11話
俺とユイが茫然としている中、その男は優雅に大剣を背中に背負うと、こちらへと歩み寄ってきた。
こちらをしっかりと見据えながら歩いてくる男は、貫禄漂う歴戦の勇士と言った風情だ。
俺はこれ程強いプレイヤーなら無名な訳がないと思い、記憶を辿りよせる様にして思い出そうと試みたが、まるで記憶にはなかった。
そうこうしていると、男がこちらの一歩手前で停止して、挨拶をしてきた。
「よお、無事か? あの程度のモンスターに手こずるようじゃ、この先には進めないんじゃないか?」
ニヤリと口元を上げて笑う男は、こちらを馬鹿にしている訳ではないらしい。
心配して声をかけてくれているんだろう。だったらこちらも誠心誠意、感謝の気持ちを伝えなければならない。
「さっきは助けてくれてありがとう。本当に助かったよ。アンタは第3フィールドの、どの程度まで攻略してるんだ?」
「俺か? 俺はまだここに来たばかりだぜ。そしたらアンタ等がピンチだったんで、慌てて駆け付けたんだよ」
「そうだったのか……悪い事をしたな。所でアンタはどっかのギルドに所属してたりしないのか? それだけの強さなんだ、ギルドから勧誘されたりするだろ?」
「そうだな~そういう事もあったな。でも俺は一人が気楽だから、ギルドには入ってないぜ。でも第3フィールドから一気に難易度が上がった気がしてな……一人に限界を感じてきてもいるんだ。アンタ等はギルドに入ってないのか?」
「ああ、俺達もギルドには所属していない。訳あって人探しをしている最中でな。アンタの名前を聞いてもいいか?」
「俺の名前はハロルドだ。ソロで攻略している大剣使いってとこかな」
以外と人懐っこい笑みを浮かべると、男は自分の名を名乗った。
彼はハロルドというらしい。その名前を聞いてもやはり思い出せない。
これだけの実力者なら無名なはずないと思うんだけど……。
俺は思い出す事を諦め、ハロルドに聞きたい事を質問する。
「ハロルドに聞きたい事があるんだが……ギルド《暁の騎士団》は知っているか?」
「当ったり前だろ! 逆にその名を知らない奴がいたら、驚きだぜ。そのギルドがどうかしたのか?」
「その《暁の騎士団》のギルマス、《百花繚乱》を探しているんだが、心辺りはないか?」
「《百花繚乱》ねえ~、最近はとんと噂を聞かなくなったな。そいつを探してんのか?」
「そうなんだけど誰も行方を知らないんだよ。もし心辺りがあるなら教えて欲しいんだが……」
「……悪いが俺にもわからねえな。それだけ有名な奴の足取りがわからないなら、きっと誰に聞いても答えは同じだろうぜ……」
「そうか……ありがとう。アンタはこれからどうするんだ?」
「俺はもう少しここらでモンスターを狩るつもりだ。良かったらアンタ等も一緒にやるか?」
「いいのか!? つっても俺の一存じゃ決められないな。ユイ、ハロルドと一緒にレベル上げしてもいいか?」
それまでずっと黙って話を聞いていたユイに話を振ると、二つ返事で返ってきた。
「もちろんです! ハロルドさん宜しくお願いしますね!」
ユイは満面の笑みを浮かべると、ハロルドにニッコリと微笑んだ。
それを見たハロルドは顔を赤くしながら、俺の肩に手を回してきた。
がっしりとホールドされて痛かったのだが、俺は我慢して耐えた。
「おい! お前の連れめちゃくちゃ可愛くねえか!? 何であんな可愛い子とメンバー組んでんだよっ! 彼女じゃないだろうなっ!?」
「痛いからっ!! そんなんじゃねえよ。ただちょっと訳ありで、一緒に行動してるだけだよ。臨時のパーティーってだけだ」
「本当だろうな!? なら俺がアタックしても問題ねえよな!?」
「好きにしろよ……別に俺に断る必要はない……」
「やったー! これからもよろしくなっ! 所でまだ二人の名前聞いてなかったな。せっかく一緒にパーティー組むんだから、名前教えてくれよ」
「すまん、忘れてた。俺はレン。でこっちがユイだ」
「ユイって言います! 武器は弓を使ってます! ハロルドさん、これから宜しくお願いしますねっ!」
「おうよっ! 俺に任せとけばガンガンレベル上がるぜ! さあ狩りの時間だっ!」
「はいっ! 頑張りましょうっ!」
二人は意気揚々と歩き出した。
その後ろでぶすっとした顔をしている、俺を置いて先に歩き出してしまう。
正直ハロルドが一緒に戦闘をしてくれるなら助かるが、ユイに興味を持たれるのは何か気に食わなかった。
それがどんな感情から来るものなのか、薄々感づいてはいたが、あえて知らないフリをする事で平穏を保とうとしていた。
そこにハロルドという第三者、しかも男のプレイヤーが介入した事により、俺は少なからず焦りを感じてもいた。
俺はそんな自分の醜い感情に蓋をすると、慌てて二人の後を追う事にした。
