新年、明けましておめでとうございます
一年を振り返ってみると、あれだけ悲しいこととか辛いことなんかがあった気がするのに、どうでもいい笑っちゃうような出来事しか浮かばない。うまく出来てるよな、そういうところ。そんなことを思いながら、なんだかんだ今年もよかったな、なんて少し笑った。
12月31日 23時55分。
ーーもうすぐ、年が明ける。
どことなく騒がしく思えてくるような夜。24時ぴったりの、ゴールテープのようなスタートラインのような不思議な境目に向けて、皆が構え始めた。やり残したことだとか、来年の目標だとか、そんな面倒くさいことは考えない。わたしは…そうだな。おせちの中身でも考えようかな。黒豆に伊達巻…あと栗きんとんがあれば満足かなぁ。あと、お餅はあんこできまりでしょ。
ベッドの上に寝転びながら、ひとりでそんなどうでもいい時間を過ごしていたとき、携帯のバイブがふいに部屋に響いた。
ーー23時57分の出来事だ。
『さっちどうせ暇でしょ? いまみんなでさっちの家のすぐ近くにある神社に来てんだけど。そーそー、除夜の鐘目当てにさ!屋台もあるしおいでよ。外超寒いからめっちゃ着込んで来なね!超寒いよ!!』
そういうのは、早く言えっての!
ズボンだけ履き替えて、コートとマフラーを掴みながら、ちょっと神社いってくるね! とだけ叫んで家を飛び出した。ポケットに入れた携帯が震えているが、見ている暇なんてない。そんなに人気のある神社でもないし、とりあえずいけばみつかるはずーー
「藍田!」
「しのーーー」
ーー24時ちょうど。除夜の鐘が鳴った。
そっと携帯をみると、メールが一件。
『年越しにはわだかまりなし!』
…はめられた。
いつからここにいたのだろうか。篠原はただ黙ってわたしの方を向いている。
もう年越しちゃったし。っていうか、わだかまりも…何もないのに。
なんていって別れようか。回らない頭でぐるぐると考えていると、ひんやりした手がわたしの手を掴んだ。
「神社、いこう」
それ以上どちらも口を開くことはなく、わたしたちは除夜の鐘を鳴らすべく、ちょっとした行列に並んでいた。
口の悪いやつ。わたしからみた篠原はそんなやつだ。
「篠原くんってかっこよくない?!な〜んかクールって感じだし、ほら、案外優しいしさ」
「どこが?口悪いし、態度もでかいし…」
「それは仲が良いっていう証拠だよ!他の女子なんてちっともしゃべんないじゃん」
「ぜんっぜん仲良くないから!たまたま席が何回か隣になってそれでなんか」
「馬鹿ね」
席が何度も隣になるには、不正か好意がかならず存在するのよ。しかも、男女の場合は必ずと言っていいほど
「コーヒー」
「わぁ!?」
それほど大きい声でもなかったが、突然発せられたそれに異常に反応してしまった。馬鹿、こんなんじゃーー
「温かいコーヒー配ってるって。俺、もらってくるから待ってて」
ふらっと人ごみに消えて行く。あれ…?いつもの、暴言がない。
男女の場合は必ずといっていいほど好意が発生しているのよ。
頭から離れないその言葉が、嫌に胸に響く。新年早々、なんでこんな気持ちにならなければいけないんだ。少しため息をついたあとに、すっきりしない頭に流し込むように、冷たい空気を思いっきり吸い込んだ。
「お前本当にアホだよな」
「アホにアホとか言われたくない。アホ」
「それ俺の台詞だから、アホ」
「わたしの台詞だから、アホ」
あぁ…なんて馬鹿な言い合いをしてたんだ。
ふいに蘇ってきた記憶に頭を抱える。終業式の日も、そんな感じで言い合ってたんだっけ。あんなやつの言葉にいちいちムキになって、可愛げないことばっかやって。そんなんだから…そんなんだからわたしーー
「ん、」
だいぶ列も進んだはずなのに、篠原はさも当然かのように隣にいた。そして温かそうに湯気を出す紙コップを、まっすぐにわたしの方に差し出す。
「あれ…篠原のぶんは」
「俺、コーヒー飲めないから」
『案外、優しいしさ』
いつかの会話が、耳に響いた。
「別に、気を利かせてもらわなくても喧嘩もなにもしてないのにね。まったく、裕美も塔子もおせっかいなんだから」
「それはーー」
「だいたい、あんたが誰とどうなろうとわたしに関係なくない?篠原なんかと付き合ってなんかいないっていってるのにーー」
「公樹?あれ、公樹だよね?!」
列の横から、髪の長い可愛らしい女が顔をのぞかせた。
「やだ、久しぶり!って、そうでもないか。終業式ぶりだね」
誰ーー?目の前が、みるみる暗くなって行く。
戸惑う篠原をよそに、女は楽しそうに話し続ける。もともと二人でいたはずなのに、わたしはいつの間にかひとりぼっちだった。
「あのさ、森。おれ、藍田と」
「いいよ、わたし帰るから」
「いや、藍」
「触らないでよ、アホ!」
人ごみをかき分けて歩いた。コーヒーをこぼさないように気をつけながら、少しでも遠ざかるように。声が、聞こえない所へと。
「篠原くんって…藍田さんと付き合ってるの?」
「付き合ってるわけないじゃん、あんなん。だから、なに?」
「なにっていうか…あの、わたしーー」
あんなんで悪かったわね。こっちだってあんたなんか願い下げよ。
密度が薄い場所にでると、少し覚めたコーヒーを喉に流し込んだ。
他の女子にばっかかっこつけたような顔して、そのくせいつもわたしには暴言ばっか吐いて。…それなのに。
「それなのに…なんで」
なんで、こんなときばっか優しくしてくんのよ。
口の中に残るのは、甘ったるい砂糖の味。
甘党なんて、あんたに一回もいってないじゃない。そもそも、甘党のわたしでも砂糖なんてこんなに入れないから。
「…アホ」
「だから、アホはお前だっての」
篠原の声が、すぐ後ろから聞こえた。
「終業式の日、おれお前に用あるっていったんだけど」
「わたしは用なんてなかった」
「おれがあったっつてんの、アホ」
「アホじゃないし、アホ」
「アホにアホっていわれたくないんですけど」
「パクんないでよ、それわたしのーー」
振り返ると、真っ暗で。温かいものが、わたしを覆った。
「好きです。おれと付き合ってください」
敬語が照れ隠しなのはみえみえで、声は寒さかよくわからないけれど、少し震えていた。
「あんなんだけど、わたし」
意地悪くそういってみると、なんだ聞いてたのかよとかぶつぶつ耳元で聞こえたが、ハッキリ聞こえたのはひとつだけ。
「あんなん、おれの片思いなだけだし。…って言いたかったんだよ」
アホ。そう小さくつぶやくと、もう篠原はなにもいわなかった。
「アホ、わたしもーー」
その先を、少し背伸びしていったあと、黙って顔をうずめながらそっと腰に手を回した。
ーー1月1日 0時27分の出来事だった。