第九話 第五の猫、参上! ……して下さい。いや、ホントに。
女神様と別れた私達は、次の目的地である港町トルマリンに向かった。
港町! 魚だ!
久し振りに魚料理が食べられる!!
鮭のムニエルに、アジフライ。
エビフライもあるといいな。
こっちの世界でありがたいのは、食事がほぼ向こうと同じだった事だ。
材料は微妙に違うが、味付けはそんなには変わらない。
味噌や醤油に似た調味料もあった。
前にターコイズで食べたレッドバードの焼き鳥も、味付けは照り焼きっぽいタレだった。
二日でトルマリンに着いた。
私もずいぶん旅なれたものだ。
「お、潮の香り」
だが、はしゃいでいられたのもそこまでだった。
確認すると、ここにはせりがいるようだった。
「スキルは……………………」
せりのスキルは〈気配察知〉と〈隠密〉。
「はぁ!?」
隠密……って、つまり隠れるってことだよな?
いかん、詰んだ。
猫が隠れたらただでさえ見付からないのに、何をしてくれてんだ、アホ女神!!
だが、悩んでいても仕方ない。
とりあえず私は街の食堂に入った。
小さな食堂だったが、よつばがむりやりキャットハウスから出てこようとしたから味は間違いないはずだ。
まずは腹ごしらえ!
壁に貼られているメニューから選び、注文する。
「リプのフライ下さい。白ソースで」
「はいよ!」
リプとはエビに似た食材だ。白ソースは、タルタルソースに近い。
ほどなくして、私のテーブルの上に注文した料理が置かれた。
「いただきます」
うん、衣がサクサクで、リプはぷりぷりしていて美味しい。ソースは元の世界と比べると、少し物足りないが美味しかった。
「支払いはガリルでいいですか?」
私の言葉に、食堂のおじさんは笑顔になった。
ガリルというのは、この世界の共通貨幣だ。
それぞれの国でも各自の通貨があるが、信頼価値が高いのは断然ガリルだ。
商会などの大口の取り引きには、必ずガリルが使われるらしい。
「ところで、最近変わった事ってなかったですか?」
「変わった事?」
食べ物が食い尽くされたとか、地形が変わったとか、古い建物が真新しくなったとか……。
「そういや、神聖王国クリスタルで女神様が降臨なさったとか」
あ、それはどうでもいいです。
「この辺りは魚以外、何もないからなぁ」
「そうですか……」
「あ、でも」
おじさんがちょっと面白がっているような表情をうかべた。
「百年前くらいに、クラーケンが出たらしい」
「クラーケン……」
って、確か大きなタコのお化けだよな?
残念ながら、せりには関係なさそうだ。
「ごちそうさま、美味しかったです」
「またご贔屓に!」
さて、どうやってせりを探したらいいものか。
仕方なく、猫がいそうな細い路地を片っ端からのぞき込んでみた。
たまに猫はいたけれど、うちのせりではなかった。
「今日で五日目か……」
宿屋のベッドの上で私はため息をついた。
身支度を整え、薄暗いうちに外に出た。
お腹空かしてないかな、怖い思いしてないかな、とそればかり考えてしまう。
今日も空振りだったかと思っていると、黒猫が路地に入っていくのが見えた。
後ろの左足を軽く引きずっている。
「せり……?」
ちらりと振り返った猫が私の顔を見た。
「せり!」
そして、せりは。
小走りに逃げ出した。
あのばか猫!
さては、薬を飲まされるとでも思ったな……。
慌ててあとを追うと、ふっとせりの姿が見えなくなった。
なるほど、これが〈隠密〉スキルか。
……なんて事してくれたんだよ、アホ女神!!
「よし、罠を張ろう」
あれから何度トライしても、せりは捕まらなかった。
もう少し、というところでスキルを使って逃げられるのだ。
とはいえ、私の近くをうろうろしているのだから、本気で逃げる気はないはずだ。
悪い事をしたと自覚のある時などは、猫だって気まずい顔をする。
おそらく、せりは私が怒っていないか様子をうかがっているのだ。
ならば。
「猫寄せほいほいを設置だ!」
出来るだけ静かで人通りの少ない路地を選ぶ。
ここは、特にせりを多く見かけた場所だ。
ビニールシートの上にふかふかのラグを敷き、ローテーブル、クッションを設置。
コーヒーとお菓子、本も用意した。
リラックス要員として、チャビを呼び出す。
私はどっかりと座り込み、本を読み出した。
猫というのは追いかけると逃げるが、こちらが気付かないでくつろいでいると意外と向こうから寄ってきたりするものだ。
しかし、人通りが少ないとはいえ街の中だ。
ときおり通りかかる人達の視線が痛い。
仕方ない。
もはや、なりふりなどかまっていられない。
とはいえ、メンタルはやられます……。
せり、早く来て!
