006 - ブリタニア攻略の鍵は、もう一人の勇者
「これが力を発動するということ……妾と貴様が一つになる……。主、名を――」
シュンと肩に座るミニおばけシエルちゃんが姿を消すと同時に首元に現れたマフラー。
まるで全てを飲み込み包み込むような大海と同じ碧色のマフラーから不思議な力を感じる。
否。胸の奥から、全身から、心の奥底から吹き出すかのように溢れでてくる、それ。
――それは一体感と安心感。
へぇー、自分が自分ではないのだけれど自分であるという言葉で表せられない感じ。
とにかく今は最高に気持ちがいいってことは確かなのだ。
「オレこと夏目海斗」と「もう一人のオレこと空のシエルちゃん」が一つになった……。
思う浮かぶ名前なんて、考えられる名前なんて一つしかねえじゃねえか。
体中からあぶれる想いと力を一点に集中する……右手に集まる不思議な感じ思いっ切り掴み握るように拳を作る。
そして、叫ぶ――オレの、オレたちの、オレとシエルちゃんの、勇者の名前をっ!
「空海の勇者、シエル・ラ・メール――!!」
瞬間、オレが放った右拳がドォォォォンと凄まじい地響きを上げて結界ごとドアを殴り飛ばした。
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…………はて。燃え展開らしかったので勢いに任せちまった……。まさか”私”のパンチがここまでの威力だったとは……私って恐ろしい子。ってあれ? 何で”私”なんだ、っつか”私”って言えないどうなってんの?
「貴様の言語機能を少し弄らせて貰った」
「はい? シエルちゃんの仕業かぁー! 何で”私”の呼び方が”私”しか言えないんだよ?」
「力の発動は、『主である貴様』と『力である妾』が一つになること。つまり妾たちは二人で一人であり貴様は妾でもあるのだぞ? オレなどという下品な人称など妾が言わすと思うかのぉ?」
「ギャー! 勝手に何してくれてんの! ……ってこんな事をしている暇はないか」
これが超感覚とか気配探知能力とか言うのだろうか。何となく直感でだけど数十の何かがこっちに向かってきている。
物凄く近い……っつか近づいてきている。良い感じはしないから何となく敵だと言うことは分かるから魔物が先ほどぶっ飛ばしたドアの音を聞いて、こちらに向かってきているということかな。
「シエルちゃん、どうすればいい?」
「そうだのぉ……いくら貴様が勇者と言っても戦闘経験無し疎か今使える技は無し……一国に侵略し奪い取ることに成功した現魔王ブリタニア王国を相手に殴ると蹴るだけで勝てる自信はあるかのぉ?」
「…………」
はい? 「シエルパンチ」と「ラメールキック」だけでブリタニアと戦う覚悟だって……?
ないないっつか無理無理無理無理。んな馬鹿みたいな冗談は聞かなくても分かるだろ?
私たちだけじゃ勝ち目は絶対にありません……っつか魔物ってどんなやつらなんだ?
「魔物の姿など後から嫌というほど視ることになる。よし、では今から妾たちがするべきことは一つだけじゃ」
「一つ?」
「今、捕まっとるブリタニア王国にいる……もう一人の勇者を開放すること」
「……はい?」
ちょっと待て……異世界モノでは勇者は普通は一人っしょ? 最強+チート能力を持つ性格はめちゃくちゃキザなやつでニコリと笑っただけでどんな女性も落とすニコポや、頭を撫で撫でしただけで異性の顔をポッと赤く染め上げるナデポを持つハーレム野郎! 神様もびっくり仰天な絶大な力を持つのが異世界から召喚された勇者だぞ!?
んなもん二人もいて貯まるかァァァァァ!
「……何にキレてるのか知らんがのぉ……貴様が最後の、12人目の勇者だぞ?」
「…………はい? ……今、なんて?」
「それに貴様の容姿じゃハーレムは無理じゃ……おっと、話す時間は終わりじゃ魔物が来たぞ」
……チッ、12人目ということは勇者は12人いる事実に驚きだけど今は目の前の驚異を何とかするかっつかさり気無く私のブサメン姿を笑ったな戦いが終わったら私の本気を見せてやる、と思いながら殴って壊れた完全にオープンと化した入り口を見る。
現れた……一人、また一人、更に一人……次から次へと現れた魔物たち。
「……な、なんだよ……これ……」
入ってくる魔物の姿はどれも同じ……一言で言うのなら三次元に現れた二次元の影。っつかそれしか表現の仕様がない。人の形に限りなく近いのだけれど、そうでもない……肉体や表情はあるのかさえも分からない。否、光すらも感じられないような……とにかく影!
人に近い影の魔物はそれぞれ「剣」や「槍」などを手に持っている。何気に武器だけリアルな代物っていうのが怖い。数は圧倒的にあちらの方が多く有利のはず……だが、見えない壁があるかのように近づいてこない……どうしたのだ?
っつかアレ? 部屋から出て行く……どういうことだ……もしかして、勇者として覚醒した私からパワーアップした愛○隊長みたいに一般人つーか雑魚兵じゃ近づいただけで霊圧で潰されるとか……? ハハハ、私すげー!
「んな、ことあるかアホがぁ」
「うむむ」
「説明はあとじゃ、やつら直ぐに『魔界』を修復して入ってくるぞ。今のうちに窓から逃げんか」
「……でも高いよ?」
「フン! ……一つとなった妾たちの力を信じて思いっ切り飛べ」
オーケー、もう何でも来いだァァァァァ! 地を踏み台に思いっ切り飛ぶ。否、宙を翔け、そのまま窓を突き抜けるのは、面白く無いので体を回転させ、
「ラメールキックゥゥゥゥゥ!」
現必殺技を結界をまとった窓に放ち、パリンとガラスが壊れる音と共に破る。
「たまやァァァァァ!」
もちろん、花火は空へと放り込まれた(飛んだ)私だ。高いというのに不思議と怖くなかった。シエルちゃんと一つになってから溢れ出す安心感のおかげだろう。勢いがなくなると重力という地球の法則に従い落ちる……。
目を瞑る……五感を手放し第六の感覚に意識を集中する……。
――超感覚、気配探知能力……直感でいいか。
一、十、三十、五十……? 否、ブリタニア城の外つまりはブリタニア城の庭園にいる魔物の数を補足し目を開く。
ズドォンと音を響かせ見事に着地。よし……正直に言っちゃえば自分の実力も敵の実力も分からないのに戦うのは無謀だ。だから戦闘はなるべく行わない。だって目的は私が戦うことではなくて、もう一人の勇者の開放なのだから。
「シエルちゃん」
「承知。だがすでにもう一人の勇者の位置は把握できておる」
「どこ?」
「貴様が召喚された洞窟……つまりは、城の地下じゃのぉ」
「道は?」
「……貴様、覚えておらんのか? まあ、よい最短且つ安全な道を教えてやる」
頼もしいぜ! んじゃ、道案内はシエルちゃんに任せた……勇者の初仕事とにかく行くぜ!