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009 - 記憶

 オレは”僕”が嫌いだった。

 僕もオレを憎んでいた。

 できる事なら殴り飛ばして蹴りつけてやりたい。

 とにかく傷めつけて苦しめてから手に掛けたいと何でも思った。

 だけど……そんな事をする勇気も覚悟もない。

 オレは無力で……僕は弱くて……幾日も幾日も自己否定と自己嫌悪を繰り返した。

 僕……昔からオレは自分の事を僕と呼んでいた。

 オレ……弟が入院していた頃から、いつの間にかたまにだけ自分の事をオレと呼ぶようになった。


 けど今では”オレ”がメインの呼び方だ。


「何でオレ、こんな所にいるんだろうな……」


 辺りを見渡しても瞳に映るのは闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。闇。

 オレを覆い尽くす真っ暗闇だけ。


――ねえ、僕は何で生きているの? 忘れたわけではないよね……オレの罪を。


 忘れるわけがない。今でも瞼を閉じれば僕の記憶の本棚から真っ先に取り出された”それが”僕の目の前に置かれる。


「唯一の家族だった……弟を、シエルを……殺した」


 あれは僕が今まで生きてきた中で13回目に訪れた夏の始まりだった――。

 母親と父親の仲は最悪だった。毎日のように口論を繰り広げ時には殴り合い。

 正直、喧嘩の内容は分からなかった。否、どうでもよかった。

 小さい頃からあんまり相手をしてくれなかったし表面上は教育と語っていたが明らかにストレスを発散するために当時中一の僕と小四の弟シエルを殴ったり蹴ったりしていた。誰かに与えられる痛いは不思議と我慢できたけどシエルが泣く所は見たくないから何回も親から大事な弟を庇った。兄が弟を守るのに理由はいらない、泣いていたら笑顔にする当たり前のことだろ?

 他にもシエルには夢があった。サッカー選手になる夢があるんだ。毎日の練習で疲れているのにそこに暴力を加えられてもしもの事があればどうする? 弟の夢を守るのも兄の仕事だ。


『兄さん、オレを守ってくれて、ありがとう――』


 その一言が僕が生きる源だった。

 どんなに酷い暴力を受けても。

 自分に自身がなくても。

 弟がいるだけで僕が存在する意味をこの手で掴み続ける事ができたんだ……。そう、できたんだ……。

 翌日の朝。シエルが真っ赤な血の塊を口から吐き出した。

 突然過ぎて何が起こったのか理解できなかった。

 あれほど息子を殴っていた母さんが涙しながらシエルを抱いていた。

 あれほど息子を蹴っていた父さんが悲しい顔して電話をかけていた。

 もう一度言う……突然すぎて僕には理解できなかった。


 入院。シエルは入院した。

 正直どんな病気なのか僕には分からなかった。否、どうでもよかった。

 弟が元気ない……それだけが僕の心を抉る。

 僕は弱い。何も出来ない。弟が苦しんでいるのに何も出来ない自分が憎い。だからせめて今、自分が出来ることをしようと行動に移した。

 シエルが入院して一ヶ月の時が流れた。僕は毎日、毎日、一日も欠かさずシエルに会いに行った。シエル曰く、


『病院、て何も、すること、ないんだよ……』


 確かにシエルの部屋に最初に訪れたときは何もなかったから行く度に家にあるモノや途中で買った漫画やゲームやお菓子屋や雑誌とかカードなどを渡した。一杯一杯、話もした。元気が無いから弟が笑ってくれるようにオレもシエルみたいな元気で 明るいキャラを演じた。

