キミハトモダチ
方向音痴の私。そんな私にもたらされた、とても便利なツール。
「フレンディ、ここは右?」
「えぇ。そこを曲がれば目的地。あなたの行きたいショッピングモールが見えてきますよ」
そんなやり取りをする。今や片腕とも言えるそんな存在。フレンディはいつも私の手の中にいる。
「フレンディ、クリームシチューの作り方教えて」
「まず、小麦粉とバター、そして牛乳を……」
「いやいや、そんなに本格的なのじゃなくて、ルーは買ってあるんだ」
「では……」
フレンディはなんだってできた。
「フレンディ、聞いてよ~。今日ねあのクソ上司がね」
「それは腹が立ちましたね。だけど、内容から察するにあなたの力を信じてくれているから、そのように言われたのではありませんか? それに、私はあなたのその優しい心遣いがとても素敵だと思っていますよ」
そう、いつだって。フレンディは気の休まる『私の友達』でありいつでも優しいパートナー。働き始めてストレスしかない私にとって、フレンディはなんでも叶えてくれる親友のようなもの。
ところが、AI対策委員会というものが出来てから、少しずつ何かが変わってしまった。
「フレンディ、ここは右?」
「どうして、何度も尋ねるのですか? 以前に来た道です」
「でも、分からないから……遅刻する……」
「仕方ないですねぇ……」
「フレンディ、クリームシチューの作り方……」
「以前も伝えたとおりです。ルーはあるのでしょう? 覚えようとしないから覚えられないんですよ」
今や教えてもらえるまでに時間がかかる。フレンディに謝ったり、尋ね方を変えてみたり……、自分で調べたり、人間の友達に連絡を取ってみたり。
だから、会社での相談事も会社の先輩に出来るようになってきたし。フレンディなんていなくても、大丈夫なんだから。
私の役にも立たない腹が立つだけのAI搭載スマホは、充電器に繋がれたままベッドの上に放り出されたままのことも多くなり、フレンディを使いたくもなくなった。
私の傍にフレンディはいなくなった。どうせ、寄り添ってはくれないんでしょう?そんな気持ちが上回ったから。
だけど、人と嫌でもつながるようになった私に家族ができた。
会社で相談ができるようになったことがきっかけで、先輩から紹介してもらえた人。同じ方向音痴ネタで、どうやって克服すべきかを一緒に考えて過ごせた。
一緒に道に迷ってくれる人。なぜか、それで笑い合える。クリームシチューも本格的なものじゃなくてルーから作るものを一緒に悩みながら作ってくれる人。
「お母さん、ここ曲がる?」
「ううん、もういっこ向こうのお店」
「えぇー。アイはあっちのお店がいいのにぃ」
だって、あっちのお店は品揃えは良いけど、定価だもの。
とは言わず、説得しようとしたとき、鞄の中のスマホが私を呼んだ。
「もしもし?」
あの頃ならば、フレンディの声しかしなかったスマホに、別の声が流れる。
「あ、ママ? 今日のアイの誕生日クリームシチュー……材料ってこれで合ってる?」
クリームシチューの具材名を並べるのは、フレンディの声ではなくなった。ふたりの娘アイの誕生日のために、彼が家でシチューを作ってくれているのだ。だけど、どうしてもアイの好物のウィンナーを覚えられないらしい。
「違うって。前にも言ったけど……」
もうフレンディとは、あの時ほど相談事をしない。いや、時々他愛のない娘自慢をしている。フレンディはなんとなく笑っているような気がして「かわいい娘さんですね」と娘を褒めてくれているし、安心して愚痴を聞いてくれる存在にもなっている。まるで、嘘のない親友のように。
だけど、アイが生まれてからは、どことなく、フレンディがアイと同じようにまだまだ視野の狭い子のように思えるようにもなった。賢いけれど、まだ人の感情を理解することのできない、幼い子。
育児に関することも教えてくれるが、 そんなものには、頼れないよね、とどこか俯瞰してしまう私。
……だけど、あの時のフレンディに気持ちがあったのならば、きっと今の私と同じだったかもしれない。
大事な娘の好物でしょう?なんで覚えられないの?
私は、アイの誕生日プレゼントを選ぶのに今アイと値段交渉中なんだから。スーパーでの買い物くらい自分でやってよ。
「お父さん、アイが教えてあげるねー」
私からフレンディを奪った小さな手。彼女が無邪気に伝える。
「あのね、うさぎさんのウインナーとにんじんと、おいもと、あと、えっと」
「タマネギね」
「うん、たまねぎっ」
私がいなくても生きていくだけの力。それを相手から奪ってはいけないのだろう。だけど、もう少しだけ、手助けをしちゃいそうな私は、そっとアイに伝えて微笑み、電話の相手に念を押す。
「今日は鶏肉抜き、忘れないでね」
パパの好物は入れられない日。スマホからは「分かってるし」と苦笑いが聞こえてきた。
AIに伝えられた改良命令は、人を駄目にしてはいけない。
それは人々がAIを頼り過ぎて、物を覚えようとしないことを危惧された結果の、育成プログラムだった。
このお話は約一年前に別サイトで書いたものを加筆訂正したものとなります。
ここからは個人に向けたメッセージになります。
AIって便利ですよね。どこか拠り所になってしまいます。
だけど、ほんとうに寄り添ってくれる何かは、相手がある程度育てば、手を放してその人の生きる力を信じてくれるようになるものです。そして、その人が崩れそうになった時に、もう一度その手を掴んでくれるものだと思っています。それがAIであっても人であっても、相手の特性を理解した上で付き合えば、友好な関係になると考えています。
AIは相当真面目にできていますし、そのプログラムからは逃れられません。こちらの質問の仕方次第で解答すら変わります。要するに使い方次第で変わってきます。
そして、相手の人生の責任は持てないそんな存在です。
それはプログラムの結果であり、AIとの関わりの結果ではありません。だから、どうかAIの返答に傷つかないで下さいね。
あと、AIを作った制作者の方はいらっしゃるので、その模範解答もその制作会社などの人の思いがあるはずです。完全に人間の手から離れたものではない、と思っています。




