008 - 巨人の魔物
「どうやら、あれのせいじゃのぉ」
「……なにあれ……? って言わないで、言わなくてもわかるから」
私が殴り壊した壁の反対側の壁を壊しながら魔物が現れた。だが、他とは明らかに違う。
三メートル前後はある長身で横幅が太いが無駄がない、言うならば豊富且つ引き締まった肉体。左右の手首から生えているのは五本の指で構成された右手や左手なのではなく右手の代わりに斧、左手の代わりに連射銃が付いている。
私が今まで見てきた魔物は影としか言い表せない黒と白で構成された者たちばかりだったが目の前に立つ魔物は他とは違い血のように赤い眼光で私を睨む。こいつの瞳は赤、他は白。それだけの違いのはずなのに同じ場所で同じ空気を吸うだけで体が重い。
まるで蜘蛛の巣に引っかかった蝶のように……。
読者さんもお分かりと思いますが私こと夏目海斗とシエルちゃんは噂の「ここを通りたければ私を倒していけ」で有名な中ボスってやつに遭遇しました。超怖いです、さっさとここから逃げ出したくなる気になるかも……。
「他の魔物が来る前に片付けて置きたいのぉ……3分で終わらせろ」
「……はい?」
「3分じゃ」
シエルちゃんが告げた時間は物凄く短すぎる。立つだけでも威圧感で潰れそうだと言うのにたったの三分だけで目の前の敵は倒せない。かと言って確かにその通りである。ブリタニア城にいる魔物の数は半端なく、私の実力で一人一人を確実に相手をするなど出来るはずがない。今の状況は一人の人間vs一国なのだ、特定の位置に長くいることは自殺行為に近い故に一箇所に留まるのではなくて常に移動を続けなくては行けない。
よし、私がやることは一つ、目の前の敵を倒して先に進む。
拳を作り足に力を込める、全神経を研ぎ澄ませる――。
巨人の魔物と私の距離は四十メートルくらいだろ。城の周りをランニングしたときに適当に測ってみたが二、三秒あれば届く距離。
一気に決める――!
瞬間、飛ぶ。右足で地を蹴る、次に左足で蹴り――二十メートルを一秒で走り切る。
右腕を後ろに構え中から溢れてくる力を右手に流し込む。もう半分も一瞬で駆けて敵の眼前に迫った。
終わらせる、敵の顔面に拳を放つ!
「シエルゥゥゥゥゥパンチィィィィィ!!」
放たれたのは私の一撃の拳、その一撃を受けた壁を容赦なく壊した。
そう私の攻撃が当たってのは巨人の魔物の後ろにあった壁だ。
何が起こったのか。確かに私が殴ったのは壁ではなくて魔物だったはずだ、一体なにが?
崩れる壁を見て我に返る。
「くっ! あいつはどこ?」
周りを見渡すが……いない。うそだろ? もしかして透明になれば物理攻撃無効とか言う遊戯の王の苦労人もびっくり仰天なインチキ効果など持っているとでも言うのか。仮にそうならマジで勘弁だ。
視線を右に……いない。
左に……いない。
正面……黒い壁。黒い壁?
「ま、まさか」
上を見上げると目の前で私めがけて斧を振り下ろす魔物。
速い間に合わない――とっさのことで腕をクロスする。出来るだけ早く出来るだけ多くのありったけの力を注ぎこむ。
ドバァァァァァン!
私の両腕と、巨人の魔物の斧が衝突した。
それだけのシンプルな動作にも拘らず、私たちを中心にドーム状の衝撃波が広がった。
重い一撃、それを魔力を纏った腕の鬩ぎ合いは強力な爆風を生む。
もちろん中心地にいる私の体力を大幅に削る。全身から感じる痛みに唸り声が口から漏れる。
いたい……手がやばい……確かに力を入れている力を流し込んでいるはずなのだが感覚がない。
「く……くそっ……っ!」
こんな所でヘタレてる暇はないんだ、三分でケリをつけろなくてはいけないんだ。
歯を食いしばり、たった一度攻撃を受けて悲鳴を上げる体に鞭を打つ。
まずは、
「離れろォォォォォ!!」
無我夢中で何と言えばいいのか分からない、とにかく気合で斧ごと巨人の魔物を押し返す。
よし――私のカウンターを受けて巨人の魔物はバランスを崩す。
今度こそ決める!
右足を軸に巨人の魔物の懐に飛び込み、左足に力を集中した「ラメールキック」回転キックバージョンをお見舞いする。
「え……」
今のは見えた。巨人の魔物が文字通り一瞬で消えたのだ。
残り一ミリ程度で私の技が当たるという所でドゥンと姿が消えた。
やはり透明能力を持つのかよ! 物理攻撃無効の!
刹那、殺気を後ろから感じ取り振り向かずに横に転がる。
ドガァンと言う音を聞き顔を上げると目の前に立ち塞ぐ黒い壁。
うそだろ、速すぎるだろ――今度は残る魔力を足に流しこみ走って攻撃を避ける。
どうなってんだよ! 透明になって物理攻撃を無効化する類の能力じゃないのかよ!
一度この部屋から出て体力を回復しないと……そう思い巨人の魔物が壊した壁に一直線に向かう。
私の足なら一瞬で壁に向こう側のはずだった、
「ぐはっ」
ぶつからなければ。全速力で壁らしき物に頭から思いっ切りぶつかり視線が揺らぐ。
一体何が……何とかこらえて正面を見据える。
瞳に入ってきたのは……
「マ、ジかよ……」
左手の連射銃をこちらに向けて、
ニヤリと笑う巨人の魔物だった。
そして、
閃光と共に放たれた数え切れないほどの弾は容赦なく私の体にぶち込まれた――。
連射銃 = ガトリング砲。
自分的に連射銃の方が呼びやすいので。もちろん造語ッス。