私の願いが届いたのか、しばらくすると、せりがそろーっと近付いてきた。
気づかないふりをしながら、私はチャビをそっと撫でた。
「チャビ、〈回復〉」
チャビがごろごろと喉を鳴らし始めた。
チャビの〈回復」〉は強力だが副作用もある。
ごろごろと喉を鳴らしているのを聞くと、眠くなってしまうのだ。
案の定、せりもうとうとし始めた。
慎重に、焦らず、落ち着いて。
そーっと近づいて、私はがしっとせりを捕まえた。
せりはそのまま膝の上に乗ってきた。
本来は甘ったれなのだ。
「本当に、あんたって子は……」
よしよしと撫でてやる。
「チャビもありがとう」
頭を撫でると、チャビのごろごろがいっそう大きくなる。
いや、もうごろごろはいいから。
ところで、せりさんや、そろそろ撤退したいんだけど。
いい加減、心が折れかけています……。
なにしろ、人気が少ないとはいえ町中なのだ。
不意に、くわっとせりが目を見開いた。
耳を伏せたイカミミ状態で警戒態勢を取っている。
これ、もしかして〈気配察知〉……?
あれ、そういや、食堂のおじさんが……。
大きな水音がして、港の近くに巨大な影が現れた。
クラーケンだ。
「でか……」
港全体をクラーケンの影がすっぽりとおおっている。
何、あれ……。
たこ焼き何個分だよ!?
やばい。
あのでかさは、絶対にやばい。
逃げた方がいい。
それは分かっている。
だけど。
一週間近くも滞在していれば、顔馴染みも出来る。
食堂のおじさんのご飯は美味しかったし、宿屋のおかみさんは優しかった。
猫を探していると言ったら、情報を集めてきてくれた子供達もいる。
「…………」
ええい、ままよ。
女は度胸! 猫は愛嬌!
「せり、〈隠密〉」
せりを抱いていれば、私の姿も一緒に見えなくなるはずだ。
私は逃げ惑う人達の間をすり抜けて、港へ向かった。
猫達の中で攻撃出来るのは、りゅうたろうと福助だ。
ただし、りゅうたろうは海の近くでは戦えない。引きずり込まれでもしたらアウトだ。
福助では街ごと吹き飛ばしてしまう。
一応、思い付いた事はあるけれど。
「うまくいくと、いいけど……」
女神様が猫達にくれたチートスキルを信じるしかない。
堤防に着くと、クラーケンが近付いてきているのが分かった。
上陸する気だ。
近くで見ると、さらに大きいな、このタコ。
「福助、〈風魔法〉。全力でやっちゃって!」
「にゃ!」
福助が張り切って一声鳴いた。
海に向かってなら、全力でも問題はない。
福助の起こした大風が、海の水ごとクラーケンを巻き上げた。そのまま、街の外へと吹き飛ばす。
よし、うまくいった。
あとは、多分どうにか出来る。
「福助、えらい!」
福助は、頭を撫でた私の手を嬉しそうに噛んだ。
だから、痛いって!
私達はクラーケンの落ちた場所へと走った。
せりを抱いたままなのに、息も切れていない。
〈身体能力強化〉(レベル1)のおかげか?
私のスキルは地味な物ばかりだけど、意外と役には立っている。
いつも、アホ女神とか思って悪かったかな……。
街の外は草原だったはずだが、クラーケンと一緒に吹き飛ばされた海水で足場が悪くなっていた。
「よつば、クラーケンのスキルと魔法を〈解除〉して」
クラーケンなのだから、多分、水魔法とかを使うだろう。
よく分からないが。
よつばが前足をちょいちょいと動かした。
濡れた土で足が汚れたのが嫌なのか、不機嫌そうだ。
だけど、これでクラーケンなどただの大きいタコだ。
「りゅうたろう、大きくなって!」
みるみるうちに、りゅうたろうの体がまるで怪獣のように大きくなる。
……りゅうたろうも大きいねぇ。
でも大丈夫、猫は大きくなっても可愛い!
「クラーケンを押さえ付けて」
大きさではりゅうたろうが勝っていたが、ぶよぶよ、ぬるぬるのボディと足の多さに苦戦しているようだった。
なんで、タコのくせに足が14本もあるんだ!
「ごめん、りゅうたろう。もう少し頑張って」
よし、最終兵器投入だ。
「チャビ、〈回復〉」
私はチャビの喉を撫でた。ごろごろと喉を鳴らし始める。
次第にチャビのごろごろが大きくなってきた。
クラーケンの目が、しばしばしてきているようだ。
よし、もう少し!
撫で続けていると、チャビのごろごろはさらに大きな音になった。
クラーケンの身体から力が抜けていく。
そして。
ぐにゃぐにゃとなりながら、クラーケンは地面に崩れ落ちた。
クラーケンは完全に眠りに落ちたようだ。
「よっしゃ!」
って、大きな声を出したらまずいか……。
「という訳なんだけど」
『りゅうたろうちゃん達はご無事ですか!?』
スマホの向こうで、女神様が叫ぶ。
……私は?
いや、もう慣れたけど。
「全員、無事。ところで、このタコはどうしたらいいかな」
多分、あと数時間は目を覚まさないはずだ。
『私に任せて下さい』
女神様が即答する。
……大丈夫ですか?
『海の底に結界を張って閉じ込めます。私、結界は得意なんです』
「……」
前によつばに解除されてたよな……。
まあ、いいか。
「じゃあ、後始末お願いします」
女神様との通話を終え、私はため息をついた。
あとは、これをどうするかだ……。
チャビのごろごろが大きすぎて、トルマリンの街全てが眠ってしまったのだ。
人間はもちろん、猫や水鳥達まで眠っている。
建物も当然真新しくなっていた。
「うん、逃げよう」
ああ、でも、最後に、もう一回リプのフライが食べたかったな……。




