第9話 夜のピリャック
ピリャックの街の時間はもうすでに8時を回っていた。外はもうすでに暗く、街の灯りが眩しい。冒険者は宿を取り、場合によっては酒を飲んで宴会ムードという時間だ。そのため。ギルドははっきり言って『暇』という雰囲気である。この時間に用事のある人なんてせいぜい依頼に時間のかかった人くらいだからである。
「はぁ、やっと着いた。」
「はい、疲れました。」
慎也とサーリャの二人は今やっとギルドにたどり着いたところであった。行きはほぼ手ぶらなため一時間半くらいで行けたが、さすがに人間10キロの荷物を持ちながら往路と復路で同じ時間というのはありえないだろう。結局倍近い2時間半くらいかかってしまった。冒険者が一人もいない納品カウンターは暇そうで受付嬢もだるそうな姿勢であくびをしていた。慎也たちに気づいた瞬間いつもどおりの姿勢に戻ったが。
「いらっしゃいませ。納品カウンターです。ギルド登録証をお見せください。」
慎也はギルド登録証を提示する。処理がすぐに終わり、
「はい、タグア10匹の掃討ですね。依頼の完了を確認しました。」
「すいません、他にも一匹デカイの倒したんですけど、追加報酬とか出ます?」
「デカイのって巨大なベスチアとかですか?」
「いや、ビッグタグアってやつなんですけれど。」
慎也が討伐の証拠としてビッグタグアの牙を見せる。タグアの何倍もでかいその牙、これで噛まれたら多分死んでたな、と慎也は思う。
「えっ!ビッグタグア!?」
普段冷静な受付嬢が驚愕する。そしてその驚いた表情で
「ほんとに倒したんですか!?それ、どこかで買ってきたとかじゃなくてほんとに狩ったんですか!?」
いや、そこまで驚かなくても…というようなリアクションに慎也は困惑する。
「はい、っていうかそれどこで売ってるんですか?」
サーリャが答えてくれた。確かにごもっともだ。慎也もサーリャもそんなモンスターから剥ぎ取ったものを売っている店を知らない。というか実際に街に出て買い物したこともない。
「まあ、まだ多少鉄臭いですから本当でしょう。一応そういう時には追加報酬が出ることになりますが、よろしいですか?」
「はい、それでいいです」と言いながら報酬カードを出す。多分次に放たれる言葉は「報酬カードをお出しくださいであろう。しかし、予想とは反するもので
「で、どうでした、実際戦ってみて、というかFランクの人がよくそんなモンスター狩れましたね。何かとっても強い魔法でも使えたんですか?」
「なんか使ってましたね。僕じゃないんですけど……」
「じゃあ、必殺の一撃を食らわしたのはあなたじゃないと。」
「はぁ、そうなんです…」慎也はそう返した。ついでに受付嬢へ報酬カードを渡したので入金が行われた。
「今回は通常報酬300リラと追加報酬が550リラの計850リラの入金です。また、今回クリアポイントがランクアップの規定数に達しましたのでFランクへのランクアップです。まあ、あまり実感湧かないと思いますけど。」
受付嬢はギルド登録証と報酬カードを慎也に返した。慎也には全然ランクアップの実感が湧いていないが。
「じゃあ慎也様、ビッグタグアの皮とか、早く売っちゃいましょう。これ、重いですし…」
「ずっと持ってたの?その袋。下に置いといてもいいのに。」
「盗まれたら困ります!」
「サーリャが見張ってるでしょ。多分誰も盗まないって。」
会話の様子を見ていた受付嬢が苦笑いしながら話しかけてきた。
「今の時間売却カウンターはやってないんですよ。ですので、こちらのほうで売却も承っております。ほんとにあそこのサボリの連中、毎日必ず7時にはあがりやがって。ほんとにむかつくんですよ。こっちが夜遅くまで仕事してるっていうのに。」
慎也は苦笑いする。同情しても良いが夜遅くまで仕事しなければならない最大の理由は慎也たちみたいにこんな時間にギルドに用事がある人がいるからなのだろう。そう考えると本当に申し訳なく感じる。
「すいません、完全に愚痴が入ってしまいました。で、その袋二つでよろしいですか?」
受付嬢は気まずそうに言った。慎也はサーリャの持っていた袋も合わせてカウンターの上に置いた。すぐに鑑定が始まり、値段が付いた。