「ちょっと待てよ! まだここら辺は強いモンスターがいるかもしれないだろっ! 先走りすぎるなよっ!」
「はいはい。レンは心配性だな~。さっきみたいに、俺がバシッと倒してやるよっ!」
「わ~ハロルドさん頼りになりますっ! レンさん良かったですね! 心強いメンバーが見つかって!」
浮かれている二人を尻目に、俺は不安な気持ちを抱えていた。
まだ初めて訪れたフィールドで、どんなモンスターが出てくるかもわからない。
そんな中で頼りになるのは、今まで培ってきた経験と勘による所が大きい。
俺は二人の後ろで警戒しながら、辺りを見回していた。
────すると何処からか地面を這いずる様な音が聞こえてきた。
ズルズルと何かを引きずっている様な音は段々と音量を増し、こちらへと近づいてきているようでもあった。
俺は前方の二人に注意を促すと、臨戦態勢を取る。
「チッ!! さっき戦闘したばっかだってのに、次から次へと何なんだよッ!」
「こいつは……もしかしたら大物かもしれないな」
「何なんですかこの音!? 気持ち悪いです。しかも近づいてきているような……」
先程とは打って変わって眼光鋭く周囲を観察しているハロルドと、おろおろと慌てふためくユイのギャップがおもしろかったが、今はそんな事考えている場合ではない。
もうすぐ近くまで音が近づいてきている。
俺とハロルドとユイが揃って音のする森の中を注視していると、ついに『それ』は姿を現した。
全長にして七メートルはありそうな、鱗に覆われた体躯に、長い舌をちろちろと出し入れしているその姿は、正に『大蛇』そのものだった。
キシャーっと唸り声を上げると、黄色い目玉をギョロつかせ俺達を見てくる。
口には鋭い牙が並んでおり、噛まれたらひとたまりもないだろう。
腹が空いているのか、機嫌悪そうにこちらを見つめる『大蛇』は、今にも襲いかかってきそうな雰囲気だった。
「皆臨戦態勢を取れっ! こいつは俺達を狙っている! 死にたくなければ戦うしかないっ!」
「言われなくてもわかってるぜっ! ユイちゃんは援護を頼むっ!」
「わかりましたっ! レンさんもハロルドさんも気を付けてくださいねっ!」
ユイが後方に退避すると、俺とハロルドは前衛に躍り出る。
さすがにハロルドは場数を踏んでいるのか、思いの外冷静だった。
ユイだって冷静に行動できている。これなら何とかなるかもしれない。
────そんな俺の希望的観測は、一瞬にして打ち砕かれた……。
『大蛇』が鎌首をもたげ、その大きな尻尾を前衛の俺達に向けて振り回してきた。
物凄い勢いで叩きつけられる衝撃に、俺達は二人して地面に膝をつく。
「おいおい今のはやべーだろ……あいつのレベルいくつだ?」
ハロルドが『大蛇』のレベルを確認する……するとレベル30と表示された。
「レベル30!? 俺のレベルが今27だから……全然足りてねーじゃん! レンやばいぞ、逃げた方がいいかもしれない」
「逃げれるならそうするさ……でも向こうは逃がす気ないみたいだぜ」
見ると『大蛇』はこちらを視界に捉えたまま、次の行動に移ろうとしていた。
名前は『サーペント』と言うらしい。
その『サーペント』がこちらへ噛みつこうと大口を開けて、飛びかかろうとしていた。
そこに後方から矢が飛んでいき、『サーペント』の体に突き刺さる。
ユイが援護射撃したその矢は、しかし全くダメージを与えてはいなかった。
『サーペント』をこれからはボスと呼ぶ事にする。
そのボスは矢を放ったユイに標的をシフトしたのか、ユイの事をジッと見つめていた。
「まずいっ! ユイ逃げろっ!」
「えっ────」
俺達を飛び越えてユイへと接近したボスは、その鋭い牙をユイの柔肌に突きたてようとしていた。
(まさか蛇が飛ぶなんて考えられるかよっ!)
俺は舌打ちすると、剣を肩まで持ち上げスキルを立ち上げる。
(くそっ! 今から間に合うか!?)
スキルが立ち上がる何秒かの時間ももどかしく、俺は焦りに身を任せてスキルを発動した。
「とどけええええ!!」
スキル《イニシエーション・スパイク》により、加速した俺はユイが噛まれる寸での所でボスの体に剣を突き刺した。
「ギシャアアアア!」
ボスは咆哮を上げると、ユイへと向けていた顔をこちらへと向け、怒りに双眸を歪めながら暴れまわった。
「ユイ大丈夫かっ!?」
「はいっ! レンさんありがとうございます!」
ユイと合流した俺は、ハロルドとも合流して一旦仕切り直す。
「相手はレベル30。俺達じゃ勝てないかもしれない……でも逃げる手段もないなら、やるしかないよな」
「だな……腹くくって行きますかっ!」
「はいっ! 頑張りましょう!」
俺達は武器を握り直し、覚悟を決めてボスに戦いを挑む事にした。