 来るたびに笑顔にするたびに、


『あ、りがと……』


 を聞けるのが嬉しかったけど悲しかった。

 オレは、僕はシエルが笑ったとき物凄く嬉しい。でも来る度に弱まるシエルを見ると、声を聞くと体が震えた……恐怖に、だ。

 唯一の家族。失いたくない。早く元気になって――。


――しかし願いは叶うことはなかった。


 夏の終わり。いつものようにシエルと病室で会話を楽しんでた時だった。激しい咳き込みと共に何でも赤い血を吐いた。

 弟の容態が急激に悪化した、頭が悪い僕にでも分かった。嫌な胸騒ぎもした……早く誰かを呼ばなくちゃと思った僕はナースコールを押そうとしたが、


『兄さんと……外、歩きたい』


 僕の手を掴みながらシエルが言った。ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。断るんだ。今の状態は誰が見ても最悪、お医者さんを看護婦さんを……早く呼ぶんだオレ……。でも、それが出来ないでいた。顔は真っ青、口からも血が垂れているし目の焦点も合わないのに強い何を感じた。弱っている弟から感じた強い何か。そうだ弟は強い、そう自分に言い聞かせてシエルを車椅子に座らせて病院を出た。

 二人で外の街に出るのは久しぶりだった。苦手な人混みの中を歩いているはずなのに……感じられる存在は二つだけだった。

 僕と弟。


『ねえ、にいさん……』


 うん、と頷く。


『おねがい、が、あるんだ……』


 うん、と頷く。


『オレ、ね……ゆめがあった、んだよね……』


 知っている、と頷く。

 優しくて強い弟の夢。


『サッカーせん、しゅになって……み、んなをえがおいっぱいにするんだ……』


 うん知ってる、と頷く。

 小さい頃からのシエルの夢……サッカー選手は手段や過程にしかなかった。

 本当はその先にあるものだ。

 多くの人に夢を与えたい。笑顔にさせたい。みんなをハッピーにしてあげたい。

 何回も……何回も聞いたシエルの夢……。

 人のために生きたいという切実な想い。


『でね……にいさん、にもてつだって、ほしい……』


 当たり前だろ今さら何を言ってるんだよ、と笑顔で答えた。

 お前の夢は僕の夢だ。


『……ニシシシ……ありがとね、兄さん……』


 ああ……一緒に頑張ろうな。

 ああ……とにかく先ずは元気にならないとな。

 ああ……練習も一杯しよう。

 ああ……約束するよ。

 ああ……オレはお前の兄だぞ。

 ああ……ああ……わかってる……わかってるから……。


――僕は君を笑顔にする事が出来ても、他の誰かを誰に笑顔を与えられる自身がない。


――考えたんだ、だからさ……みんなの笑顔を守るよ。


――それが僕の夢。



------



――ねえ、僕は何で生きているの? 忘れたわけではないよね……オレの罪を?


 忘れるわけがない!

 目をユックリ開くとすぐに五感の感覚を確かめる。自分で言うのも何だけど凄いやられようだ。少しでも体を動かすと痛感が脳に訴える。

 勇者として呼ばれたけど結局は魔物の罠だっただろ。頑張った物凄く頑張った、っつか頑張りすぎた。もう休んでもいいんじゃねーのか?知らない人たちを救うためにボロボロになって戦ったんだ。もういいから休めよ、オレ。

ばっかじゃねえの!

 確かにさ体中が悲鳴を上げているが、まだ動ける。たとえ罠でもな僕を必要としてくれる人たちがいるのなら命を掛けて戦う理由はそれで十分。困っている人を守って助ける。

 笑顔を与えることが出来ない僕が唯一できることは、みんなの笑顔を守ることなんだよ!!



------


 左手の連射銃をこちらに向けて、

 ニヤリと笑う巨人の魔物だった。

 そして、

 閃光と共に放たれた数え切れないほどの弾は容赦なく私の体にぶち込まれた――。


 十、

 百、

 千、

 万!

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……でもね、負けられえ!


 私には……オレには……僕には!

 叶えたい夢があるんだあっ!

 撃つのを止めた巨人の魔物が明らかに何発放っても倒れない僕を見て驚愕している。


 僕の背は……オレとシエル、世界中の笑顔を背負ってるんだ。

 何度も何度も攻撃を受けたとしても……私は絶対に倒れない。

 そして”私たち”は勝つっ!


 「シエルちゃん! 力を貸して!」


 僕は高らかに呼ぶ。

 オレの半身。

 もう一人の私の名を。

 弟の名を受け継ぐ相棒。


 「漸く妾と貴様が一つになるという意味を理解したようだのぉ」

 「ああ」


 約束を――、

 夢を叶えるために守る!

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