「この袋二つで1200リラになります。よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。」
売却が成立し、報酬カードを返してもらって、そのままカウンターを出た。かれこれ30分くらい経ってしまったのでもうすでに時間は8時半を回っていた。宿につくのは9時前かな。
「遅くなってしまいましたね。アンナさんたちに心配されないといいですけれど。」
「絶対心配されてるよ。でも生きて帰ってこれたんだからいいんじゃない?」
「そうですね。まあ、早く帰りましょう。」
ギルドを出ると夜風が冷たく吹いていた。昼間はたくさんの人で賑わっている通りも夜は人通りが少ない。所々に酔って足が思うように動かなくなっている人を見かけた。宿まではちゃんと街灯があり、それなりの明るさは確保されていた。
「昨日はまだ日が落ちかけてたからわかんなかったけど、この街って夜も結構綺麗なんだね。」
「はい、でも裏通りは街灯ないから暗いですよ。そのほうが寝やすかったからよかったんですけれど。」
「サーリャって外で寝てたの?」
「あの男が私たちに屋根付きの部屋で寝かしてくれると思います?」
まぁ、間違いなくそれはないだろう。そうなると今も外で寝かされている奴隷がいるのか。そう考えると慎也の心がなんとなく痛む。
宿の前に着いた。営業中のようで中からは光が漏れている。少し緊張してきた。
「さて、入りましょうか。」
サーリャは戸を開けた。扉が開いたのに気づいたアンナがこちらを見た。そして、慎也たちだと分かると、
「よかった、あんた達生きてたの。もう、こんな時間まで何してたの、本当に心配したんだよ。あんた達が死んじゃったんじゃないかなと思って。」
そういうアンナの目には少し涙が溜まっていた。
「あっ、お帰り、あと、私はあなたたちが生きて帰って来るって信じてたんから。」
ミリエラがおぼんを持ちながら話しかける。
「おっ、坊主帰ってきたのか!さっきからミリエラ『慎也くん死んじゃったんじゃないかな』ってすごい心配そうだったんだぞ」
ジンが言う。アルコールが回っているようで少し顔が赤くなっている。
「もう、そんなこと暴露しないでよ。」
ミリエラは恥ずかしそう言う。話の話題の本人に聞かれたい話ではなかっただろう。
「まあまあ、いいじゃないかいミリエラ。こうして慎也くんたち帰ってきたんだし。」
「そうなんだけど…あっ、取りあえず慎也くん、サーリャちゃん、座って座って。ご飯まだでしょ。何食べる?」
慎也とサーリャはカウンター席に座ると、メニューを見て注文する料理を選ぶ。
「で、なんでこんなに遅れたんだい?」
「ビッグタグアってやつを狩ってたんです。後、僕はカレーお願いします。」
「私は…何か軽目ものをお願いします。」
「はいよ、ってアンタらビッグタグア倒したの!?早すぎない?」
アンナは驚いた顔をする。周りの客、もとい冒険者も同じような表情だ。しかし、ミリエラだけは「ビッグタグア?なんじゃそりゃ」という顔をしている。
「いやいや、坊主、よく倒したな。」
「いいえ、ほとんどサーリャがやったようなものでしたよ。」
「いや、慎也様のお力があったからです。私なんて結局怪我して迷惑をかけてしまいましたし。」
「おい坊主、で、サーリャちゃんが何したって言うんだ?」
「氷の槍を降らせてビッグタグアを串刺しに。」
「氷の槍って、魔法でか?だとしたらすごいぞ、確かBランクぐらいだったと思うぞその技。」
周りの冒険者は驚いた表情をしている。客からは「Bランク技かよ…」という声も聞こえた。
「えっ、そんなにすごいんですかその技、確かに使ったときすっごく疲れましたけれど。」
「いや、そりゃそうだろ。俺もBランク技なんてほとんど使わないぞ。」
「あんたら今の状態でビッグタグア倒せるのなら将来どうなるんだろうね。」
アンナが注文した品を運んで来てくれた。どれも美味しそうだ。
サーリャは結局いつもどおり客に絡まれている状態に陥っていた。しかし、ミリエラが鉄製のおぼんを持ってサーリャの救援に向かっているのでまもなく収束へ向かうだろう。
「じゃあ、そろそろお勘定お願いできる?」
