行して引き付けるから、レンはスキルを準備してろ! 一気に叩くぞッ!」
「了解! 任せたぞ!」
ハロルドは先行してボスへと単身突っ込んで行く。
ボスはハロルドを標的とみなし先程と同じ様に前足を振り上げる。
しかしその全てを屠れる膂力を秘めた攻撃は、何者も屠る事はなかった。
既にハロルドは攻撃範囲から逃れており、ボスの背後へと取りついている。
ハロルドはボスの背後からその大剣で以て鋭い一撃を入れる。
ドガンと物凄い大きな音を立て大剣がボスの背中へと突き刺さる。
ボスは苦痛に身を捩じらせ暴れまわる。たまらずハロルドは一旦距離を取った。
その間俺はスキル発動の準備を整えいつでも攻撃できる様に耐えている。
体感だと残り時間は一分程度、正直ボスの残りHPから考えて倒すまでには至らないだろう。
それでもやるしかない訳だが……。
するとボスがハロルドへ向けて長い尻尾を振り回し範囲攻撃をした。
ハロルドはたまらず防御の姿勢をとる。しかし勢いを殺し切れずに後ろへと吹っ飛んでしまった。
その無防備なハロルド目掛け前足の鋭い一撃が迫る。
俺は我慢できずに飛び出した。
「とどけえええええええ!」
右手の剣を精一杯伸ばしスキル《イニシエーション・スパイク》を放つ。
ギリギリ俺の剣がボスへ届くと、攻撃モーション中のボスの攻撃をキャンセルする事に成功した。
すかさずスキル後の硬直時間を無視した二撃目のスキルを放つ。
剣が十字の軌跡を描く様に縦横に剣閃を刻むスキル《クロスエッジ》。
俺は軋む体を何とか押さえつけて三撃目のスキルを立ち上げる。
ギシギシと体の繊維が千切れる様な痛みを感じたが、今はそんな些細な事に構っていられない。
俺は三撃目のスキル《ヘキサグラム・アブソーバ》を放った。
正三角形と逆三角形の軌道を描き剣が振るわれる。
六芒星を象った形のソードスキルである。
三発ソードスキルを発動した事により俺のSPも残り僅かとなっていた。
俺は荒い呼吸を繰り返しながらボスの残りHPを確認する。
ボスのHPは残り二割まで減っていたが俺の《神速の踊り手》のスキル時間がもうすぐ切れる。
正直な所残り一割までは削りたかったが──ガクンと膝をつくと俺の体を覆っていた光が消える。
「レンさんッ!!」
「──チッ! 時間切れか……これは本格的にやばいな」
俺は痛む体に鞭打って立ち上がろうとするが、体が言う事を利かない。
ボスの残りHPから見てハロルド一人では倒し切れないだろう。
ましてユイの攻撃力ではダメージはおろか自分の身を守る事すら危うい……。
万事休すとは正にこの事だな……。
俺が半ば諦めの境地に達していると、ハロルドが一人ボスの前へと躍り出る。
ボスはここまで追い詰められた事自体が気に入らないのか、ハロルドを見つめ唸り声をあげている。
「無茶するな! アンタ一人で倒せる相手じゃない! ここで死んでも何の得にもならないぞ!」
「わかってるよ……でもお前一人にいいかっこさせてる訳にもいかないだろ?」
ニッと笑うとハロルドは地面を踏みしめ、全身の力を集める様に四肢に力を入れる。
「うおおおおおおお!」
ハロルドが咆哮をあげると体全体を爆発的な力が覆った。
俺は今まで見た事もない現象に驚き、口を開けて間抜け面をしていた。
ハロルドはそのままボスへと突貫して行く。するとボスは口を大きく開けて何かの液体を吐き出した。
それを俊敏な動きで躱すとそのまま肉薄してボスの体躯に取りつく。
そこまで行ってやっとハロルドのやろうとしている事を把握した俺は、悲痛な叫び声を発した。
「やめろハロルド!! お前自爆するつもりだろう!?」
「こうするしか他に道はねえよ……後でアイテム分配はちゃんとしてくれよ?」
最後にニッと笑顔を見せるとハロルドの体は閃光に包まれた。
眩い程の閃光が弾けボスもろとも道連れに大爆発が起きる。
ハロルドを中心に辺り一帯火の海と化す。
俺は爆風に身を晒しながら懸命に踏ん張っていた。
大地は抉れ木々は燃やされ自然災害が起きたのかと思う程の惨状だった。
爆発の中心地は一番被害が凄く大地にクレーターを穿っていた。
ハロルドの影を探す様に俺は目を凝らす。
しかし──どこにもその姿は見当たらなかった……。
「う、ヒックッ、うう……」
「ユイ……」
俺は泣いているユイにかける言葉が見つからず、持ち上げた手を彷徨う様にして弄ぶ。
結局後頭部を掻くことでごまかしたが今のユイは気にもしていないだろう……。
俺達が傷心に暮れていると爆発の中心地で光る一筋の光が見えた。
その光はだんだんと光量を増して行き次第に人の形ほどの大きさになった。
俺達がポカンとして見つめる先で最終的に一人の人間が誕生した。
それは死んだはずの──ハロルドだった……。
「う、うう……ハロルドさーんッ!!」
「あのバカ……死んだんじゃないのかよ……」
ユイは感極まって、俺は悪態を突きながらも内心では喜んでいた。
ハロルドがこちらに歩いてくると俺は質問した。
「アンタ死んだんじゃなかったのか?」
「ふっふっふ。実はな蘇生アイテムを持ってたのさ! だから死んだら自動的に一回だけ生き返れるんだよねー」
「さっきのは演技かよ……アンタも人が悪いな」
「いやーたまにはかっこつけたくてさー。かっこよかっただろ?」
「しらねーよ」
「ハロルドさん素敵でしたよッ! ただ事前に言って欲しかったですけど……」
ユイがジト目で抗議の視線を向けるとハロルドはゴメンと誤っていた。
日差しが照りつける中俺達はお互いの健闘を労う様に笑っていた。
願わくばこの先も誰も死なずにゲームクリアできますように……。
俺は人知れずいるかわからない神様に願うのだった。