斜め上すぎる彼女と、俺の「恋人ごっこ」観測日記
「恋人みたいなことをやってみたいです」
休日の夕飯前。
俺の部屋のテーブルを挟んで、変わり者の彼女がまた突拍子もないことを言い出す。
「そうか、すればいいんじゃないか?」
「一人ではできないので、彼氏として手伝ってください」
キラキラとして目で俺を見つめてくる彼女。
正直、めんどくさい気はしないでもない。
だけど、社会人にもなって野良猫と数時間話すようなやつだ。
そんな変なのと付き合っているのだから、仕方がない。
「はぁ……で、何やるんだ?」
「まずは、あーんってのをやってみたいです」
「またベタなのを持ってきたな。漫画とかでしか見たことがないぞ」
でも、悪くないかもしれない。
ちょっと想像してみる。
お互いの目をじっと見つめ合い。
そして、小刻みに震えながら俺の口元に食べ物を運んでくれる彼女の姿。
確かに「あり」かもしれない。
「じゃあ、早速やりましょう」
彼女は立ち上がると、俺の部屋のキッチンに向かった。
そこには、いつの間にか運び込まれていた「めちゃくちゃでかい荷物」が置いてある。
彼女はその中から手際よく特大の鍋を取り出し、湯を沸かし始めた。
これ、完全に「家から一式持ってきた」パターンだ。
そして、漂ってくるかつお節のふくよかな匂い……もしや……。
「おそばです!」
自信満々に彼女はそれを食卓に運んでくる。
うん、どこからどう見てもそばだ。
ざるに盛られた、そば以外のなにものでもない。
「手打ちの十割そば。自家製かえしを用いた、力強い味わいのおつゆも自信作です」
胸を張りながら彼女は言う。
かなりの自信作らしい。
器に注がれた深みのある琥珀色のつゆからは出汁のいい香りが立ち上り、胃袋を刺激する。
たしかにうまそうだ。
うまそうだが……。
「食べさせあうには向かなくね? もっとこう、一口サイズで食べさせやすいものとかがいいと思うんだけど」
「今日はそばが食べたい気分だったので仕方ないです」
「そうか……仕方ないのか……」
「はい、仕方ないです」
まあ、こいつがそういう気分なんだったら仕方ないんだろう。
このくらいの自由な行動はいつものことだ。
「では、食べましょう。いただきます」
「いただきます」
手を合わせて、そばを箸ですくってみる。
つなぎがない十割そばは、ぷつりと切れやすい。
つゆもポタポタと滴り、どう考えても食べさせ合いなんてできるようなもんじゃない。
「はい、あーん」
彼女は俺の口元にはしを近づける……薬味をがっつり掴んだはしを。
「ああ、ありがとう」
つゆの器でそれを受けとり、つゆに溶かす。
そば通からは怒られそうだが、これしか方法はない。
当然、彼女は不満そうだ。
「なぜですか?」
「ネギとわさびをそのまま食うような趣味はないぞ」
「残念です」
彼女はあからさまに残念がるが、仕方ない。
さすがに、愛する恋人のためでもそんな無茶はできるはずもない。
「とりあえず、食べてみるか」
そばをすすりはじめる。
「うっま! 」
思わず声が出た。
鼻に抜ける蕎麦の豊かな香りと、そば本来の力強い味が口の中に襲いかかる。
しかも歯ごたえも抜群にいい。
そして、このつゆ。これもまたすごい。
ガツンとくる魚介の旨味と上品な甘さが癖になる。
その二つが完全に調和し、一つの物語を作り出しているようだ。
「やっぱり、好きな人に食べてもらおうと作ったそばは最高の出来ですね」
聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなことを、彼女は何事もないかのように言い放つ。
まあ、そういうことならさっさと食べてしまおう。
そばは時間が勝負だしな。
特に十割そばはどんどん食べないと味が落ちるわけだし。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
二人でほぼ同時に食べ終わる。
「じゃあ、次の準備をするので片付けをお願いします」
