窓際族
1.窓際族
青年はまどろんでいた。開いた窓から射し込む柔らかな日差しを背中に受け、うつらうつらしながら、一日の中で最も平和なひとときを楽しんでいた。
吹き込む風に体を揺らした時だった。
「お前にはホネがないっ!」
平和が破られた。青年が目を開けると、仁王立ちした老人が見えた。青年の仕事場の隣、仕切られずにそのままつながった部屋の窓際を持ち場とする老人は、青年の先輩にあたる。とはいえだいぶ経験の差はあり、仕事のやり方もかなり異なっているのだが。
またか、と青年は苦笑した。しかしこれももう日課となっている。
「今日はどうされたんですか?先輩。」
「どうかしとるのはおまえのほうじゃ!何かあったらすぐフラフラしおって!見ていてうっとおしいことこの上ないわ!」
風に揺れたのを見咎められたらしい。目敏いな、と思うと同時に、見なければいいのに、とも思ったが、以前それを言って数時間説教されたことがある。あえて藪をつつくことはしない。青年には学習能力があるのだ。
「仕方ありません。僕はすぐ揺れてしまうものなんです。癖というより体質でして。」
「仕方ないじゃと!ホネがないと言われて怒りもせんのか!わしは外見もそうじゃが、そののらりくらりとした態度にホネがないと言っておる!」
うまいことを言うなあ、と感心しつつも、青年は言い返した。
「事実は認めるべきです。誰にでも長所と短所があります。でも、僕も先輩も、自分の長所を活かして、自分のやり方で仕事を」
「言い訳するにしても止まらんかっ!話すにしろ聞くにしろフラフラされとったら気が散るわ!」
老人が青年の話をぶった切った。風は穏やかに、そして絶え間なく青年を揺らしていたのだ。青年は遮られることには慣れていたので、もう一度、説明した。
「仕方がないんですよ。僕は先輩のように立っているのではなく、ぶら下がっているんですから。」
「それもなっとらん!」
老人は叫び続けた。
「ぶら下がっておるじゃと!自分の足で立っていないなどと、よくもまあしゃあしゃあと言えたもんじゃ!恥というもんはないのか、まったく!」
「別に恥じることではありません。生まれ持った性質ですので。」
「また仕方ないか!それでもやってやるという気概はないのか!」
強烈だ。青年は感動にも似た感情を覚えた。昔気質とは思っていたものの、ここまでの無茶を言ってくれるとは。
この仕事を始めたばかりのころの青年なら反抗していただろうが、今では老人の発言に、自分にはないものがあると感じられる程に成長した。
しかし相変わらずわからないこともある。
「ぶら下がることは、そんなにも悪いことでしょうか?」
「当たり前じゃ!」
老人は即答した。
「ぶら下げている仲間に申し訳ないとは思わんのか!大体お前は仲間への態度もなっとらん!」
これには異論がある。
「そんなことはありません。ぶら下げてくれる彼には感謝していますし、そもそも彼の仕事はこれなんです。そして、僕の後ろにいる彼とも、毎日協力し合っています。」
彼らのやたらと規則的な寝息を聞きながら、青年は言った。そういえば彼らはこの討論中に起きていたことは一度もないなと思いながら。
「協力じゃと!お前が働いとるのは夜だけじゃないか!上で支えとるやつはそれこそ一日中そうしとるし、後ろの白い奴は日中ほとんど働いておる!お前もたまに日中に働くが、それでも仕事をほとんどは相棒任せじゃろうが!」
老人は鼻を鳴らした。しかし青年にも言い分があった。
「僕たちはそれぞれ役割が違うんです。働く時間帯も、異なるのは当然では?それでも必要なときにはきちんと一緒に働いています。」
「一緒に働くというのはな、わしらみたいに、常に肩を並べて仕事に臨むことを言うんじゃ。こうして二人三脚でやっていくことが協力というんじゃ!」
そういう老人の横からはひときわ大きないびきが聞こえた。改めて俺は寝ているぞと言われたような、そんなタイミングだった。そういえば、彼に一度話が振られたこともあった。以来彼が会話の中起きているのを見たことがない。
ともかく青年は我慢強く説明した。
「ぶら下げ役の彼はともかく、僕と後ろの彼は見ての通り、配置が前後なんです。だから、肩を並べるなんて不可能なんですよ。求められている役割も違いますから。僕たちには今の働き方がベストなんですよ。」
青年が言うと、老人は舌打ちした。
「ったく!カーテンだか何だか知らんが、最近の若いもんは口ばっかり達者で仕事のやり方がなっとらん!まったくなっとらん!」
「ですから、障子先輩のご指摘はすべて仕様なんですよ。わかっていただけませんか、先輩?」
「知るかっ!お前が一人前になるまで徹底的にやってやるわい!若いもんには負けんぞ!」
「戦うつもりはないのですが・・・・・・」