客が帰る支度をし始め、財布を手にレジへ向かう。
「あいよ、いつもありがとね。」
客が立ち去って店じまいにすることになった。もちろん店の中にいるのはいつもの4人だけである。そのうちサーリャが今入浴中のため慎也は店じまいの作業を手伝っていた。
「で、お腹いっぱいになった?」
「はい、満腹です。」
「でもアンタらいつのまにそんなに強くなってたんだい?」
「いいえ、まだまだですよ。」
「お母さん、ところでビッグタグアってそんなに強いの?」
ビッグタグアと聞いて何か分かっていなかったのはミリエラだけだったので結構恥ずかしそうに聞いてきた。
「あぁ、一応冒険者としての登竜門になっているんだよ。」
「へぇ、じゃあもう慎也くんは冒険者として一流ってこと?」
「いや、まだまだですよ。」
「でも、あなた達疲れているんじゃない?明日は休んだら。」
「そうしましょうかね」
「でも寝坊は許さないから。明日はどうやって起こそうかな?たらい落とし?それとも、今度はバケツいっぱいの水?」
「なんで今からそんなネタ考えてるんですか!」
ハハハっとアンナが笑う。
「慎也様~、出ましたよ。」
サーリャが上機嫌で風呂から上がってきた。慎也は風呂へと向かった。
「さて、あたしはちょっと倉庫に行ってくるから。片付け終わったし今日の仕事は終了!ミリエラ、お疲れ様。」
「うん、で、何か取りに行くの?」
「明日使うものを準備しに行くんだよ。」
そう言ってアンナは倉庫へ行った。
「で、サーリャもそんなに勉強ばっかりしてたら体壊すよ、今日は疲れてそうだし早く寝たら。」
「いいえ、私も使える技を増やして慎也様のお役に立てるようにならないと。」
「そんなに慎也くんを大切に思ってるの?」
「はい、なにせ私を奴隷という底辺から引き上げてくれた人ですから。」
「へぇ、そうなんだ。まあ、体壊さないように早く寝なよ。」
「はい、もうちょっとで寝ます。」
「あっ、そうだ、明日街に買い物にでもいかない?慎也くん明日は休みの方針にするみたいだし。」
なぜかミリエラの目が輝き始めた。
「えっ、買い物なんて、いや、別に買うものなんてないですし…」
「いや、あるでしょ、服とかアクセサリーとか、サーリャちゃんも年頃の女の子なんだし。」
「まあ、興味が無いと言ったら嘘になりますけど…そんなに自由に使えるお金なんてありませんし。」
その時、扉が開いて木箱を抱えたアンナが戻ってきた。
「聞こえてたよ、買い物行きたいんだって?お小遣いならいくらかあげるよ。サーリャちゃんもオシャレしてみたらいいじゃないか。」
アンナは木箱をおいてから椅子に腰掛けた。
「いや、そんな、悪いですし。」
「サーリャちゃんのドレス姿とか見てみたいと思うしいいでしょ、お母さん。」
「ああ、もちろん。」
ミリエラだけでなくアンナの目も少しずつ輝き始めた。多分二人の頭の中にはサーリャのドレス姿がイメージされているのだろう。
「へっ?ドレス?いや、恥ずかしいですよ…」
サーリャも自分のドレス姿をイメージしているのか、顔が赤くなっていく。
「いや、絶対似合うって、自信持ってよ。」
「じゃあサーリャちゃん、こういう条件はどう?サーリャちゃんが買い物にいかなかったら私は慎也くんに宿泊費とご飯代を請求する。買い物に行くならそれはチャラ、どうする?」
「その条件、断れるわけないじゃないですか…」
サーリャが完全に負けを認めた瞬間だった。
「はい、じゃあ決まり!」
「それならいくらかお金用意しないといけないね。」
アンナは金庫に金を取りに行った。その時に慎也が上がってきたのでミリエラは風呂に入る支度をはじめる。
「買い物ですかぁ…」
慎也とサーリャの二人きりになった食堂にサーリャのため息が響いたのであった。
はい、ということで帰ってきました。
またまた意味不明でしたら申し訳ございません……
次ですが、二日おきに投稿していたわけですが、生憎私情で水曜日はそんなことをしている時間が無いわけでして…たぶん木曜日辺りになると思います。
六月はテストやら検定やらがあって忙しくて投稿回数が減ってしまう可能性もあると思いますが、今後とも末永くこの作品とだめ作者をよろしくお願いします。