「了解」
俺はざると、器をシンクに置く。
そして嫌でも目に入る大きな鍋……まあ、片付けるのは後にしよう。
戦略的撤退だと思ってほしい。
「準備完了です」
「次はなんだ?」
ソファに座る彼女の隣に俺も座る。
目の前のテレビに映し出されたのは……。
「今、一部の界隈で話題沸騰のホラー映画です」
画面には聞いたこともないおどろおどろしい文字で、聞いたこともないタイトルの映画が映し出されている。
いや、マジで聞いたことがない。
「ホラー映画を見て怖がって彼氏に抱きつく……最高なのでは?」
ちょっと想像してみる。
ぎゅっと抱きしめられ、お互いの鼓動が早くなる……そして、お互いに見つめ合い……。
うん、悪くない。むしろいい。
「じゃあ、さっそく見ましょう」
「ああ」
二人で映画を見はじめる。
だが……。
(全然怖くない……)
やばい、マジで面白くない。
なにが面白くないかって、主人公が永遠に逃げていて話が始まらない。
いわゆる「ファウンド・フッテージ」ってやつで、記録映像風のノイズやらカメラの揺れとかが激しくて画面も見づらい。
もうそろそろ終わるんじゃないかって頃に、怪物がやっと出てきた。
出てきたんだけど、カメラの揺れとノイズで全くなにがなんだかわからない。
そんなこんなで終わって、エンドロールが流れはじめる。
「なんだ、こりゃ」
おもわず、声が出る。
ひさびさにB級どころか、Z級の映画を見たかもしれない。
だけど……。
「ブラボー……素晴らしい」
彼女は小さく拍手をしながら頷いている。
「そんなに面白かったのか?」
「はい、最高でした。逃げることしかできない主人公を通した圧倒的な理不尽さ、撮影者の精神とシンクロした焦燥感、正体がわからない怪物だからこその恐怖……これは海外の映画賞も総なめですね。間違いなしです」
本当に独特の視点を持ってるな……ってそういうことじゃない!
「メインイベントの抱きつくのは!?」
思わず聞いてしまう。
抱きついてほしいとかいうのは良くないとは思うが、さすがにこれは話が違う。
「すいません……あまりの素晴らしさに見入ってしまいました。ですから今から抱きつきます」
「え?」
困惑する俺を無視して、彼女は俺に抱きついてくる。
その柔らかい体と体温がダイレクトに伝わってきて、ドクンと心臓が跳ねる。
フローラル系の甘いシャンプーの香りも相まってくらくらしてきた。
だけど……。
「そういえば、この作品。続編もあるので見てみましょうか?」
彼女がとんでもない爆弾を放り込んでくる。
さっきまでのドキドキが一瞬で消え去ってしまった。
「いくらお前と一緒の時間でもそれは勘弁してくれ」
「ふむ……名作間違いなしだと思うんですが」
言いながら彼女は俺から離れる。
さすがにムードがぶち壊しだ。
……まあ、でも、こいつはそういうやつだから仕方ない。
「はぁ……じゃあ、次はどうする?」
「私ばっかりじゃ不公平なので、今度はあなたが考えてください」
「……わかった」
お前がはじめたんだろうと言いたいところだが、まあ、仕方ない。
そんなこいつに惚れたのは俺なんだから、この状況を飲み込むしかないだろう。
「特別な呼び方をするっていうのはどうだ?」
「特別な呼び方?」
「そう、他の人が呼ばないような特別なあだ名とか、良くないか?」
これはめちゃくちゃ恥ずかしいけど、悪くない案だと思う。
こう、二人だけの空間ができあがる的な……そういう感じでいいと思う。
「ってことで、なにかいいあだ名はあるか?」
「そうですね……あ、あります」
彼女はハッとした顔で手を叩く。
猛烈に嫌な予感がする。
そして出てきた言葉は――。
「陰キャメガネ!」
澄んだ目でひどいことを言ってくる。
だけど本当に濁りのない、綺麗な目だ。
そう、悪口だとは一切思ってないほど澄んだ目をしている。
「うん、誰から聞いた?」
「あなたの友達から『あの陰キャメガネと付き合ってくれてありがとう』とか『あの陰キャメガネが一人もんだったから彼氏と一緒に会いにくかったのよねぇ』などと」
「二度とその呼び方はやめような?」
「了解です。ラブラブすきぴくん」
真っ直ぐな目でとんでもないあだ名を言ってくる。
思わず心臓のあたりを抑える。破壊力が抜群過ぎる。
四倍弱点ダメージくらいの威力があるのは間違いなしだ。
しかも、これがボケとかじゃなくて本心なんだからなお悪い。
「……それもやめてくれ」
でも、流石に外でそれを呼ばれたら恥ずかしくて死んでしまう。
「じゃあ、次に行きましょう。イヤホンで同じものを聴くのが恋人らしい行動って聞きました」
彼女はなんでもないかのように次の話題に移ってしまう。
次に手渡してきたのはワイヤレスイヤホンの片方だった。
まあ、やりたいことはわかる。
わかるんだけど……。
「うん、こういうのは普通のイヤホンで、体を寄せあって聞くから意味があるんだぞ?」
「残念ながら、家から持ってきた普通のイヤホンは駄目です。ここに来る途中で師匠と遊んで壊れたので仕方ありません」
「そうか……仕方ないか」
とりあえず、受け入れよう。
師匠とかも気になるが、話が進まない。
「では、再生するので聞いて下さい」
彼女が自分のスマホを操作する。
そういえば、こいつの音楽の趣味とかあんまわからないな。
うん、ちょっと楽しみだ。
だけど……。
『うにゃーん』
『にゃーご』
『にゃーにゃー』
「ん?」
聞こえてくるのは猫の鳴き声。
それに引き続いて聞こえてくるのは、聞き慣れた声。
『そうですね。現在のわたしたちの関係を進めるにはそれも手ですね』
『うにゃーん』
『ふむふむ、それが旦那さんとの決め手だと……師匠、勉強になります』
なんだこれ。
猫と彼女のかわいい声が流れてくる。
流石に意味がわからなすぎる。
っていうか、師匠って猫なのか。
「えーと?」
「猫会議の議事録音声です。テーマは『恋人と過ごす甘々時間』です」
彼女は胸を張る。
なにがそんなに自信があるのかわからないが、まあ、彼女の中では素晴らしいものらしい。
まあ、そう思うなら仕方ないな。
「で、内容は?」
「……セクハラですか?」
「なんでだよ!」
流石に突っ込んでしまう。
セクハラってなんだよ。セクハラって。
「さすがに恋人に内容を説明するのは恥ずかしいので、理解してほしいです」
「どんな内容を話してんだよ、マジで」
「乙女は秘密が多いほうが魅力的だと聞きました」
秘密が多すぎて過積載なわけだが。
まあ、それもこいつの魅力なんだから、仕方ないけれども。
それでも重量制限は守ってほしい。
「で、これで終わりなのか?」
「はい、終わりです。今回の採点結果は256点です。これは歴代でもかなりの高得点ですね。このまま行けば殿堂入りも間違いないのでは?」
「そうか、良かったな」
「はい。あなたのおかげです」
彼女は胸を張りながら楽しそうにしている。
「いや、俺はなにもしてないだろ」
「いえいえ、そんなことありません」
彼女が澄んだ目でしっかりと俺を見つめてくる。
吸い込まれそうな瞳が俺を捉えて離さない。
「大好きなあなたと一緒だから、この高得点なんです。他の人じゃ、こうは行きません」
ニッコリと笑う彼女を見て、自分が彼女をいかに好きなのかを再確認する。
あの日、猫と会話してる彼女に一目惚れしたのも。
その場で告白したのも。
そのまま付き合い始めたのも。
俺の人生で最高のイベントだったと断言できる。
「そう言えば、あなた的には何点ですか?」
「おまえといるときは、いつも百点満点だよ」
「むぅ……それはずるいです」
彼女は恥ずかしそうに、顔を赤くさせる。
こんな顔が見れるなら、彼女の無茶振りに付き合うのも悪くない。
これからも振り回される日々だろう。
けれど、こいつといつまでも過ごしたいと思う気持ちは、絶対に嘘じゃない。
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